13話「恋人の名前」
文字数 1,553文字
僕は、彼が泣き止んでから湿布を貼り直して包帯を替え、消毒をしてガーゼの貼り替えをした。
彼の手を取って、湿布が剥がれないように包帯を巻きつけている時、握った彼の手がとても温かいことに気づいた。
「わあ、古月の手、あったかいね」
「そうか?」
「うん」
ほんのちょっと手を触れ合わせただけなのに、なぜかとても緊張して、名残惜しかったけど彼の手を放した。
「ねえ、古月」
僕が名前を呼んでも彼は答えなかった。僕たちは黙って壁にもたれて、肩を並べて床に座り込んでいた。
彼は不満そうに唇を突き出して、うつむいている。どうしたの、と聞こうとした時、古月は口を開いた。
「…雄一」
そう言った時、古月は真っ赤になっていた。ガーゼ絆創膏の隙間の頬が、赤い。
僕がそれを見て胸をときめかせている間に、古月がまた繰り返す。
「雄一だよ、俺の名前」
“そっか。僕たち、苗字で呼び合ってたんだっけ”
下の名前で、彼を呼ぶ。それだけのことがなんだか恥ずかしくてたまらない。
「そう呼んで、いいの?」
「いつまでも苗字のままの方が、変だろ」
「うん…雄一」
“雄一”
その名前は魔法の言葉のように、僕の心臓を急かして体を熱くした。
「稔」
びくりと僕の体が震えた。
“距離が、近くなる”
怖いはずなんてないのに、ほんの少しだけ怖くて、でもそれは嬉しすぎるからだった。
「なに?」
「なんでもねえよ」
ぶっきらぼうに返事をしても、雄一の頬は赤いままだ。
“顔が真っ赤だよ。全部わかっちゃう”
そう言って彼をからかったらどんな顔をするかなと思って、僕は笑いたくなるのを抑えた。
彼はしばらくうつむいていたけど、ふと顔を上げて僕を見る。
「お前ってさ、無防備だよな」
「え?そっかな?」
「俺が今何考えてると思う?」
「んー、なんだろ?」
僕が考えようと下を向こうとすると、その顎に、雄一の指が絡んできた。
僕は彼を見上げるように上を向かされて、でもその実待っていたかのように、僕は逃げなかった。
「…こうすること」
昨日より雄一の唇は素直で、その分少し乱暴なくらいに僕をこじ開けて、僕に触れた。
唇をなぞられて思わず息を漏らした時に、彼は僕の中に侵入して、唾液を奪っていった。
舌が溶け合いそうな中で、雄一の煙草の味がして、僕はまた初めてだった体験に追いつけないまま、キスは終わった。
解放されて息を整えていると、雄一が僕の手を引いて立ち上がる。
「…布団、行こうぜ」
「えっ…」
“もしかして、それって…”
僕は怖くなったけど、雄一は「何もしやしねえよ」と言った。
僕たちは布団に寝転んで、抱き合っていた。
ふかふかした布団の上で、雄一が体で僕を抱きしめて包み、熱が伝わる。
“嬉しい。好き”
その二つがどんどん高まっていく。
手を握るだけでも苦しかったのに、体をぴっとりとくっつけ合っていると、鼓動の速さが彼に伝わってしまうから、もっと苦しい。それなのに、嬉しいからやめたくない。
僕はぎゅっと腕に力を込めて、彼に抱きついた。じんわり温かい。
「やっぱり雄一、あったかい…」
「お前は、冷えてるな」
そう言って雄一は僕の背中をちょっとさする。
「あー…あんまり運動とかしないから、かな?」
「俺も運動なんてしねえぜ」
「そっか…」
「まあいい。あたたまるまで、いろよ」
布団に入って15分くらいで、雄一は眠ってしまった。
「寝ちゃった…」
雄一の寝顔はちょっとしかめっ面で、でも普段は見せない幼さがあって、とても可愛かった。
申し訳ないけど、スマートフォンで撮影させてもらったあと、またじっくりと眺める。
“寝顔が可愛かったよって言ったら、また怒るんだろうな”
そんなふうに思って、僕は嬉しかった。
僕たちはこの時、まだ何も知らなかった。自分たちがこれからどれだけ追い詰められるのかも、深く入り組んだ道の先にあるのが袋小路でしかないことも。
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