直面する危機…絶体絶命

文字数 647文字

 奏野の勢いに負けて、僕は自分でも信じられないくらいの速さと集中力で原稿に取り掛かった。だが、それは5分と続かなかった。

 目の前に、如何ともしがたい壁が立ちはだかったのだ。

……ダメだ。
だから黙ってやれって。
 静かな分、よけいに逆らい難いものを感じる。でも眼の前の障害は、いかに精神的な操作で苦痛を和らげようと、物理的にはどうすることもできないものだった。
レポート偽造したってバレる。
何で! パソコンで作っていいってことになってたろ!
 それはその通りだ。だから僕たちはその恩恵をたっぷりと受けて、この通り、今日締切の提出物を持参できない仲間のために、レポートの偽造に勤しんでいる。体裁さえ整えば、立派に言い訳は立つのだった。
確かに、グラフとか画像データとかあるからそういうことになってるけど……。
文章がつながらない、そういうことだな。 

 さすがに多賀は察しが良かった。眼鏡の奥の眼をギラつかせる奏野のプレッシャーに耐えかねた僕の、しどろもどろの説明は、さぞかしまどろっこしく聞こえただろう。

 だから、この一言は僕への皮肉でもあったし、余計な威圧を加えた悟りの鈍い奏野への非難でもあった。

 そのどっちにせよ、僕にはもう、返すべき次の言葉がなかった。

ああ……。
 事情はどうあれ、僕たちの不正行為には厳罰が待っている。「本人は知らなかった」と模倣犯に言わせないためだ。
化学の実験グループ全員、冬休み一杯自宅謹慎、成績は1。
 一気にまくし立てた多賀の後に、僕は自虐的な溜息ひとつで付け加えた。
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登場人物紹介

遠田勝昭(とおだ かつあき)


自他ともに認める高校2年の優等生。内気でシニカルな割に、感情に任せて突拍子もない行動を取ることがある。ちょっとムッツリスケベ。

奏野弓(そうのゆみ)


 一見クールだが、脳に回る栄養までプロポーションに吸い取られた感のある高2女子。ワープロ操作が異様に早い情報処理部部長。正義感は強いが責任は取らないクラスの裏ボス。

多賀久平(たが きゅうへい)


 思考もスタイルもスマートな高校2年男子。合理主義者で必要なことしか言わないし、やらないが、仕事は早い。女性への観察も鋭いが、そっち方面はストイック。

井原佐紀(いはら さき)


 小柄で、実験中でも時々いるのかいないのか分からなくなるくらい物静かな高校2年の女の子。几帳面な化学部部長。頭は切れるがそれを表には出さず、困っている人を人知れずフォローするのに生かす、心優しく奥ゆかしい少女。

風間邦衛(かざま くにえ)


 人はいいが動作もカンも鈍い巨漢。高校2年生。訥弁でコミュニケーション能力に乏しく、付き合うには忍耐を必要とする。

新島真由(にいしま まゆ)


スタイル抜群で顔も可愛い高校2年生女子。性格のねじ曲がった女子グループのボス。自分以上に可愛く、男子にモテる女子をいびるためなら、肉体的・精神的にどれほどの労力も厭わないサディスト。

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