八月四日 群馬 「遊」
文字数 4,141文字
昨日、留佳たちが島田宅を出た後、警察が入り、事情聴取をしたらしい。その結果が、八月四日、今日相模原の方に警察から情報が入った。
島田宗吾殺人事件は、二人の自供を聞いていくと、事件そのものは楠木蓮の独断によるものであり、八月二日に島田宅に訪れた際には、やはり楠木蓮が宗吾殺害の報告に行ったとのことだった。
二人の事件前のやりとりが見つかっていないこともあり、二人の自供に齟齬がないことからも、楠木蓮には殺人罪を、島田亜美は、隠蔽罪という比較的軽微な罪に問われることとなるようであった。
午前十時、相模原と、辻塚留佳は、芝前珈琲にいた。留佳は席を外し、喫煙ルームに行って、立ったまま一服をしに行っている。相変わらず、薄手のロングカーディガンに包まれた姿からは、背伸びした高校生のようにしか見えないが、コートの中に見える黒のパンクなファッションは、流行等に流れないぞ、という我を感じさせる。
「何か釈然としませんが、島田宗吾殺人事件は、私の瞬間記憶能力によって、解決に至りそうですね!」
この顔だ。たくさん趣向を凝らしたが、留佳がこの表情をするのは、事件が自分の能力によって解決に向かった瞬間くらいしかなかった。この顔を見るためなら、これからも何だって協力する。
「それで、神田先生の事件についてですが、一つ、知りたいことがあります。翡翠中学校の神田先生のクラスの個人調査票のようなものを、見せていただけたりはしないのでしょうか?」
「生徒の個人情報は、データ等で外に持ち出すことはできない。翡翠中学校に行って、職員室内で刑事権限で見せてもらうことなら可能だと思うが……なぜだ?」
「山野先生は、同僚としての意見でした。山野先生にうつる神田先生は、お話にあった通り、あまり意欲的ではなかったのかもしれません。ですが、教師の相手は生徒です。実際にお会いした岬さん達は、
神田先生にとても好感をもっていたように思います。他の生徒はどうだったのか、神田先生が、先生として、生徒の目にはどううつっていたのか、それをもっと知りたくて…それに、何か事件解決の手がかりになることが見つかるかもしれませんし!」
「なるほど、いいだろう。しかし、クラスの生徒は二八人いる。全員にあたっていくのか?」
「いえ、そのために、個人調査票を見れたらな、と思いまして。別に同大学の先輩のいい人話をもらって、自慰行為をしたいわけではありません。神田先生に対する、正直な声が聞きたいです。なので、良家ではない方がよいかな?という程度の基準しかもってないんですけど…。」
「なるほど、両親、もしくは片親の職業等から、あまり裕福とは言えない家庭に、話を聞きたいと?」
「そう言語化すると、大変失礼な言い方になってしまいますが、伝えたいニュアンスはそういうことです。」
「そうか、わかった。いいだろう。俺の方から話をしておこう。」
「ありがとうございます。では、明日はまた東京に出発ですね!そしたら、その前に、るりぱあくに連れてってください。いいですか?」
群馬県芝前市に佇む、るりぱあく。「にっぽんいちなつかしい遊園地」と謳っており、世界最古といわれる十円木馬がある。ジェットコースターやひこうとう等、素朴な様相に反して、アトラクションは豊富であり、どれも五十円で乗れる。辻塚留佳は、半年に一回は、相模原とるなぱあくに行くのだった。
お昼前ということもあり、家族連れがちらちらと見えるが、アトラクションに十分以上並ぶようなことはない。自分のペースで、のんびり楽しめる空間である。
「さて、ではまずはジェットコースターを連続二回、そしたらくじらなみのりに乗って、くるくるサーキットです!」
こんな調子で、チケットを買い、アトラクションを見ながらジェットコースターのある遊園地の奥まで行き、チケット売り場まで戻るような流れでアトラクションを楽しんでいく。
留佳が小さく、まだ両親が健在だった頃、よく連れて行ってもらっていたという。詳しいことは聞かないが、るりぱあくで遊ぶ時間は、留佳が両親との思い出に触れることができる時間なのかもしれない。
時間とともに、思いは風化していく。おれが最愛の妻を亡くしたとき、この世に未練などなかった。それまで何よりも大事だと感じていた刑事の仕事が、急にどうでもよくなった。毎日外食になり、栄養を考えて咎める人がいなくなったのに、何も食べる気がしなかった。このまま、消えるようにこの世からいなくなるのだろうと、そう思っていたが、留佳と出会い、今ではこうして遊園地で家族ごっこをさせてもらう始末だ。
妻ともきたことのあるテーマパークだが、今ではその記憶は薄らぎ、何のアトラクションに乗り、どんな話をしたのか、思い出そうとしても思い出せない。留佳との出会いや、日々の忙しい日常の中で、大きく空いた穴が、少しずつ、埋まり、その穴の位置すら、どこか分からなくなるような、そんな気持ちを、おれは「生きる」ということだと、ある日を境に区切りをつけた。
留佳はきっと、両親を失ったことで空いた穴を、小さくしないように、位置がわからなくなることがないように、必死なのだろう。空いた穴も含めて自分だと信じているから、塞がってしまうことを恐れているのだろう。
風化に、区切りも境目もない。そんな、愛が風化することは、愛とは形なき幻想だと突き付けるようなものだ。永遠の愛を、自分の中に傷として残しておこうという、留佳の思いが、楽しみつつも、何かを必死に繋ぎ止めようとしているようにもみえる留佳の姿から、感じられた。
「楽しめたか?」
「はあーー。楽しかった!いつもありがとうございます相模原さん!」
「昼ご飯はどうする?」
「ハンバーガーが食べたいです!少し遠いですけど、いいですか?」
るりぱあくにきた後は、いつもハンバーガーか、お寿司と決まっている。これも、留佳にとって思い出の地なのだろう。
留佳のために、この人生を尽くそう。るなぱあくに来るたび、新しくできたアトラクションや、運行停止となったアトラクションを見ながら、相模原は、変わらない留佳への思いを誓うのだった。
車を走らせること10分強、目的のハンバーガーショップについた。
「アボガドチーズバーガーをください。コーラセットで!」
「同じく。」
食事に対するこだわりは、妻を看取ったあの日以来、蘇ることはなかった。留佳と同じにすることくらいが、せめてもの食欲だろうか。
ハンバーガーを頬張りながら、留佳は最近の遊びの話をしてきた。
「相模原さん、「水平思考ゲーム」ご存知ですか?私大好きなんです。」
「水平思考?いや、やったことないな。」
「本当ですか?例えば、ええ、そうですね…ある男は、宝箱を見つけて、金銀の財宝を手に入れましたが、使うことはありませんでした。それはなぜでしょう?」
「使う前に、誰かに殺されたからか?」
「なんでそう殺人事件にするんですか!水平思考ゲームでは、この問題に対して、はい、いいえ、分かりませんで出題者が応えられるような質問を重ねていくんです。例えば今の相模原さんのを質問でするなら「ある男は殺されたのか?」。私の答えは「いいえ。」です。」
「なるほど。そうやって質問を重ねていくことを、水平思考って言うわけだな。じゃあ、財宝は、本当価値のあるものか?」
「はい」
「ある男は、死んだのか?」
「はい」
「死んだのに殺人ではない。じゃあ、ある男は、事故死?」
一瞬、無意識に口にした言葉に、留佳に対して向けるべき言葉ではなかったと思い、戸惑ったが、留佳は何も気には留めていない様子でゲームを続けた。
「いいえ。死因に拘りますねえ刑事さん。」
「じゃあ、餓死か?」
「おっ!はい。」
「なるほど分かった。無人島で宝を見つけたが、無人では金も鈍だ。そのまま脱出できずに餓死だな。」
「正解です!早すぎません?やっぱ頭いいんですねえ。」
褒められるのは素直に嬉しい。
「確かに、なかなか楽しいものだな。」
「はい、ですが私はこのゲーム大の苦手で。得られた情報をもとに、論理を組み立てていくんですけど、どうしてもはじめに組み立てた形に拘ってしまって、最初の組み立て方が間違っていると、もう全然抜け出せないんです。例えば、今の問題だと、一回死んだ=殺人と考えてしまうと、もう質問しようなんて思えなくて、誰に殺されたのかって質問ばかり重ねちゃうんです。」
「それは、人間誰しもそういうところはあるだろう。」
「さすが相模原さん、理解がありますね。そうなんです。きっと私含め、人間それぞれ「論理的に組み立てる」時に、それぞれの組み立て方がある。それによって、物事の見え方や捉え方も変わります。論理的とは、感情論とは決別した、理性的なもののように思われがちですが、人間の所業に、普遍的なものなんてありません。それを突き付けられるから、水平思考ゲームは好きなんです。」
「言わんとしていることは分かる。」
「今日は、るりぱあくに付き合ってくださってありがとうございました。るりぱあくでの時間は、私にとってリセットです。持っている情報で組み立てきた論理を、一度床にバラバラに落とすんです。それで、改めて、組み立て直します。また偏るんですが、きっと前回とは違う見え方がするかもしれません。神田先生の死は、なぜ起こったのか、まだ有力な情報はないですが、東京へ行く前に、今までの情報は、一度床に置いておこうと思ったんです。」
留佳の本当の長けた能力は、瞬間記憶能力ではない。この想像力なのだろう。留佳と事件をいくつか解決していく中で、相模原はそう感じるようになっていた。
一人暮らしをしている留佳を家に送り届けた。
「じゃあ、明日は東京行きの新幹線、遅れないようにな。」
「いつも私の方が先に着いてるんですよ?お互い、遅れないよう気をつけましょう。今日はたくさん我が儘を聞いていただき、ありがとうございました。」
もっとワガママでいて構わない。そんな言葉をこの歳の差で使うのはさすがに憚られたので、相模原はいつものようにかぶりを振った。
「いつもそう雑な挨拶を。さよなら!」
相模原は、暗く、時が止まった家に、また帰っていった。
島田宗吾殺人事件は、二人の自供を聞いていくと、事件そのものは楠木蓮の独断によるものであり、八月二日に島田宅に訪れた際には、やはり楠木蓮が宗吾殺害の報告に行ったとのことだった。
二人の事件前のやりとりが見つかっていないこともあり、二人の自供に齟齬がないことからも、楠木蓮には殺人罪を、島田亜美は、隠蔽罪という比較的軽微な罪に問われることとなるようであった。
午前十時、相模原と、辻塚留佳は、芝前珈琲にいた。留佳は席を外し、喫煙ルームに行って、立ったまま一服をしに行っている。相変わらず、薄手のロングカーディガンに包まれた姿からは、背伸びした高校生のようにしか見えないが、コートの中に見える黒のパンクなファッションは、流行等に流れないぞ、という我を感じさせる。
「何か釈然としませんが、島田宗吾殺人事件は、私の瞬間記憶能力によって、解決に至りそうですね!」
この顔だ。たくさん趣向を凝らしたが、留佳がこの表情をするのは、事件が自分の能力によって解決に向かった瞬間くらいしかなかった。この顔を見るためなら、これからも何だって協力する。
「それで、神田先生の事件についてですが、一つ、知りたいことがあります。翡翠中学校の神田先生のクラスの個人調査票のようなものを、見せていただけたりはしないのでしょうか?」
「生徒の個人情報は、データ等で外に持ち出すことはできない。翡翠中学校に行って、職員室内で刑事権限で見せてもらうことなら可能だと思うが……なぜだ?」
「山野先生は、同僚としての意見でした。山野先生にうつる神田先生は、お話にあった通り、あまり意欲的ではなかったのかもしれません。ですが、教師の相手は生徒です。実際にお会いした岬さん達は、
神田先生にとても好感をもっていたように思います。他の生徒はどうだったのか、神田先生が、先生として、生徒の目にはどううつっていたのか、それをもっと知りたくて…それに、何か事件解決の手がかりになることが見つかるかもしれませんし!」
「なるほど、いいだろう。しかし、クラスの生徒は二八人いる。全員にあたっていくのか?」
「いえ、そのために、個人調査票を見れたらな、と思いまして。別に同大学の先輩のいい人話をもらって、自慰行為をしたいわけではありません。神田先生に対する、正直な声が聞きたいです。なので、良家ではない方がよいかな?という程度の基準しかもってないんですけど…。」
「なるほど、両親、もしくは片親の職業等から、あまり裕福とは言えない家庭に、話を聞きたいと?」
「そう言語化すると、大変失礼な言い方になってしまいますが、伝えたいニュアンスはそういうことです。」
「そうか、わかった。いいだろう。俺の方から話をしておこう。」
「ありがとうございます。では、明日はまた東京に出発ですね!そしたら、その前に、るりぱあくに連れてってください。いいですか?」
群馬県芝前市に佇む、るりぱあく。「にっぽんいちなつかしい遊園地」と謳っており、世界最古といわれる十円木馬がある。ジェットコースターやひこうとう等、素朴な様相に反して、アトラクションは豊富であり、どれも五十円で乗れる。辻塚留佳は、半年に一回は、相模原とるなぱあくに行くのだった。
お昼前ということもあり、家族連れがちらちらと見えるが、アトラクションに十分以上並ぶようなことはない。自分のペースで、のんびり楽しめる空間である。
「さて、ではまずはジェットコースターを連続二回、そしたらくじらなみのりに乗って、くるくるサーキットです!」
こんな調子で、チケットを買い、アトラクションを見ながらジェットコースターのある遊園地の奥まで行き、チケット売り場まで戻るような流れでアトラクションを楽しんでいく。
留佳が小さく、まだ両親が健在だった頃、よく連れて行ってもらっていたという。詳しいことは聞かないが、るりぱあくで遊ぶ時間は、留佳が両親との思い出に触れることができる時間なのかもしれない。
時間とともに、思いは風化していく。おれが最愛の妻を亡くしたとき、この世に未練などなかった。それまで何よりも大事だと感じていた刑事の仕事が、急にどうでもよくなった。毎日外食になり、栄養を考えて咎める人がいなくなったのに、何も食べる気がしなかった。このまま、消えるようにこの世からいなくなるのだろうと、そう思っていたが、留佳と出会い、今ではこうして遊園地で家族ごっこをさせてもらう始末だ。
妻ともきたことのあるテーマパークだが、今ではその記憶は薄らぎ、何のアトラクションに乗り、どんな話をしたのか、思い出そうとしても思い出せない。留佳との出会いや、日々の忙しい日常の中で、大きく空いた穴が、少しずつ、埋まり、その穴の位置すら、どこか分からなくなるような、そんな気持ちを、おれは「生きる」ということだと、ある日を境に区切りをつけた。
留佳はきっと、両親を失ったことで空いた穴を、小さくしないように、位置がわからなくなることがないように、必死なのだろう。空いた穴も含めて自分だと信じているから、塞がってしまうことを恐れているのだろう。
風化に、区切りも境目もない。そんな、愛が風化することは、愛とは形なき幻想だと突き付けるようなものだ。永遠の愛を、自分の中に傷として残しておこうという、留佳の思いが、楽しみつつも、何かを必死に繋ぎ止めようとしているようにもみえる留佳の姿から、感じられた。
「楽しめたか?」
「はあーー。楽しかった!いつもありがとうございます相模原さん!」
「昼ご飯はどうする?」
「ハンバーガーが食べたいです!少し遠いですけど、いいですか?」
るりぱあくにきた後は、いつもハンバーガーか、お寿司と決まっている。これも、留佳にとって思い出の地なのだろう。
留佳のために、この人生を尽くそう。るなぱあくに来るたび、新しくできたアトラクションや、運行停止となったアトラクションを見ながら、相模原は、変わらない留佳への思いを誓うのだった。
車を走らせること10分強、目的のハンバーガーショップについた。
「アボガドチーズバーガーをください。コーラセットで!」
「同じく。」
食事に対するこだわりは、妻を看取ったあの日以来、蘇ることはなかった。留佳と同じにすることくらいが、せめてもの食欲だろうか。
ハンバーガーを頬張りながら、留佳は最近の遊びの話をしてきた。
「相模原さん、「水平思考ゲーム」ご存知ですか?私大好きなんです。」
「水平思考?いや、やったことないな。」
「本当ですか?例えば、ええ、そうですね…ある男は、宝箱を見つけて、金銀の財宝を手に入れましたが、使うことはありませんでした。それはなぜでしょう?」
「使う前に、誰かに殺されたからか?」
「なんでそう殺人事件にするんですか!水平思考ゲームでは、この問題に対して、はい、いいえ、分かりませんで出題者が応えられるような質問を重ねていくんです。例えば今の相模原さんのを質問でするなら「ある男は殺されたのか?」。私の答えは「いいえ。」です。」
「なるほど。そうやって質問を重ねていくことを、水平思考って言うわけだな。じゃあ、財宝は、本当価値のあるものか?」
「はい」
「ある男は、死んだのか?」
「はい」
「死んだのに殺人ではない。じゃあ、ある男は、事故死?」
一瞬、無意識に口にした言葉に、留佳に対して向けるべき言葉ではなかったと思い、戸惑ったが、留佳は何も気には留めていない様子でゲームを続けた。
「いいえ。死因に拘りますねえ刑事さん。」
「じゃあ、餓死か?」
「おっ!はい。」
「なるほど分かった。無人島で宝を見つけたが、無人では金も鈍だ。そのまま脱出できずに餓死だな。」
「正解です!早すぎません?やっぱ頭いいんですねえ。」
褒められるのは素直に嬉しい。
「確かに、なかなか楽しいものだな。」
「はい、ですが私はこのゲーム大の苦手で。得られた情報をもとに、論理を組み立てていくんですけど、どうしてもはじめに組み立てた形に拘ってしまって、最初の組み立て方が間違っていると、もう全然抜け出せないんです。例えば、今の問題だと、一回死んだ=殺人と考えてしまうと、もう質問しようなんて思えなくて、誰に殺されたのかって質問ばかり重ねちゃうんです。」
「それは、人間誰しもそういうところはあるだろう。」
「さすが相模原さん、理解がありますね。そうなんです。きっと私含め、人間それぞれ「論理的に組み立てる」時に、それぞれの組み立て方がある。それによって、物事の見え方や捉え方も変わります。論理的とは、感情論とは決別した、理性的なもののように思われがちですが、人間の所業に、普遍的なものなんてありません。それを突き付けられるから、水平思考ゲームは好きなんです。」
「言わんとしていることは分かる。」
「今日は、るりぱあくに付き合ってくださってありがとうございました。るりぱあくでの時間は、私にとってリセットです。持っている情報で組み立てきた論理を、一度床にバラバラに落とすんです。それで、改めて、組み立て直します。また偏るんですが、きっと前回とは違う見え方がするかもしれません。神田先生の死は、なぜ起こったのか、まだ有力な情報はないですが、東京へ行く前に、今までの情報は、一度床に置いておこうと思ったんです。」
留佳の本当の長けた能力は、瞬間記憶能力ではない。この想像力なのだろう。留佳と事件をいくつか解決していく中で、相模原はそう感じるようになっていた。
一人暮らしをしている留佳を家に送り届けた。
「じゃあ、明日は東京行きの新幹線、遅れないようにな。」
「いつも私の方が先に着いてるんですよ?お互い、遅れないよう気をつけましょう。今日はたくさん我が儘を聞いていただき、ありがとうございました。」
もっとワガママでいて構わない。そんな言葉をこの歳の差で使うのはさすがに憚られたので、相模原はいつものようにかぶりを振った。
「いつもそう雑な挨拶を。さよなら!」
相模原は、暗く、時が止まった家に、また帰っていった。