詩小説『ホテルサーヴァント』3分の少女物語。一寸先は闇。二寸先の光へ。~第3話~

エピソード文字数 1,306文字

とうとう私の何かが爆発した。これほどまでの衝撃が私を動かした。姉の部屋へ入ると、姉の洋服とメイク道具を入る限り全て鞄に詰め込んだ。最後にあの赤いコートを羽織った。そして走り出した。玄関のドアを蹴り開けて。
 公衆トイレで制服を脱ぎ捨て、姉の服を身に纏った。そのままトイレの鏡で見よう見真似、初めての化粧。あの薄汚れた場所で魔法に掛けられた。
 抑制されていた私が手に入れた自由。その反動に身を任せ、踏み入れた歓楽街。その夜にたまたま声を掛けてきたしらないおじさんが初めての人。あまりの衝撃に吐き気がした。
 しかし、与えてくれた食事やホテルお金、それにダイエット効果があるというお香。現実が霞んで、遠い彼方へ消えて行く様だった。
 その瞬間、知ることのなかった世界に片足を踏み入れて、そのまま浸かってしまうだろうと予感した。私は不登校、退学と歩を進め、見事、家出非行少女の出来上がり。
 そんな生活が気付かぬうちに蝕んだ身体と心。気付かないふりをして汚れていった、十八歳の現実、知らない男とホテルの浴槽。
 そんな私の汚れた身体を、頭からつま先までバスタオルで拭き取る彼。そのまま担がれ、ベットまで運ばれた私。もう一度彼と交わった。
 彼との一時は夢物語、メルヘンチックな絵本の世界。まるで幼い頃、ただ一度だけ両親に連れて行ってもらったことのあるシロクマパークを思い出す。
 あの薄暗い世界を照らし出した回転木馬と同じ感覚で、彼に抱かれている。観覧車から見下ろした光を浮かべていた。
 ことが終わると、二人並んで天井を見上げ、彼が煙草の煙をプラネタリウムの星を目掛けて吹きかける。星には届かず、宙に浮かんで消えていくだけだった。
「お前、本当に馬鹿なんだな。いつだって抜け出せるんだよ、今の現実から。方法なんてな、実はいくらでもあるんだ。何故気付かない?」
「だから、言ったでしょ? もう生きること自体に興味が無いんだって。だから抜け出すだとか、そんなこと自体、どうでも良いことなんだ」
「なんで、私だけこうなの? 他の誰かと何が違うの? なんて思ってんだろ? 確かに違うな、お前は明確に他の誰かと違う」
「だったら、殺してよ」
「お前はな、なんで、私だけこうなの? じゃなくて、本当は、こんな私なんか、どうせ駄目だろうって思って生きてきたんだろ?」
 彼は起き上がって、シャツやネクタイを拾い始める。
「他の娘と、本当はさほど差はないのに、こんな私なんか、どうせ駄目だろうって思ってるから、駄目になってしまったんだ」
「殺して、もういい、死ぬから、殺して、殺して」
 ネクタイを締めて、最後に背広を羽織った。
「俺、帰るわ。今日さガキの参観日なんだ。金は置いていく」
「私、死ぬから今から」
「あっ、そうそう、言い忘れてた。お前の望み通り、死ねるかもよ。良かったな。だって俺、エイズだから」
「えっ?」
「お前ってさ、死ぬのが怖いんじゃなくて、生きるのが怖いんだろ。俺と同じだな、じゃあな」
 そう言って扉を閉めた。
 気がつけばもうすぐ朝で、窓の外は明るくなりつつあった。
 魔法は解けた。
「私、生きたい」
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登場人物紹介

主人公はあなたです。それぞれの恋愛模様を『詩小説』で。

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