第16話 風の吹く丘 弐

文字数 2,453文字

 肉色の魔物の数は裏口の方が多い。裏口を開け放ち、俺が囮になっているうちに、マルカは正面の扉から、双子を連れ村へと走った。

 数が多いので止むを得ない。俺は魔物の群れを教会に誘い込み火を放つと、混乱の隙を突いてマルカ達の後を追った。

 辿り着いた村は静まり返っていた。ここでもそこかしこに村人の衣服だけが残されている。火の手のあがった教会が見えても誰一人外に出てこないことから推すと、この村にはもう人は存在しないのだろう。

 合流するため、先に着いているはずのマルカを探すも、呼び掛けに答えない。嫌な予感を抱きつつ無人の村を歩くと、井戸端で身を身を寄せ合う双子の姿を見付けた。

『またやられたわね』

 傍らにマルカの服だけが残っている。キリクとキリコは抱き合い、怯えた目で俺を見ている。
 手近な農家で隠れているよう言い含めようかと考えたが、すぐに考え直した。俺が見ていない場所で消えるだけだろう。俺は双子に異変のあった場所を確認した。

「……あっちのほう」

 双子を庇いつつ中に分け入る。焼け落ちた教会から追い付いてきたものだけでなく、森の奥から魔物の群れは湧き出してくる。どれも歪でひとつとして同じ形をしていない。太い一本の腕を振り下ろすものや、無数の脚で這い寄るもの。どこか人間の物を連想させる形を残している。

『人間を材料に、急ごしらえで作った感じね』

 俺の不吉な考えを、雛神様は躊躇いもなく形にした。

 肉色の魔物を切り伏せ道を拓きながら森の奥へと進むと、さらなる異形が待ち構えていた。木々の枝のそこかしこに、引き抜かれた眼球が垂れ下がっている。神経の糸が繋がり、樹上に蜘蛛の巣を張り巡らせたように広がっていた。でたらめに動いていた眼球の一つが俺を捉えると、全ての眼球はぎょろりと俺に視線を集中した。

『ずいぶんと良い趣味してるわね』

 木立ちの奥から巣の主が姿を現した。
 剥き出しの肉と人肌で斑になった、巨大な蜘蛛のような魔物。人間の手足を捩じ併せたり繋ぎ合わせた七本の脚の先では、招くように無数の指が揺らめいている。身体のあちこちに開いた口に並ぶのは人間の歯。いい加減ぞっとしない。

 双子に茂みの影に隠れているように叫ぶと、俺は蜘蛛のような魔物に剣を向けた。大きさだけなら母神様にも及ぶほどだが、神威はまるで感じられない。雛神様の言うように、攫った人間を材料に産み出した急造の眷属の類だろう。この奥にいるのは、従者を連れていない神の類か。

 手数は多いがそれだけだ。神気を伴わぬ攻撃は、骨剣で容易く迎え撃ち斬り飛ばすことができる。だが、巨躯には見当たらぬ眼の代わりを、周囲に張り巡らされた眼が補っているらしく、。死角が存在しない。

 小細工なしに真正面から切り結ぶうち、人型の魔物に取り囲まれた。派手な立ち回りに引き寄せられるのか、それとも主の元に行かせまいとしているのか。後ろを気にせずに済むのは、むしろ好都合だ。俺はただ目の前に立ち塞がる敵に剣を振るい続ける。

 半刻ほど剣を振るい続けただろうか。剣を杖に荒い息を吐く俺の周りには、動くものの姿は無い。隠れているよう言い付けた双子に声を掛けたが応えは無かった。不吉な想像と共に辺りの茂みを探し歩いたが、二人は服さえ残さず姿を消していた。――俺は判断を誤ってしまったのだろうか。

 蜘蛛型の魔物になぎ倒された木立が続く先には、巨大な竪穴が口を開けていた。魔法でも使わない限り、こんな大穴は開かないだろう。

『恐らく、落ちてきたんでしょうね、これが』

 自らが空けた大穴の底で、半ば土砂に埋もれ、小山の様な暗緑色の肉塊が、無数の触腕をうねらせていた。

「こないで! ツァールはケガしてるの!」
「ロイガーを探してるだけだって!」
『星をあるく双子神ね? ずいぶん弱ってるみたいだけど』

 大きく手を広げたキリクとキリコが、怯えた表情を浮かべながらも、俺の前に立ちはだかる。
 傷付き同胞を探し求めるツァールの声を聞き、この土地へ招いたのは自分たちだという。託宣を受けられるということは、この幼い双子は双子神の司祭になれる資質を持っているらしい。

「司祭様や村の人たちは、みんな腹ぺこのツァールが食べちゃったけど」
「ずっとぼくたちにひどいことしかしなかったからいい気味だって」

 傷を癒すために攫った者達を、俺達を迎え撃つために作り替えて使役する羽目になったということか。見目好いが用なき者とされたこの子供達が、今までどんな扱いを受けてきたかは容易に想像が付いた。

「お姉ちゃんたちは優しくしてくれたから、連れてってほしくなかったのに」

 俺がツァールにを攫われずに済んだのは、俺の中の雛神様のご加護だろう。

『他の神と争ったのかしら。それとも、顕現し損ねた? どっちにせよ、十全な状態でないのは確かね』

 俺の戦意に反応して、触腕の群れが繰り出される。弱っているとは云え本物の神。先ほどの眷属とは比べ物にならない神威に、骨剣で受けるのがやっとだ。

『アイン、今のあんたじゃ荷が重過ぎるわよ! 司祭を倒して退去させなさい!』

 キリク達の排除か。雛神様も酷なことを言う。雛神様の身の安全が最優先とは云え、さすがに子供を手に掛けるのは躊躇われる。

「やめて! ツァール、ぼくを捧げるから、キリコだけは守ってあげて!」

 ツァールは攻撃を止め、わずかに戸惑うように触腕を揺らしていたが、やがて触腕の束でキリクを包み、ゆっくりその身に取り込んだ。

「キリク!」

 地面が揺れ始める。ツァールがその身を起こそうとしているのか。
 兄の名を呼ぶキリコの襟元を掴み、慌てて穴から遠ざかる。地を揺らし、大穴から巨体を引き出したツァールは、空に浮かぶと風に乗り空に溶けるように何処へともなく姿を消した。

「キリク! キリク!」

 空に手を伸ばし、慟哭するキリコ。

『呼びかけたものが、双子ではなくなったからね。また別の潜伏場所で、傷を癒しながら片割れをさがすんでしょうよ』

 あの丘の上で、弟はいつまでも風に吹かれ、兄の帰りを待つのだろう。
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