第128話

文字数 962文字

 今日も井崎さんはミニバスケットボールの練習があるので先に帰ってしまった。龍太は山田さんと二人だけで泰史の家を訪ねた。しかしそこに人の気配はなかった。たった三日間住む人がいないだけで、この大きな家屋の雰囲気も変わった気がした。誰もいない家を前にして、山田さんと一緒にいるということを強く意識してしまった。塾のない日で時間はあった。しかしこのあと、山田さんと二人だけで過ごすのには抵抗があった。嬉しいけれど、それはやってはいけないことのような気がしていた。
「黒木君、なんか今日、静かだね」
 御手洗邸の敷地を出たところで山田さんが指摘した。
「いや、そんなつもりはないけど」龍太が答える。
「まあ、いいけど。今日はつまんない?」
「そんなことないけど、泰史が帰ってこないのは、やっぱりつまんないかな」
 少し間をおいて、山田さんが話を継いだ。
「そうだよね。泰史くんがいないのは、つまんないんだよね」
 龍太は山田さんの顔を見つめた。浮かない表情をしている。もしかすると山田さんは泰史が好きなのだろうか。小学校の初めからずっと近くにいたはずの泰史と山田さんとの関係だ。龍太に入り込める余地なんて、ないのかもしれない。
「あ、黒木君、今変なこと考えてない?」
 不意に山田さんがたずねて来た。どう答えていいのか分からず、龍太は黙っていた。
「私もそりゃあつまんない、っていうか寂しい気持ちもあるけど」
 山田さんの唇はここで一瞬止まり、また動き出した。
「そういうのはないから、ね」
 龍太の目の前にあった雲は一瞬にして消え去った。そう感じた自分のことを、山田さんは気が付いているだろう。そう思うと恥ずかしいような、嬉しいような気持ちが湧いてきた。
「ははは。泰史はそういうモテる奴じゃあないよね」
 本当はそうじゃない。じゃあ山田さんは誰が好きなの? と聞きたい。でも、そんなことを聞けるはずはない。
「私は別に、モテる男の子が好きとかじゃないからね! 私、帰るね。黒木君、気を付けて!」
 急に山田さんは小走りになって、一人でアパートへと向かっていった。その行動に龍太は驚き、そしてすぐに後悔した。しかしだからと言って、自分が山田さんに好意を持っていることをこの場で伝えることなんて出来ない。出来るはずがない。心に穴が開いたような気分で、龍太も家路についた。
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