後編

文字数 1,689文字





 そうしてそれらの書き込みは不思議なことに、次第にきみへと語り掛ける言葉へと変貌していった。

 “僕達はきっとツインソウルだ”“きみの心と僕の心には、今同じ感動の嵐が吹き荒れている”“きみ以上にきみを理解出来るのは、きっと僕しかいない”…‥。

 そんな熱烈な語り掛けが続いたある日のことだった。

 きみは何も言わずに、僕の前から忽然と姿を消してしまった。

 唯一の手掛かりは、きみが失踪直前まで、顔を埋めていたSF小説だ。

 その煙草臭い古本の、日に焼けたクリーム色のページの余白には、銀色の砂漠で逢おう、との書き込みがあった。

 それはこんなふうに続いていた。

 『砂漠に盗まれた歌声』というタイトルのSF小説を入手して、銀色の砂漠で読み進めれば、きみは金色の砂になる、そうなって初めて、きみと僕は交わることが出来る、何故なら僕は、銀色の砂なのだから、と。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 僕はきみを追い掛けて、銀色の砂漠へとやってきた。

 『砂漠に盗まれた歌声』というタイトルのSF小説は、今は絶版になっていて、あれこれ手を尽くして探してみたものの、入手には至らなかった。

 けれど、きみが無事金色の砂と化しているのなら、この砂漠の何処かに、その本は埋もれている筈だった。

 きみを銀色の砂漠へと巧妙に誘き寄せた男は、どうやら『砂漠に盗まれた歌声』の作者であるらしい。

 そのSFを執筆しているうちに、物語の魔力に取り憑かれ、銀色の砂と化してしまったようだった。

 ごく稀なことではあるものの、物語のスケールが作者の力量を超えてしまった場合、そういった現象が起こるようだった。

 さすれば、差し詰めこの砂漠は、大きな夢を見過ぎた男達の、哀れな末路のような場所なのかも知れない。

 暫しの休息の後、僕はよろけながらも、どうにか砂丘の上に立ち上がる。

 そうして最後の力を振り絞り、美しい幾何学模様を形作る風紋の上に、再び覚束ない足跡を刻み付け始める。

 その時、一際強い風が続け様に吹き寄せ、銀色に煌めく砂の狭間から、苺色の色彩が顔を覗かせた。

 僕は驚きに目を見開き、そのすぐ近くに倒れ込むように跪いた。

 それから砂の海の中から、一冊の分厚い本を掘り起こす。

 銀色の砂を払い除けた表紙には、苺色の大きな翼を背に生やした、美しい少女の絵が描かれていた。

 そこに掲げられているタイトルは、勿論『砂漠に盗まれた歌声』だ。

 けれど、その周辺で金色の砂は、一粒も探し当てられなかった。

 恐らくは、地中深くへと埋もれてしまったのだろう。

 もしそうであるならば、僕が金色の砂へと変貌していく過程は、避けられないことなのだ。

 最早きみと同質の物にならなければ、きみを探すことも叶わない。

 僕はその場に座り込むと、『砂漠に盗まれた歌声』の最初のページを開いた。

 一行目には、“風に舞い散る砂は、銀色だった”とある。

 そのクリーム色のページに、ぱらぱらと金色の砂が二、三粒落ちた。

 僕は徐(おもむろ)に、前髪を摘まんでみる。

 どうやらその辺りから、砂と化していくようだった。

 やがて全身が金色の砂となり、きみと交じり合うことが出来る瞬間に、思いを馳せる。

 そうなってみて初めて、きみの全てを理解出来るようになるのかも知れない。

 かつて、どんなに身体を重ねても、きみを遠くに感じていたのは、僕達が肉体であり、精神であり、魂であったからだ。

 もっと単純明快な砂の一粒同士という組成になってしまえば、複雑さが剥ぎ取られた分、きみの全てをダイレクトに感じ取ることが出来るだろう。

 僕は二行目に視線を移す。

 “僕は、なだらかな砂丘の一つに座り込み、膝元の砂を掬い取る。

 そして、砂まみれになったその拳を、風の中でゆっくりと開く”

 今度は右目の睫毛から、金色の砂がぱらぱらと零れ落ちた。



 ・・・・・・・・・・・・・・ 完


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