桜の出会い
文字数 1,776文字
霊園に続く坂道。花見客を目当てにした屋台が並ぶ。
道の端やら開けた場所には、多数のレジャーシートと人の垣。
呼び込みや酔っぱらいの声で騒がしい。
ひより、たまらず顔をしかめる。
桜の樹のむこうに、墓石が覗く。
そのまま下のほうに視線をずらしていくと、墓石の傍にワンカップ。
まるで物置のように扱われているそれに対し、嫌悪感を覚えるひより。
墓石が並ぶ細道。その上には桜の天井。陽光が隙間から降り注ぐ。
花見客はここまで来ないらしい。墓参りにきている人も見当たらない。
満足げなひより。のんびりと歩を進めながら、頭上の桜を見ている。
ひよりの足がとまる。
周囲に人影はないかと周囲をきょろきょろする。
両方とも白いブレザーを着ている。ひよりがこれから通う高校のものだ。
ひとりは青の、ひとりは赤のネクタイを結んでいる。
赤いネクタイの彼は知り合い。ひよりの友人であるワタルだ。
小学校の頃から縁が続いており、このたび相談もしていないのに同じ高校に上がることになった。
顔立ちや雰囲気はワタルとよく似ているが、彼よりもぐっと大人びて見える。
ネクタイの色がひよりやワタルと違うということは、高校の先輩に当たる人だろうか。
親しい間柄なのだろうということは、すぐに分かる。
どうやら二人とも、ひよりが見ていることには気づいていないようだ。
まっすぐに前を見つめるカケルの目に、ひよりはぐっと惹きつけられる。
箱の角をひと撫でして、彼の手はすっと離れていく。
甘くて優しくて、愛しいとめいいっぱい叫んでいるような、静かな声だった。
その声で話しかけてもらえたなら、どれだけ幸せなのだろう。
きっと、素晴らしく世界が輝いて見えるに違いない。
あの声で、自分の名を呼んでほしい。
――気がつけば、その思いでいっぱいだった。
ひよりがいるのとは逆方向だ。
花見客がいる坂道と反対側からきたのだろう。
2人が立っていたあたりの墓石を見つめて、先程聞いた声を何度も何度も噛み締めている。
カケルという名前を忘れないように記憶に刻む。
自分の名前を呼んでくれないだろうか。
彼の隣に立てないだろうか。
あの甘い声を独占できやしないか。
――ひよりはそういうことをいっぱい考える。
でなければ、こんなに“欲しい”なんて思わないはずだ。
ひよりは自分の気持ちを何度も噛み締めて味わって、考えて。
ひよりはまず、カケルに自分を知ってもらうところから始めようと決めた。
自分だけが知っていたって、恋人になどなれないのだから。
そしてあわよくば、自分の味方になってもらわなきゃいけない。
だってそうじゃなきゃ、勝てる気がしないから。
ひよりは、2人が立っていた場所にある墓石をきつく睨みつけた。