第2話

文字数 5,930文字

 春乃坂高校に入学してから2週間。
僕は相変わらず尚樹とつるんでいる。尚樹とは同じサッカー部に入部した。
部活も学校生活もそこそこ順調だ。
勉強は少し難しいが、復習をしかっりしていればある程度は問題ない。
女子と話すことはほとんど無く、安定した学校生活を過ごしているはずだ!と言いたいが・・・
一つ気に食わないのは、僕の前の席に座っている、霧島杏南というクラスメート。
初めて行きつけの駄菓子屋で会ったあの日からなぜか馴れ馴れしい。
「ねー、海人君!あれから駄菓子屋にはいってないの?」
「・・・・行ってないけど」
なんなんだよこの女。気安く話しかけてくる霧島杏南に少し苛立つ。
「駄菓子屋!?駄菓子屋ってなに海人?」
尚樹が驚いた顔で僕を見る。
「もしかして二人って知り合いだった感じ??」
「違うよ尚樹。知り合いなんかじゃない」
僕は冷めた表情で霧島杏南を見ながら言った。
「えー。酷いな海人君。一緒にきな粉棒食べた仲なのにさ。あの駄菓子屋さんのきな粉棒は・・おばちゃんの手作りですっごく美味しいの!!」
霧島杏南は嬉しそうに話しているが・・正直、僕にとってはウザい。
「尚樹、部活行こう」
「あっ、えっ?海人、まだ杏南ちゃん話してるぜ?毎回冷たい態度とってかわいそうじゃねーか・・」
「別にいいよ。僕には関係ない」
一瞬その場の空気が悪くなった。
気を使ったのか霧島杏南が口を開く。
「そっ・・そうだよね!二人とも部活の時間だよね!行ってらっしゃい」
「ごめんね杏南ちゃん!また話聞かせてよ!」
尚樹が霧島杏南に手を振り、僕らは教室を出た。
部室に向かう途中、尚樹はずっと疑問だったことを僕に問う。
「ちょっと前から思ってたんだけど・・海人ってさ、女子苦手?」
ほんとストレートな奴。まぁ、尚樹のそういう所嫌いじゃない。嘘つきより正直な奴のほうがいい。
「苦手じゃなくて嫌い」
「嫌いかぁ。俺さ、海人が女子と話してるの見たことないし、ほら、杏南ちゃん?にだってそっけなくてさ・・なんとなく女子が苦手なのかな?って思って」
「中学生の時、女が嫌いになった」
尚樹は驚いたような様子で僕の顔を見る。だがすぐに我に返り真面目な顔をして僕に話す。
「もしさ海人が良ければなんだけど・・俺に何があったか話してくれる?話すことで嫌なことを思い出させちゃうから無理にとは言わない。ただ、俺はさ・・海人とこれからも仲良くしたいから海人の嫌いな事とかを知っておっきたい。俺、海人が女子嫌いなんて知らなかったから、さっき普通に杏南ちゃんが可哀想だとか言っちゃってさ」
確かに、尚樹は何も知らない。むしろ僕が女嫌いだなんて誰一人知らない。中学の頃の友達にも話していない。中学の頃は周りがリア充だらけで自分のことに精一杯な奴ばかりだったから僕のことについては無関心だった。なのに、出会って2週間くらいの尚樹はすぐ僕の嫌な事に気づいた。尚樹だったら話していいのかもしれない。今まで僕が誰にも言えなっかた忘れたくても忘れられない最低最悪な過去を。
「わかったよ尚樹。放課後話そう」
「おーけ。じゃー、海人行きつけの駄菓子屋連れてってくれよ!そこで話そう」
「なんでわざわざ駄菓子屋?」
「だってよー、俺も食ってみたくなってさ!例のきな粉棒!ははは」
「うっす」
尚樹はすごくうれしそうに笑った。

ー放課後ー
部活も無事に終わり、部室をあとにした。
「海人ー!行こうぜ駄菓子屋!!そのために俺は部活を頑張ったんだぜー!」
「うっす。おつかれ」
「嘘嘘!って嘘でもないか!実際、駄菓子屋は行きたかったし。でも海人の話を聞くのが一番大事だよな!いやでも駄菓子屋のきな粉棒も譲れない・・あれ?俺どうしたらいい?」
「はいはい。わかったから。行こう」
ほんと嘘がつけない奴。冗談を言ってるつもりなのに自分で墓穴を掘ってる。
下駄箱に向かう途中・・
「あれ!杏南ちゃんじゃん!」
尚樹が音楽室の前で立っている霧島杏南を見かけた。何故か霧島杏南の様子がおかしい。
「杏南ちゃん、音楽室の前で何してんのかな?もしかして!!誰かを待ち伏せとか?」
「僕には関係ない」
「・・・そうだよな・・行こうか海人!」
音楽室の前を通ろうとした瞬間、霧島杏南は音楽室へ入っていった。
僕は構わず音楽室の前を通過したが、後ろから小走りで尚樹は走ってきて僕を引き留めた。
「海人!海人!やばいって・・杏南ちゃんと速水先生が・・・!」
「速水・・?音楽教師の?」
速水敬一郎とは僕たちの音楽の授業の先生だ。
「いいから来いよ海人!」
尚樹は僕のカバンを引っ張り結局僕は音楽室の前まで引き戻された。
すると音楽室のドアがほんの少し開いていた。
「ゆっくり覗いてみろ海人!静かにだぞ・・」
尚樹はバレない様に小声で言った。
他人が何をしていようと興味はなかったが隣にいる尚樹がうるさいから言う通り仕方なく音楽室を覗いた。

「敬兄ちゃん・・」
「杏南・・ここでは先生だぞ」
「敬兄ちゃんでいいじゃん。今は二人なんだからさー」

敬兄ちゃん?なんだ速水先生と兄妹か?いや、苗字は違うよ・・な・・?
そして霧島杏南は速水先生に抱きついた。

「杏南・・なんかあったの?」
「ううん・・。なんでもない。今だけこうしてていいかな?」
「・・・・杏南・・」

霧島杏南の表情はなんだかとても悲しそうだった。
今にも声を出して泣きだしそうな顔をしていたのだ。

「うぉーい・・海人・・あれって・・いいのか?あれはいいことなのか?」
あれだけ興味津々だった尚樹が今度は動揺が隠せない様子だ。ほんと色んな意味で忙しい奴。

「尚樹、行こう。駄菓子屋閉まるよ?」
「あっ・・あぁ。行こうか」
尚樹はまだ気になる様子だが僕は早くその場から立ち去りたかった。面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。僕と尚樹は学校を出て駄菓子屋へ向かった。

「あらぁ!海人君。いらっしゃい」
「うっす。おばちゃん」
「珍しい!今日はお連れ様がいるのかい?いらっしゃい」
駄菓子屋のおばちゃんは嬉しそうに尚樹をみた。
「はじめまして!海人のダチの尚樹です!きな粉棒買いにきました!」
「ははは!面白そうな子だねぇ。少し余ってるから買っていっておくれ」
やはり尚樹は変なやつだ。だけど、誰とでもすぐ仲良くなれる・・。
僕にはできないことが尚樹には当り前のようにできるのだ。
僕と尚樹は一本ずつきな粉棒を買った。
「うめぇーー!!うまいよおばちゃん!!最高だよ!」
「ほんとかい?そりゃーよかった。閉店までゆっくりしてっていいからね」
「海人!マジでうまい!俺もう一本買ってくる!」
どうやら尚樹はこの駄菓子屋のきな粉棒が気に入ったみたいだ。僕もきな粉棒を一本食べた。
ん・・?なぜだろう・・いつも甘くて美味しいきな粉棒がなぜかちょっぴり苦く感じる。
「まぁ、気のせいか・・・・?」
「なにが気のせいなんだ海人?ってかそろそろ話してくれよ!海人の過去をさ!きな粉棒も食えたし満足だ!海人の話、俺ちゃんと聞くからさ」
僕は親の離婚のこと、母の浮気が原因で離婚したこと・・全て尚樹に話した。
尚樹は何も言わず最後まで僕の話を聞いてくれた。
「これが女嫌いの全ての原因だよ」
しばらく沈黙が続いた。きっと尚樹はどんな言葉をかけたらいいのか分からなくなっているはずだ。だけど僕はそれでいいと思った。むしろ初めて打ち明けた奴が尚樹でよかった。尚樹だからこそ話せたのかもしれない。
「尚樹、帰ろうぜ」
僕が立ち上がった瞬間・・
「海人!俺さ・・正直励ましの言葉すら思いつかなくて・・俺、親の離婚とかそんな経験ないから、正直・・海人の気持ちわからない・・」
「わかってるよ。話せただけよかった」
尚樹と僕は育った環境が違う。僕の気持ちが分かるはずない。
「でもよ海人・・辛いことがあったかもしれないけど・・俺はこれからも海人とダチだかんな。今は女嫌いでもいい。海人には先に進む時間が必要だと思うから。けど・・いつかは海人が誰かを好きになってくれたら俺は最高にうれしいぜ」
なぜか尚樹のその言葉が胸に刺さった・・。
「うっす・・。」
僕の返事はそっけなかったが尚樹は変わらず接してくれた。
「うっしゃー!帰ろうぜ海人。おばちゃんまた来るね!ご馳走様!」
帰り道しばらく尚樹とは口をきいていない。尚樹も気を使っているのか何も話してこない。
「じゃーな海人。また明日学校でな!」
「うっす。また明日」
いつもの分かれ道で尚樹と解散した。
家に帰りなんだか疲れた僕はベットに横になった。
横になりふと頭に浮かんだのが・・
「いつかは海人が誰かを好きになってくれたら俺は最高にうれしいぜ」と言った尚樹の言葉。母のことで完全に女を嫌いになってしまった。近くにいるだけで気持ち悪い。かわいいだの綺麗だのスタイルがいいだの僕は全く興味がない。あの頃の母の記憶が消えない限りきっと誰かを好きになんてなれない。

ー音楽室で悲しそうな顔をしていた霧島杏南が頭に浮かぶー

「・・・」
今何故、霧島杏南の悲しそうな顔が頭に浮かんだのだろうか・・?
「あの時・・アイツ泣いてた・・」
かすかだが、音楽室で速水先生に抱きついた霧島杏南の目には涙が浮かんでいた。
「んだよ・・なんで今アイツの顔なんて・・うざっ・・」
そう思っているうちに僕はそのまま眠りについた。

 霧島杏南と速水先生の音楽室での出来事をみたあの日から二ヶ月が経った。
6月になり制服はすっかり夏服になった。
霧島杏南は相変わらず放課後、音楽室で速水先生と密会している様子だ。
サッカー部の部室から下駄箱までは必ず音楽室の前を通過するため音楽室の近くで立っている霧島杏南の姿をよく見かける。きっと、速水先生が一人になるのを待っているのだろう。
見慣れてしまったのか、尚樹も二人の事については何も触れてこない。
尚樹と霧島杏南は教室では普通に接している。僕にも霧島杏南はよく話かけてくるが僕は相変わらず冷めた対応だ。ただ・・思うのは初めて毎日の様に女と話した気がする。毎日、当り前のように霧島杏南は僕に話しかけてくる。どんなに僕に冷めた対応されようがお構いなく何度だって話しかけてくる変な奴。

ー放課後ー
「海人ー、かえろー」
なんだか今日の尚樹は気分が下がっている様子だ。
「尚樹、なんかあったの?」
「実は・・俺さ・・いや!なんでもない!」
なんだ?今日の尚樹は様子がおかしい。なにかあるとは思うが無理に聞くのはよくない。
そっとしといてあげるのがいいのかもしれない。
「話したくなったらいつでも話して」
僕は様子のおかしい尚樹に対してその一言を伝えるので精一杯だった。自分から言ったことのない言葉。ただ、前に尚樹が僕の話を真剣に聞いてくれたことは嬉しかったから僕も同じように話を聞いてあげたいと思ったのだ。
「海人ぉー!ありがとな!話せるようになったら話すぜ」
「うっす」
尚樹は嬉しそうに微笑んだ。
「んじゃ、今日は海人にジュースおごって貰おうかなー!ははは。なーんてね!」
「ジュースで元気でんなら別にいいよ」
「いや!冗談だから!たまには冗談通じてくれ海人君!はははは」
僕はカバンの中から財布を出そうとしたが・・財布が無いことに気が付く。
「尚樹。僕、机の中に財布わすれた」
「まじか!俺ここで待っててやるから取ってこいよ」
僕は財布を取りに教室へ向かった。
教室に入るとそこには・・・
「海・・人・・くん・・」
霧島杏南が自分の席に座っていた。
「海人くん・・忘れ物?」
「あぁ。」
僕は急いで財布を取り教室から出ようとした瞬間・・・
「海人くん・・・」
霧島杏南が後ろから抱きついてきた。

(・・気持ち悪い)

僕はとっさに霧島杏南の手を振り払った。
「なんなんだよあんた・・」
僕は振り向き冷めた目で彼女をみた。
「ご・・ごめんなさい・・」
彼女の目には沢山の涙が流れていた。今にも壊れそうなその姿・・。いつも明るく僕に話しかけてくる霧島杏南とはまるで別人のように・・。
「なっ・・なんで泣いてんだよ」
「大丈夫・・ごめんなさい・・もうこんなことしないから」
霧島杏南が教室を立ち去ろうとした瞬間・・・
「うぜぇな・・。だから、なんで泣いてんだってきいてる」
あれ・・?僕は一体何をしているのだろうか・・。
なぜ彼女を引き留めて・・そして抱きしめているのだろうか・・?
「海人・・く・・ん・・私ね・・敬兄ちゃんに振られちゃった・・」
「んだよ・・。結局失恋話かよ・・」
僕は彼女を離した。
「ごめんね・・。海人くんと尚樹君・・気づいてたよね・・?」
「・・あぁ」
「そうだよね・・いつも音楽室の近くで私を見かけてるのも知ってる・・」
「じゃ、行くわ。尚樹待たせてるから」
「うん・・ごめんね海人くん・・」
「・・うん」
僕は振り向かず教室を出た。振り向いたらきっと・・霧島杏南をほっとけなくなってしまう。
「おぉー海人!遅かったじゃねぇーか!」
「ごめん尚樹。帰ろう」
「って、えぇー!俺のジュース!!」
帰り道・・尚樹とはほとんど会話していない。
尚樹も何かに悩んでいるのかお互いに黙ったままだった。
家に帰り、お風呂につかりながら霧島杏南のことを考えていた・・。
「はっ・・!なんであんな奴のこと・・」
それから、食事中や部屋で横になっている時もあの時泣いていた霧島杏南の顔が浮かび上がってくる。
「うっぜーな。なんなんだよアイツ・・」
今までにないこのモヤモヤした気持ちに苛立つ。
あの時、教室に戻らなければ・・あんな事にはならなかった。
体は疲れているはずなのに、眠れない。僕のこのモヤモヤをどこにぶつけたらいい・・?かといって尚樹に話せる訳がない。
「そうだ!誰にも言えないのなら書いてしまえばいい」
僕はとっさに起き上がり机に向かった。
小学校の頃、祖母が言っていた・・「嫌な事とか辛いことがあって誰にも言えないときは紙にかくとスッキリする」と・・。

「ー6月14日ー
 初めてこのノートに書く。
僕は女が嫌いだ。なのに、霧島杏南の事が頭から離れない。モヤモヤする。イライラする。
めんどくさい。なんで僕がこんな思いしないといけないんだ?」

 僕はノートに気持ちをぶつけた・・。
そして少し気持ちが楽になったのか、いつの間にか眠りについていた・・。

























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登場人物紹介

桜井海人 

高校1年生。親の離婚の原因が母親の浮気と知り女嫌いになってしまった。行きつけの駄菓子屋のきな粉棒が大好物。

霧島杏南

海人のクラスメート。海人とは駄菓子屋で一度会っている。

坂井尚樹

海人の友達でもありクラスメート。

チャラそうに見えるが実はいい奴。

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