番外短編集

文字数 2,418文字

01.
「悪魔の世界の倫理観って、どんな感じなんですか?」
「どゆこと?」
「例えば、あなたは人間の死を目撃することが多いんじゃないかと思うんです。」
「……うーん、まあ、そうかな?」
「そういう、人間と違う死生観に置かれて、倫理観もちょっと違うものになるのかなとか思って」
「そういうものでもないんじゃないかな?」
「そうですか?」
「大体、人間の世界にだって死は身近にあるものなんじゃないの?」
「……」
「ニュースには、週に一度は殺人事件が出てくるでしょう?」
「……そうかも、しれませんけど……」
「あら、今日は君は人間の肩を持つんだね。……普段は人間の愚痴ばっか言うのに」
「そんな、「人間だから」とかで愚痴ったりはしませんよ。僕は差別とか大っ嫌いなんです。そもそも、僕のスタンスは人間側ですし。」
「あら、そうなの?」
 なんだか彼女はちょっと残念そうに見えた。
「もちろん、人間よりもさらにあなたの事が大事ですよ」
「ふふっ、無理はしなくていいのよ?ありがと」
 無理、か……彼女を持ち上げるのは無理、という事になるのだろうか……?
 しかし、制限時間は有限なのだ、彼女とより友好的になる為にはお世辞くらい言ってもいいだろう。
 ──本当に、僕は彼女と友好的になりたいと思っているのか……?彼女に一方的に告白されて、舞い上がってるだけになっているんじゃないか?
 考えているとキリがない。
「まあ、でも確かに、24年に1度前後、死の現場を見るというのは、多いのかしらね」
「……」
 ちなみに、西尾維新は交通事故が死亡事故になった現場に何度も立ち会っているらしい。
 24年に1度のレベルでなく。
 ……いや、なんで小説の中で小説の登場人物が別の小説の作者の話をしてるんだ……
 と、するとむしろ彼女の異常さはそれ程でもないのだろうか……
「ちなみに、あなたは人を殺したことはあるんですか?」
「…………教えないわよ。」
 その違和感のある空白に、僕は耳を留めたけれど、でもそれ以上追及するのは辞めておいた。彼女が話したく無いことを無理に聞くことは無い、というか、好奇心で尋ねていい質問じゃなかった。殺しの記憶なんて、思い出すだけでも辛いだろう。
「覚えてない」
 僕が尋ねたわけでもないのに呟いた彼女の小さな声は、不自然な程大きく聞こえた。
 ──彼女との会話の続き。
「倫理観と言うと、倫理という哲学の教科があるけど、あれって何をやってる教科なんだろう?」
「倫の理に関する研究なんじゃないですか?」
「……もうちょっと真面目に答えてよー」
「回文の研究とか?」
「は?…………分かりにくいわ。いや、倫理よりもっとそこに相応しい回文があるでしょ」

02.
「君が私を忘れたら」
「はい?」
「私の存在ってどうなっちゃうのかな」
「僕があなたを忘れる?」
「思考実験としてさ」
「……はい?」
「前に話したでしょう? 私の存在は概念的な物で、相手の認識がなければ成立しない不完全品。」
 彼女は、自分のことを話す時、なんだか自虐的だ。
 この前にその話をした時は、僕からその話を尋ねたのだが、やはりなんだか自分の存在に引け目や負い目を感じているような風だったので、あまり深くは引き出せなかった。
 その時彼女が言っていたのは、とても哲学的かつ抽象的で僕には理解出来そうもない話だった。
 彼女の「存在」は、観測されるまでは「存在しない」、みたいな感じだろうか?
 しかし今度は彼女の方から話しかけてきたので、僕は素直に驚いた。
「でも、僕はそれは人間も同じだ、って、言ったんですよね。自分一人では人間は生きていけないのだから、って。」
「でも私の存在の仕方はそれとは全く違うの。」
「そんなことあるんですか?」
「物理法則が無視できる。通帳に1000万円を書き込むのだって、悪魔でも無ければできないでしょう?」
「確かに。」
「それは、逆に言えば私が物理法則によって存在を担保されない、ということなのよ」
「…………」
「……何よ、分かってなさそうね」
「……」
 分からない。何が分からないかと言うと、世界の深淵みたいな事を語っている彼女に対する、反応の仕方が分からない。
「と、するとさ、私の存在ってなんなんだろう、って。」
「………あなたは、あなたじゃないんですか?」
「そりゃあそうだけどさ……」
「……」
「世界五分前仮説って知ってる?」
「まあ、なんとなくは……」
「要は、世界は5分前に誕生していて、5分前以前の記憶や出来事は全てつくり事なんじゃないか、っていう話。」
「……」
「まあ、詭弁だし、考察する程の仮説ではないけれど、でも哲学としては面白いでしょう?」
「そうかもしれませんね。」
「でもさ、認識によって存在が確立する、シュレディンガーの猫みたいな私には、5分前も5分後もない。」
「……」
「私の記憶は、君に出会った所から始まっているの。君に出会うまで、私の「存在」は「存在しなかった」のよ。」
「……」
「自分の存在が、物理的に証明できない気持ちを、その気持ちの悪さを、君に分かる?」
 彼女はいつの間にか、涙目になっていた。
「大丈夫ですよ」
 このセリフは、励ますつもりで言ったわけじゃない。当たり前のことを言うまでだ。
「あなたはあなたです。──永遠の過去から、永久の未来まで、……僕の大好きなあなたです。」
「……」
 彼女が微笑む。僕は、その彼女の微笑みが、永遠であることを感じた。錯覚ではなく、確かに感じた。
「怖がらなくていいんです。時間なんて不確かなもの、記憶なんて不確かなことより、僕の前にあなたがいて、あなたの前に僕がいることの方が大切ですよ。」
「ふふっ」
 彼女はやっぱり顔を耳まで赤くしていたが、でももう泣いていなかった。
 彼女は笑顔で、僕に抱きついてきた。
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登場人物紹介

「僕」


名前:非公開

年齢:非公開

経歴:非公開

職業:非公開

誕生日:非公開

血液型:非公開

属性:引きこもり

「彼女」


名前:非公開

年齢:非公開

経歴:非公開

職業:非公開

誕生日:非公開

血液型:非公開

属性:悪魔

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