第56話 お調子者も時と場合です

文字数 2,325文字

風邪ひいて近所の医者にいった時のことだった。
先生に肩やや背骨のあたりをトントンたたかれた。
「どうですか」と聞かれたので私は「気持がいいです」と答えた。
先生は「もっとやれってか」といって笑っていた。
「食欲はありますか」と聞かれたので、「おかずによります」といった。
そばにいた看護婦まで噴出していた。
少し調子づいてきた。
「どんなお仕事しているんですか」
「ええ、あのう自営業です」
「どんな家業何ですか」と聞かれた
何かのテストと思い「カキクケコ」と答えた。
私の頭の中には、ダジャレや笑い話がいっぱい詰まっている。
いつでも場を和まし笑いを作ろうと蓄えていたものだった。
先生も看護婦も涙を流して笑っていた。
これもどっかで見た笑い話を使ってみたのだ。
「あははは、面白いかたですね じゃあ明日もう一度来て様子を見せて下さい」
「今ちょっと体の具合が悪いのでもう少しあとにして下さい」
先生は、ムットしたようだった。ちょっと調子に乗りすぎました。
今になって考えると、恥ずかしい。私の体験したほんとの話です。
「過ぎたるは及ばざるが如し」限度をわきまえないと反感を買うことになる。

教室のほうは順調に推移していた。気にしてはいなかったが今年は前厄の年だった。
今年の4月末頃、体の調子がおかしくなった。
寒気がした。オシッコをすると妙に痛い。チョロチョロしか出ない。
微熱が続く。椅子に座るとお尻が痛い。おかしいなと思っていた。
風邪かなと思って市販の風邪薬を飲むが一向に良くならない。
体の調子が悪いが教室を継続しなければならない。
夜になると体温が39度を超え40度に近づいてきた。
恐ろしい。人間42度を超えると死ぬという。
氷枕や解熱剤で多少は良くなるが、38度を下回ることはない。
病院嫌いの時分だが、恐ろしくなってきた。

明日は病院に行こうと思って、朝までうつらうつらしていた。
9時からは教室が始まる。開校して9年目なるが1日も休んだことがない。
今回はやむを得ず何十人もの人に電話しキャンセルしてもらった。

翌朝、北本の病院へ向かう。熱は38度近くある。下がらない。
病院で尿検査血液検査を受けた。診察の順番が回ってきた。
先生は顕微鏡をのぞいている。
「どうしました」
「昨夜熱が39度くらい出ました」
「ほかになにか・・」
「オシッコがあまり出ないんです」
「・・あとは」
「オシッコをするとき痛いんです」
「はいそこにうつぶせに寝てください」
「こうですか・・」
先生は肩をたたいたり背中をたたいたりしている。
「どうですか・・」
「気持ちがいいです」
また、お調子者の癖が出てしまった。先生はそれを無視した。
恥ずかしかった。どこの病院でも通用するわけではない。

「仰向けになってください」
「は、はい」
先生はお腹に手を当ててさすってくれた。もうふざけなかった。
「どこか痛いところはありますか」
「はい、そこんとこがちょっと痛いです」
再び椅子に座る。
「何の病気でしょうか」
「ジンウジンエンですね」“自由人炎”と聞こえた。
まさか、自営業者だからかかる病気なんてあるだろうと思ったが
さっきちょっとふざけたので、気持が落ち込んで聞き返せなかった。
「何が原因ですか」
「疲労ですね」
「治るんですか」
また余計な事を言ってしまった。
「・・・・すぐ点滴をします」
「今からですか・・・」
「これ、かなり重症ですよ」
「・・・・」
「腎臓に菌が繁殖して炎症を起こしています」
「・・・」
「体全体に回ってしまったら、大変なことになります」
すぐに2階の病室のベッドで点滴を受けた。
めったに病気をしたことがないので、この世の終わりかと思うくらい落ち込んだ。
3時間点滴は続いた。帰りに薬をもらい妻に迎えに来てもらった。

食欲がない。家で布団の中に入って休んだ。
夜になると今度は解熱剤のせいか体温が34度しかなかった。
何回も計ったが同じ結果だ。体がガタガタ震えて止まらない。
寒い。あまり寒いので、熱いお風呂に入った。多少は落ちついてきた。

その夜は、少し眠れた。
朝、体温を測ってみると37度くらいに下がっていた。ああよかった。
朝8時半に病院に行く。尿検査のための尿を採取した。
診察の時間になった。
「様子はどうですか」
「ええ、おかげさまでだいぶ良くなりました」
先生は顕微鏡を見ている。
「あれえ、菌が減っていないな」
「ああそうですか」
「お酒は飲んだりしてないでしょうね」
「ええ飲んでいません」
「・・・・他に何か」
「ちょっと寒かったので、熱いお風呂に30分位入りました」
「えええ~~~~!」
「それじゃ菌が体中に回っちゃうよ!」
「・・・まずかったんですか」
「それはまずいよお~~~」
先生が地団駄踏んで怒っている。また、失敗しちゃったようだ。
「やめてよ~~」先生が感情的になっている。

そんな悪い事だったんだ。お風呂に入っちゃだめだと聞いていない。
「今日も点滴ですね」また2階へ行って3時間の点滴を受けた。

看護婦さんに聞いた。
「私はなんていう病気なんですか」
「先生に聞いていないんですか」
「聞いたんですが、ハッキリ聞き取れなくて」
「ジンウジンエンですね」
やっぱり、自由人炎だ。でもそんな病気聞いた事がない。
「その“自由人炎”ってどんな字を書くんですか」
看護婦はメモに書いてくれた。“腎 盂 腎 炎”と書いてあった。
ああ、やっぱり。自由人炎なんて病名あるわけない。納得した。

それから、5日間点滴を受けた。次の日先生に診断を受けた。
「あと、どのくらいかかるでしょうか」
「菌がなくなるまで、毎日点滴に来てください」
「ちょっと忙しくてこられないのですが」
また、怒らせるような言葉が口から出てしまった。
「あそう! それなら悪くなったらまた来てください」

俺はなぜ空気が読めないんだ!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み