第6幕
文字数 1,662文字
「…‥うん、そうだね…‥。僕も、聴いてみたい。
と言うより、そんな面白いサークルがあるって最初から分かってたら、自分から入会させて欲しいって、申し込みに行ってたと思うよ。
そうしたら、もっと早く、物語が生み出される瞬間に立ち会えたのにな」
真澄は厳かな態度で、このように応じた。
「そんなふうに言ってもらえると嬉しいよ。
だけど、そこに集う楽器達が、どんな音色をしているか、どんな癖を持っているか、前もって把握しておかないと、いざ合わせる段になった時、不協和音が起きないとも限らないからね。
だから、僕らが晶と出逢って、これまでに培ってきた日々は、チューニングの役割を果たしていたんだと思う。
それはそれで、必要な時間だったんだ」
四人の少年達は、お互いに顔を見合わせると、静かに頷き合った。
それから蔦彦は、ブレザーの左胸にあるエンブレムの付いた飾りポケットから、伸びやかな翼を象ったピンバッジを取り外すと、晶に向き直り、このように告げた。
「このピンバッジは、『銀の翼秘密同盟』を発足させた風之助が、オリジナルで拵えた物なんだ。
だから、世界に四つしか存在しない。
風之助は、転校していく時に、この同盟の存続を願って、ピンバッジを僕達に託していったんだ。
本当に相応しいメンバーが現れるまで、半年掛かってしまったけど、やっと今、晶に役割を引き継ぐことが出来る」
蔦彦は、晶のブレザーの胸元に手を伸ばし、飾りポケットの縁を摘まむと、そこに白銀色のピンバッジを留め付けた。
そうしてその姿を、心底満足そうに眺めやった。
それはまるで、七五三を迎えた我が子の晴れ姿に目を細める、若き父親のような面差しだった。
「『銀の翼秘密同盟』へようこそ。
歓迎するよ」
竹光が、再びその台詞を口にする。
その時、晶の胸の奥底には、温かな波のような感情が、ひたひたと打ち寄せてきていた。
それは、誰かに心の底から受け入れられた時に感じる、絶対的な安心感のようなものかも知れなかった。
晶は、何となく気になっていたことを、そこでふと思い出し、何気なく口に出してみた。
「さっき話してた条件についてだけど、蔦彦の得意なことって、僕はまだ聞いてないような気がするけど、何なのかな?
まさか木登りじゃないよね?」
蔦彦は、一瞬目を見開いた後で、弾かれたように笑い出した。
その軽やかな笑い声は、竹光と真澄にも速やかに伝播し、その場は一気に賑やかな雰囲気に包まれた。
蔦彦は、一頻り笑いに興じた後で、それでもまだ両肩を余韻で波打たせながら、晶を可笑しそうに見詰めた。
「そう言えば、まだ話してなかったかも知れないね。
撮影機材なんて、学校に持ってくることはまずないから、すっかり忘れてたよ。
だけど、ポケットアルバムはいつも持ち歩いてるんだ。ちょっと待ってて」
そう言いながら、通学用のリセバッグの中から、B六サイズのポケットアルバムを取り出す。
そうして、セピア色のエッフェル塔の写真が表紙に使われているそれを、晶に向かって差し出した。
「将来的には、世界を股に掛けて活躍する、フィールドカメラマンになる予定なんだ。
これは、その卵の作品だよ」
晶はポケットアルバムを受け取ると、軽い高揚感と共に、表紙を開いた。
瑞々しく鋭敏な蔦彦の感性で切り取られた、豊かな自然の風景の中には、野性動物達のしなやかな姿が中心となって、収められていた。
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・・・ 第7幕へと続く ・・・
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