07 開かれた場所

文字数 1,237文字

 下絵はとっとと終わらせた。
 1枚だけでは疑われるかもしれないから、場所を変えて2、3枚(かなり大雑把(おおざっぱ)だけど)描いておき、「あちこち探し歩いた感」を演出した。
 集中して取り組んだおかげで、1時間もかからなかった。

「行こう、こっちだよ」
 あたしの手を取って、坂道を下ってゆくりべかの背には、透き通った羽があるみたいだった。足取りは軽く、いまにも宙を歩き出し、そのまま飛んで行きそうで、あたしはつないだ手に力をこめた。
 公園の緑がきらめきながら流れていた。
 木々の間にはちらちらと水色の海がのぞき、空は青く冴えていて、あたしたちが向かう坂の下のほうでは、地面に敷かれた石畳が陽の光に白く照り、「おいで」とあたしたちを待っていた。

 港通り教会は、大桟橋のつけ根から海沿いを横にのびている大通り(港通りと呼ばれている)に建っていた。
 近づくとまず、風景から飛び出す勢いで繁っている菩提樹(ぼだいじゅ)(地元では有名な大樹だ)が目に入る。その陰に、ひっそりと隠れるようにして、白壁の教会があった。
 菩提樹はおそらく何かの記念樹だろう、とにかく巨大だったので、その迫力のせいでただでさえ小さな教会は、いっそうこぢんまりとして見えた。

 教会を訪ねるのは、ふたりともはじめてだった。
 あたしはテレビで何度か見たことがあったけれど、それはイタリアやスペインやアメリカの大聖堂を紹介する番組で、そのときあたしたちの目の前に現れた教会とは全然違った。
 港通り教会は、拍子抜けするほど質素だった。
 仰々しいステンドグラスや、イエスとかマリアとか聖書に出てくる人の彫刻などは、とりあえず外には見当たらず、教会らしいものといえば、小さな鐘楼(しょうろう)のてっぺんに、さらに小さな十字架が掲げられているだけだった。
 まるで絵本に出てくる、秘密の隠れ家だ。
 とんがり屋根は愛らしく、白壁は緑に映えて清々しく、あたしたちは手をつないだまましばらく見惚れた。

「こんにちは」
 庭木の陰から、植木鋏(うえきばさみ)を手にした男が顔を出した。
 卵色のポロシャツに薄茶のチノパン、裸足にサンダル。柔道選手を思わせる体格のその人は、首にかけていたタオルで汗をぬぐい、立ちすくんでいるあたしたちに話しかけてきた。
「教会は、どなたにでも開かれている場所です。ご用がありましたら、どうぞ」
 外見からは思いもよらない、ソフトな声だった。しかも、敬語だ!
 不意打ちをくらったあたしたちが反応できずにいると、
「あ、私は牧師の島川(しまかわ)基和(もとかず)です、どうも」
 男はぺこりと頭を下げた。

 神父と牧師の違いも知らず、教会の偉い人はいつも黒い服を着ていると思っていたあたしは、面食らった。
 そんなあたしとは反対に、
「リベカについて教えてください」
 りべかはなにかを宣言するかのように声を張り上げ、力強くあたしを引っ張って、前へと足を踏み出した。
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