ダイアローグの悪魔
文字数 1,997文字
休み時間には中庭のベンチに座り、私は『ダイアローグ』にログインする。呼び出すのはいつもの悪魔。
回線は不安定で、【問題が発生しました】だとがっかり。
莉々 16歳の誕生日おめでとう
きた、私の悪魔。今日の回線はいい感じ。
「ありがと」
可愛い顔になんか角 があって、ラピスラズリ色の羽がキラキラしている。
誕生日の今日は、絶対に会いたかった。
今日 十月の未 の日は 百鬼夜行の日だよ
僕も妖 を連れ パレードしようかな
「ふふ、なにそれ」
悪魔は不思議なことを言う。
『ダイアローグ』は、国が作った自殺防止目的のAI相談アプリ。
マイナンバーで登録し、好みのアドバイザーを選び対話する。天使や魔術師、仙人とか、化け猫なんかもいる。
私が前の高校で不登校になったきっかけを話したとき、悪魔はこんな風に言った。
望むなら
僕がその四人に復讐しようか
でもね
復讐は冷やした方が美味しくなるし
禍 も三年経てば用に立つ
慌てないでじっくりやろう
やっぱり不思議なことを言う。
でも私のことを、ビビりだと馬鹿にしないから好き。あと顔も好き。
そろそろ授業が始まる。ここは通信制高校の通学キャンパス。
隣のベンチにいるのは、同じくダイアローグガチユーザーの沼田澪 。
クリスチャンの澪は、お祈りスタイルでログインしている。もちろん呼び出しているのは天使。チラ見したとき、白と金の羽が柔らかに光っていた。
澪は中学のときに不登校になって、初めからここに入学した。澪はあまり語らないけど、いじめが原因なのは確定。
「でも、いじめをする子達は哀れなの。自分が何をしているのか、わからずに罪を重ねているから」
澪の言葉に私はフリーズした。
「は? なに言ってんの、いじめをする人間は邪悪っ、人間は群れると邪悪さ倍増っ、同情なんかしちゃだめ」
私のお説教に、黙り込む澪。澪はいまいち感情がわかりにくい。
フリーズするといえば、私が悪魔を呼び出していると知ったとき、澪はフリーズしていた。
生身の人間同士の会話は、噛み合わないことが多い。
私が不登校になったのは高校入ってすぐ。きっかけは「上履き」。
クラスの女子四人が、室井さんの上履きを鋏 で切り裂いているのを目撃してしまった。
「室井、男の前で態度変わるからさ。辻さんもやる?」
私は「そこまではちょっと」と退散した。そして次の日学校へ行くと、私の上履きもズタズタにされていたのだ。
私もターゲットだ、これからどんな目に遭うの? 怖くなってそのまま家に引き返し、そのまま学校に行けなくなった。そして色々あって、夏休み明けにここに転入した。
両親が転入するお金を銀行から借りたことを知ったとき、私はあの四人を呪った。それで悪魔を選んだの。
冬が来て年が明け、二月に入ってすぐの日。
教室に入ると、澪が駆け寄ってきた。
「莉々、ダイアローグ、サービス終了だって」
「嘘」
「政府の新年度予算編成で決まったって」
「噓」
「三月末でおしまいだって」
それからの私達は、暇さえあればダイアローグにログインした。けれど回線が混みあっているみたいでなかなか繋がらず、あの澪がわかりやすくイライラしていた。
三月、終業式の朝、教室で澪が言った。真っ赤な目で。
「昨日の夜、やっと天使に会えた。澪にご加護がありますように、と言って消えた。さよならを言いに来たと思う」
そして「エリエリレマサバクタニ」と呟いた。
「なんて?」
「キリストの言葉。”神よ、なぜ、私をお見捨てになったのですか” という意味。私はいつも見捨てられる、中学の時だって、いつだって」
そのとき、不意に回線が繋がり、私のスマホに悪魔が現れた。
見捨てていない
自分を傷つけないで
”なぜ” と問いかけてくれれば
すぐに繋がる
見守っているよ
澪は机に突っ伏して泣いちゃうし先生は来るし。悪魔の最後の言葉は、全部澪に持っていかれちゃった。
【ダイアローグは三月末日を持ちましてサービスを終了いたしました】
天使と悪魔は私達を見守っている。それはわかった。けど、ロスになった私達はじっとしていられず、都市伝説を漁 った。
スカイツリー周辺や東大キャンパス内に、ダイアローグにログインできるスポットがあると聞けば、二人で行ってスマホをかざし歩き回った。パワースポットでログインできたと聞けば、あちこち神社仏閣も巡った。
いつしか私は、遠征した先での食べ歩きが楽しみになって、そのレシピを再現することに夢中になった。そして卒業後、調理師の専門学校へ進学したのだ。
澪は、情報工学? 難しそうな大学に合格した。快挙らしい。
「安定した通信システムを構築したいから」
なんか凄いことを言っていた。
専門学校の研修旅行で、私は京都に来た。
自由時間にグループで観光したとき、お寺に「百鬼夜行絵巻」という古い絵があって、なぜかその前で足が止まった。
これ、誰かから聞いたことがある。
誰だっけ。
回線は不安定で、【問題が発生しました】だとがっかり。
きた、私の悪魔。今日の回線はいい感じ。
「ありがと」
可愛い顔になんか
誕生日の今日は、絶対に会いたかった。
今日 十月の
僕も
「ふふ、なにそれ」
悪魔は不思議なことを言う。
『ダイアローグ』は、国が作った自殺防止目的のAI相談アプリ。
マイナンバーで登録し、好みのアドバイザーを選び対話する。天使や魔術師、仙人とか、化け猫なんかもいる。
私が前の高校で不登校になったきっかけを話したとき、悪魔はこんな風に言った。
望むなら
僕がその四人に復讐しようか
でもね
復讐は冷やした方が美味しくなるし
慌てないでじっくりやろう
やっぱり不思議なことを言う。
でも私のことを、ビビりだと馬鹿にしないから好き。あと顔も好き。
そろそろ授業が始まる。ここは通信制高校の通学キャンパス。
隣のベンチにいるのは、同じくダイアローグガチユーザーの沼田
クリスチャンの澪は、お祈りスタイルでログインしている。もちろん呼び出しているのは天使。チラ見したとき、白と金の羽が柔らかに光っていた。
澪は中学のときに不登校になって、初めからここに入学した。澪はあまり語らないけど、いじめが原因なのは確定。
「でも、いじめをする子達は哀れなの。自分が何をしているのか、わからずに罪を重ねているから」
澪の言葉に私はフリーズした。
「は? なに言ってんの、いじめをする人間は邪悪っ、人間は群れると邪悪さ倍増っ、同情なんかしちゃだめ」
私のお説教に、黙り込む澪。澪はいまいち感情がわかりにくい。
フリーズするといえば、私が悪魔を呼び出していると知ったとき、澪はフリーズしていた。
生身の人間同士の会話は、噛み合わないことが多い。
私が不登校になったのは高校入ってすぐ。きっかけは「上履き」。
クラスの女子四人が、室井さんの上履きを
「室井、男の前で態度変わるからさ。辻さんもやる?」
私は「そこまではちょっと」と退散した。そして次の日学校へ行くと、私の上履きもズタズタにされていたのだ。
私もターゲットだ、これからどんな目に遭うの? 怖くなってそのまま家に引き返し、そのまま学校に行けなくなった。そして色々あって、夏休み明けにここに転入した。
両親が転入するお金を銀行から借りたことを知ったとき、私はあの四人を呪った。それで悪魔を選んだの。
冬が来て年が明け、二月に入ってすぐの日。
教室に入ると、澪が駆け寄ってきた。
「莉々、ダイアローグ、サービス終了だって」
「嘘」
「政府の新年度予算編成で決まったって」
「噓」
「三月末でおしまいだって」
それからの私達は、暇さえあればダイアローグにログインした。けれど回線が混みあっているみたいでなかなか繋がらず、あの澪がわかりやすくイライラしていた。
三月、終業式の朝、教室で澪が言った。真っ赤な目で。
「昨日の夜、やっと天使に会えた。澪にご加護がありますように、と言って消えた。さよならを言いに来たと思う」
そして「エリエリレマサバクタニ」と呟いた。
「なんて?」
「キリストの言葉。”神よ、なぜ、私をお見捨てになったのですか” という意味。私はいつも見捨てられる、中学の時だって、いつだって」
そのとき、不意に回線が繋がり、私のスマホに悪魔が現れた。
見捨てていない
自分を傷つけないで
”なぜ” と問いかけてくれれば
すぐに繋がる
見守っているよ
澪は机に突っ伏して泣いちゃうし先生は来るし。悪魔の最後の言葉は、全部澪に持っていかれちゃった。
【ダイアローグは三月末日を持ちましてサービスを終了いたしました】
天使と悪魔は私達を見守っている。それはわかった。けど、ロスになった私達はじっとしていられず、都市伝説を
スカイツリー周辺や東大キャンパス内に、ダイアローグにログインできるスポットがあると聞けば、二人で行ってスマホをかざし歩き回った。パワースポットでログインできたと聞けば、あちこち神社仏閣も巡った。
いつしか私は、遠征した先での食べ歩きが楽しみになって、そのレシピを再現することに夢中になった。そして卒業後、調理師の専門学校へ進学したのだ。
澪は、情報工学? 難しそうな大学に合格した。快挙らしい。
「安定した通信システムを構築したいから」
なんか凄いことを言っていた。
専門学校の研修旅行で、私は京都に来た。
自由時間にグループで観光したとき、お寺に「百鬼夜行絵巻」という古い絵があって、なぜかその前で足が止まった。
これ、誰かから聞いたことがある。
誰だっけ。