人外系アイドル行進曲

エピソードの総文字数=3,704文字

 目の前にいる少年は、真夜と同じ年頃のように見えた。背丈も真夜とそう変わらない。年が離れた双子の弟と、真夜と同い年の兄がいるということは流歌から聞いている。流歌抱き合っていた幼い二人の男の子たちが弟だろうし、流歌と会話する様子を見る限り、おそらく彼が兄なのだろう。そう思って声をかけたのだが、少年はぽかんと口を開けて真夜の方を見たまま、硬直していた。
「あのう……?」
 真夜が遠慮がちにもう一度声をかけると、
「……えっ!? あ、はい、な、なんでしょう!」
 少年はようやく我に返ったようだった。
「キョドってんじゃないよ! キモいよ! 真夜さ……じゃない、カーミラさん。こんなんですが、うちの兄っす」
 流歌が困った顔で紹介してくれた。
「黒姫カーミラです。ルカと一緒にユニットを組ませてもらっています」
 合宿の間は『黒姫カーミラ』で常に過ごすと決めた以上、真夜自身も流歌たちも真夜を『カーミラ』として扱っているが、まだ慣れない。
「流歌の兄の森山響介って言います。いつも妹がお世話になっていますっ!」
 そう言って響介はペコペコと真夜に頭を下げてくる。いつの間にか、その頭頂部に犬のような耳が生えていた。下半身を見ると尻尾も生えており、ぶんぶんと振られている。
 真夜は流歌と初めて会ったときのことを思い出した。
(兄妹なんだなあ……)
 流歌たちの一族は普段は耳や尻尾を隠しているが、感情が高ぶると表に現れてくるという。響介も緊張しているのかな、と真夜は思った。
「はい、そこまで。カーミラさんから離れなさい」
 流歌が真夜と響介の間に割って入ってきた。
「ちょ、お前っ!」
「目つきがいやらしいんだよ、兄ちゃんは!」
「い、いやらしくねーよ! ただ本物の芸能人はやっぱりかわいいなって……」
「芸能人がみんなかわいいわけないだろ! カーミラさんが特別かわいいんだ! こんな綺麗な金髪美人見たことないッ」
 流歌の熱弁を聞いて、真夜は思わず下を向いた。
「わかる! 俺も一目見て倒れそうになった!」
 真夜は目を閉じた。
「スタイルもいいしな!」
 真夜は両手で顔を覆った。
「そうだな! すっごいな! Tシャツの上からでもわかるもんな、いろいろ!」
「……やっぱりいやらしい目線で見てるじゃないかエロ兄貴ッ!」
「もぎぎぎっ」
 響介の悲鳴を聞いて真夜が顔を上げると、妹が兄の頬を思い切りつねりあげていた。
「おーい、夫婦漫才はその辺にしてくれないか」
 フランの声が後方から聞こえてきた。
「夫婦じゃないっす!」
 兄へ攻撃を加えたながら反論する流歌とともにそちらを見ると、フランが流歌の双子の弟を左右それぞれの腕で軽々と持ち上げていた。
「こっちはこっちで大変なんだ」
 そう言いながら、弟たちもフランも楽しそうに笑っていた。

 結局、響介たちはレッスンが終わる五時頃までずっと見学していた。真夜にとってまったく気にならないと言えば嘘になるが、アイドルは観客がいることで成り立つ仕事だということもわかっている。見られることも練習のうちだと考えることにした。
 レッスンが終わった後、
「黒姫さん!」
 と響介に声をかけられて、それが真夜のことだと気が付くまで数秒かかった。これじゃまだダメだ、と反省しながら真夜は響介の方を向き、
「なんでしょう」
「あのう、明日も練習を見学に来てもいいでしょうか?」
 響介は照れているように見えた。
(やっぱり、ケンカはしても妹のことが心配なんだなあ……)
 真夜はニッコリ笑って、
「もちろんいいですよ。ぜひいらっしゃってください」
「はい! ありがとうございます!」
「光と満はともかく、兄ちゃんは別に来なくてもいいっすよ……」
 真夜の隣に立っていた流歌が言った。響介はニヤリと笑うと弟たちの肩を抱き、
「ふっふっふ、そんなことを言っていいのかな。光と満だけでここまで来るのは無理だ。父ちゃんも母ちゃんも忙しい今、二人には保護者が必要だろう。もちろん、俺自身も見学したいしな」
「清々しいくらい下心が丸見えなんすけど……」
 妹が兄を蔑むような目で見る。
「ルカ、せっかく来て下さるって言ってくれてるんだから。それに、お兄さんたちだって私たちのファンなのよ。もしかしたら、ファン第一号と言っていいかもしれない。大切にしないと」
 真夜の言葉に流歌はしぶしぶといった感じで、
「仕方ないなあ……。別に来てもいいけど、兄ちゃんはカーミラさんの半径五〇メートル以内には近付いちゃダメだぞ」
「建物の中に入れねえよ!」

 その日の夜、宿に帰ると前日と同じように入浴、夕食、そして簡単なミーティングを終えると午後一一時には就寝することになった。合宿三日目の明日も、ほぼ今日と同じスケジュールをこなすことになる。早く寝て、疲れを取らなければ体がもたない。
 真夜、流歌、フランは同じ部屋で布団を並べて眠ることになっている。真夜が中央で、右が流歌、左がフランという並び方だ。『Trick or Treat』としては、全てこの並び方で活動することに決まっているので、なんとなく寝る時の配置もそうなったのだった。
「じゃあ電気消すね」
 真夜がそう声をかけると、
「いいっすよ」
「ああ」
「はい、おやすみなさーい」
 布団の中から聞こえてきた二人の返事を確認し、真夜は部屋の照明を消して、自らも布団の中に潜り込んだ。と、すぐに左隣からフランの寝息が聞こえてくる。
(やっぱりすごい寝付きの良さだなあ)
 フランの驚異的な寝付きの良さは、合宿一日目になる昨日の夜に初めて知ったことだ。フランのことはだいたい理解したつもりでいたが、寝食をともにして初めてわかることもあるのだと真夜は思った。
 暗闇の中で目を閉じて数分経過しただろうが、真夜はまだ眠れずにいた。右隣の流歌の布団からは、まだ寝息が聞こえてこない。
「……ルカちゃん、起きてる?」
 小声でたずねてみると、
「起きてるっすよ」
 流歌も小声で返事をしてきた。
「今日はルカちゃんのお兄さんたちがいらっしゃって、びっくりしちゃった」
「ごめんなさい」
「いやいや、謝ることじゃないよ。面白かった」
「弟たちはともかく、兄ちゃんはいい迷惑っす」
「そんなこと言わないで。お兄さんのこと、嫌い?」
「……別に嫌いじゃないっすけど」
 やはり、ケンカはするものの流歌と兄弟の仲は悪くは無いのだ。
「じゃあ、この合宿が終わったら、せっかくだしご実家に帰ってみれば……」
「それは嫌っす」
 キッパリ、だ。兄弟との仲が悪くないとなれば、やはり問題は親との関係にあるのだろうか。どこまでつっこんでいいのか布団の中で真夜は少し逡巡したが、勇気を出すことにした。
「……ご両親と何かあったのかな」
「……」
 流歌は一瞬息を止めたようだったが、
「……両親というより、父ちゃんと、ですね。母ちゃんとは別にもめてないっす。ついでに言うと、婆ちゃんとも関係は悪くないっす。とにかく父ちゃんですね……」
「やっぱり、芸能界入りについて反対されたのかな」
「まあ、そうっすね。……森山は、ジャンルこだわらず歌うことが好きなんです。『アイドルになりたい』って気持ちよりは『歌で食っていきたい』ってほうが強くて。ただまあ、森山くらいの年齢でいろんなジャンルの歌に挑戦できるのってやはりアイドルかなあ……と、そんな感じで父ちゃんに内緒でオーディションを受けたら社長に声をかけられて。そしたら父ちゃんに大反対されちゃいましてね」
「そうだったんだ……」
「『芸能界、特にアイドルなんて絶対許さん!』って頭ごなしに怒り出すし、社長の悪口まで言い出すし、しまいには『出て行け!』ですよ。言われた通り、出て行っちゃったっすけど。はははは」
 流歌が小さく笑う。が、全く楽しそうではない。
「そんなわけで、森山は実家に帰るつもりは全然ないっす」
「ルカちゃん……」
「はい、この話ここまで。今日は寝ましょう」
 それきり、流歌は黙り込んでしまった。強引に話を打ち切られると、真夜は何も言えない。
(このままじゃ、良くない)
 真夜は暗闇の中で決意を固めていた。

 翌日のダンスのレッスンの際にも、前日の約束通り響介と光、満が見学に来ていた。響介は終始ニコニコしながら真夜たちの様子を見ている。これなら、頼みを聞いてくれるかもしれない。
 休憩に入った直後、真夜は早足で響介の元へと近付いていった。
「く、黒姫さん。どうしたんですか」
「お兄さんっ」
 真夜は無意識の内に響介の両手を握りしめていた。
「!?」
 響介の顔が真っ赤になったが真夜は気が付かないまま、
「今日この後、お宅にうかがっていいですか?」
「えっ!? あ、は、はい」
「そうなると遅くなっちゃうから、本当に急で申し訳ないんですけど、泊めていただければ大変ありがたいんですが……」
「え? 泊め、えっ? ……◎▲×☆∴~っ!?」
 響介の腰から尻尾が生え、高速回転していた。

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