がらんどう

文字数 815文字

 がらんどうの部屋だ。それはひとがいないだとかいう意味では到底足りるものではなくて、文字通り、箱のひとつさえも、紙の一枚さえもないのだった。
 ここまで片付けるのには三日かかった。最初に思っていたよりは短かった。冷蔵庫を片付けるのと一緒に食事は済ませたから、本当に片付け以外のことは考えていなかったのかもしれない。それほど無心に作業を進めたから、これほどの速さで終えられたのだろう。
 この後どうしたものか。がらんどうの中で立ち尽くしていたとき、風が吹いた。そういえば、もう秋だったのだった。風は最後にひとつ残っていた塵さえも攫っていってしまった。窓を開け放っていたのは自分であるというのに、どうにもそれが口惜しくてならなかった。
 ひときわ冷たい風が頬を打った。はたと気がついてしまった。
 この部屋をこうも徹底的に片づけたのは、耐えがたかったからだった。ひとがいなくなったせいで広くなった部屋の空白を、すべて空にすることで誤魔化そうとしていた。
 がたがたと窓枠が鳴った。君に責められているようだ。そうだ、君はいつもそうやって口うるさくあれこれとまくしたてて、それが自分にはどうにも耐えがたくて。
 手に視線を落とす。綺麗だ。何度も洗った。服を見る。まっさらの新品だ。あれからすぐ、まだ来ていなかった服を下した。風呂場を洗って、君の髪を拾い集めた。重くなった体躯から血の一滴も落ちないように慎重に運んだ。
 それでもこの部屋には、なお君がいた。朝も昼も晩も、常に背後に君がいた。どうにも耐えがたくなったのが三日前のことで、そうしてこの部屋はがらんどうになったのだった。君の名残をどこにも残したくなかった。残っていればいつかきっと、後悔すると知っていたのだから。
「ああ」
 吐いた息は決してため息などではなかったのに、後悔に染まって部屋の床に積もってゆく。
 こうまで綺麗に片付けたというのに、君の喉を締める感覚は、どこまでもこの手に残っていた。
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