桜の出会い

文字数 1,776文字

3月。桜が咲く季節。

霊園に続く坂道。花見客を目当てにした屋台が並ぶ。

道の端やら開けた場所には、多数のレジャーシートと人の垣。

呼び込みや酔っぱらいの声で騒がしい。

ひより、たまらず顔をしかめる。

ここも一応、霊園の敷地内なんだけどなあ……。
視線を動かす。

桜の樹のむこうに、墓石が覗く。

そのまま下のほうに視線をずらしていくと、墓石の傍にワンカップ。

まるで物置のように扱われているそれに対し、嫌悪感を覚えるひより。

確かに私も、お花見にきたけど……。

あれはないよ、絶対ない。ヒドイよ。

静かなところに、行きたいな。
酒気やどんちゃん騒ぎから逃れるように、脇道にそれるひより。
一転。喧騒が遠のく。

墓石が並ぶ細道。その上には桜の天井。陽光が隙間から降り注ぐ。

花見客はここまで来ないらしい。墓参りにきている人も見当たらない。

満足げなひより。のんびりと歩を進めながら、頭上の桜を見ている。

…………?
声が聞こえた気がする。

ひよりの足がとまる。

周囲に人影はないかと周囲をきょろきょろする。

見つけた。
比較的新しくきれいな墓石の前に並ぶ、2人の青年。

両方とも白いブレザーを着ている。ひよりがこれから通う高校のものだ。

ひとりは青の、ひとりは赤のネクタイを結んでいる。

赤いネクタイの彼は知り合い。ひよりの友人であるワタルだ。

小学校の頃から縁が続いており、このたび相談もしていないのに同じ高校に上がることになった。

青いネクタイの彼には心当たりがない。

顔立ちや雰囲気はワタルとよく似ているが、彼よりもぐっと大人びて見える。

ネクタイの色がひよりやワタルと違うということは、高校の先輩に当たる人だろうか。

ワタルと青いネクタイの彼とのあいだには、気軽な空気が流れている。

親しい間柄なのだろうということは、すぐに分かる。

ワタルの友達に、あんな人いたんだ。
墓石にむかっていたワタルが振り返り、青いネクタイの彼を見た。

どうやら二人とも、ひよりが見ていることには気づいていないようだ。

ほら、カケルも報告することあるんでしょ。
うつむき気味だった青いネクタイの彼……カケルが、顔を上げた。

まっすぐに前を見つめるカケルの目に、ひよりはぐっと惹きつけられる。

僕はもう、大丈夫だよ。今までありがとう。
カケルは持っていた手荷物から青く細長い箱を取り出し、それを墓前に置いた。

箱の角をひと撫でして、彼の手はすっと離れていく。

ひよりは、カケルが発した声にとてつもなく惹かれる。

甘くて優しくて、愛しいとめいいっぱい叫んでいるような、静かな声だった。

その声で話しかけてもらえたなら、どれだけ幸せなのだろう。

きっと、素晴らしく世界が輝いて見えるに違いない。

あの声で、自分の名を呼んでほしい。

――気がつけば、その思いでいっぱいだった。

カケルが、ワタルを促して墓前から離れていく。

ひよりがいるのとは逆方向だ。

花見客がいる坂道と反対側からきたのだろう。

ひよりはしばらく動けなかった。

2人が立っていたあたりの墓石を見つめて、先程聞いた声を何度も何度も噛み締めている。

カケルという名前を忘れないように記憶に刻む。

自分のほうを見てくれないだろうか。

自分の名前を呼んでくれないだろうか。

彼の隣に立てないだろうか。

あの甘い声を独占できやしないか。

――ひよりはそういうことをいっぱい考える。

そして不意に気づく。
今の今で、私……好きになった、のかな。
口に出したら本当にそうな気がしてくる。

でなければ、こんなに“欲しい”なんて思わないはずだ。

ひよりは自分の気持ちを何度も噛み締めて味わって、考えて。

私、カケルさんに恋したんだ。

一目惚れ。

恋、したんだ。

ならば、やることはひとつだけだ。

ひよりはまず、カケルに自分を知ってもらうところから始めようと決めた。

自分だけが知っていたって、恋人になどなれないのだから。

まずはワタルに色々聞かなければならない。

そしてあわよくば、自分の味方になってもらわなきゃいけない。

だってそうじゃなきゃ、勝てる気がしないから。

ひよりは、2人が立っていた場所にある墓石をきつく睨みつけた。

私、負けませんから。
死んでいる人になんて、絶対負けません。
今あんなに優しい声をかけられているだけ、それだけです。

行動できないあなたになんて、絶対、負けない。

その場をあとにするひより。


その場をあとにするひより。


遠くで響く花見客の喧騒だけが残った。
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登場人物紹介

東ひより(あずま――) 女 15歳・高校一年

「私、だからって諦める気はないの」


本作主人公。

ふわふわとした柔らかな雰囲気と裏腹な、アクティブな思考の持ち主。

とにかく、行動してから考えるタイプ。

ワタルとは、中学のときから良い友達。

カケルに片思い中だが、とっても不利なよう。

大和泉環(おおいずみワタル) 男 15歳・高校一年

「ボクも大概バカだけど、あんたもドのつくアホだよ」


幼い頃からモデルとして芸能界で活動しているためか、プライドが高い。

きつい言葉使いとは裏腹に、細やかな気遣いができ礼儀に厳しい一面も。

ひよりの相談相手であり、友人。

カケルの弟。ひよりに片思い中。

大和泉架(おおいずみカケル) 男 17歳・高校三年

「僕と話してて面白い? ……それなら、いいんだけど」


落ち着き柔らかな雰囲気を持つが、時折頑固な一面が覗く。

“人付き合いは苦手”だと公言しており、ひとり気ままに過ごしていることが多い。

ひよりのアタックにたじたじ。

ワタルの兄。

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