第3話

文字数 1,896文字

「わたしのことなんてどうでもいいじゃない。ほっといてよ……」

 そんな風に強がってみるわたし。きっと面倒くさい女だって思われてるに違いない。
 わたしなんかをこうやって毎朝からかってくるとか、どれだけ暇なのだろう?

「僕がここにいるの、そんなに嫌なの? 傷つくなぁ〜」

 だけど君はそう言って、軽く笑いながらわたしをあしらってくるんだ。本当に傷つくとか思ってるんなら、わたしのことなんて放っておいて、とっととこの部屋からいなくなればいいのに。
 なんで君は、どうしようもないほど醜いわたしに構ってくるのかな?

「そもそも君、こんなところにいつまでもいていいの?」
「え、なんのこと……?」
「だって、彼女はもうここには…………」

 わたしはそう言いかけたけど、急に怖くなって途中で言葉を失ってしまった。あの日からもうすぐ一年経つけど、今でもわたしの中から抹消したい記憶の一つだ。

「……あ、そっか。はるみちゃん、そのこと気にしてたんだ」
「気にするに決まってるよ。だって君たちあんなに仲良さそうだったのに……」

 わたしは思わず鏡から目を逸らす。
 それは鏡に映る君の姿を、どうしても見ていられなくなったから。二人を引き裂いてしまったあの事故は、わたし以上に君の方がよほど辛い記憶だろうから。
 ……ううん。君たちの記憶なんて、それすらこの世に存在しないのかもしれないけど。

「僕はもう二度と、彼女の顔を見ることはできないんだよね」

 だけど君はやっぱり笑いながら、それをあっさり答えるんだ。わたしはやるせない気持ちを隠しきれなくなり、それを君に悟られないようわたしは下を向いた。

「そんな悲しそうな顔しないでよあけみちゃん」

 だけど追い打ちをかけるように君の声がわたしの耳に届いてくる。
 本当は耳だって塞ぎたいくらいだ。

「そんなこと言ったって……」
「仕方ないことじゃん。もう過ぎたことなんだし」
「過ぎたことなんて言わないでよ……」

 だって、君たちあんなに笑ってたじゃん! あんなに楽しそうだったじゃん!

 今みたいに無理のある笑顔なんかじゃなくて、もっと純粋に楽しそうで、幸せそうで。
 二人はわたしの憧れだったんだよ?
 それなのに、どうして? どうしてこんなことになっちゃうの……?
 本当に世の中、不公平だよ!!

 本当だったらわたしが代わりにこの世から消えていなくなれば…………

「はるみちゃんは大丈夫だよ」

 え……何を言っているの……?

「だってはるみちゃん、優しいもん。こんな僕のこと、今でもこんなに気にかけてくれる」
「そんなの……」

 そんなの気にするに決まってるじゃん。いつまでもこの部屋にいたりして……

「この部屋の前の住民なんて、一ヶ月も経たないうちにみんな逃げていっちゃうのにだよ?」

 そりゃそうだよ。誰のせいでこの部屋が『超格安物件』になったと思ってるのよ……

「だけどはるみちゃんは、そんな僕を受け入れてくれた」

 ……別に受け入れたわけじゃないけど……

「はるみちゃんはさ、いっつも後ろ向きだけど、いっつも他人のこと考えてくれて、いっつも誰にでも優しすぎて……」

 違うよ……わたしはそんな人間なんかじゃない。
 君が思ってるよりもっとずっと醜い人間で……

 わたしなんか――

「……だからさ。はるみちゃんももっと自分に対して優しくなればいいのに」

 え……

「はるみちゃんはいつも真面目すぎるんだよ」

 その声は、彼女の声とぴったり重なり合った。

 あの頃と何一つ変わっていない、その言葉。
 わたしは何一つ成長しないまま、無意味な時間だけを過ごしている……?
 もしそうだとしたらやっぱりわたしは馬鹿だ。大馬鹿者だ。

 ……ほんと。君に励まされるなんて、本末転倒なのにね……。
 だって君たちの時間は、もう……

 …………あれ?

 わたしはその時何かを感じて、慌てて鏡を見た。
 そこに映っていたものは、君の顔と、すっかり惨めになってしまったわたしの顔。
 君は小さく笑っていて、その顔はまるでわたしをからかっているかのよう。

 なぜならわたしの目からは、ぽとりと涙がこぼれ落ちていたから。

 わたしはその涙の本当の意味を知りたくて、じっと自分の顔を見つめていたんだ。
 いつもなら見たくもない、そんなわたしの顔であるはずなのに……。

「ほらはるみちゃん。朝から顔がぐしゃぐしゃだよ? もう一度顔洗ってこなきゃ」
「う、うるさいな〜……」

 わたしは目をこすりながら、洗面所へと向かった。
 そしてもう一度この鏡の前に戻ってきて、わたしの顔と君の姿を確認する。

 ……今度こそ大丈夫。
 それを確認すると、『いってきます』と声を出して、わたしは大学へと向かったんだ。
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登場人物紹介

わたしのことなんてどうでもいいじゃない。ほっといてよ……


はるみちゃん:

少しだけ性格の暗い女の子。一人暮らしを始めたばかりなのになぜかそこには……。


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