第1話

文字数 1,886文字

「インターネットが知の風景をすっかり変えてしまった」という言い方に倣うなら、「コロナが『聖徳太子以来の』和の風景を変えてしまった」ともいえるのではないだろうか。
 新型コロナ・ウィルスの感染拡大につれて、世の中がささくれだった空気を強める中で、「自粛警察」がネットで騒がしい。
 昨年以来、三度目の緊急事態宣言が発出されて、県を跨いでの旅行や外出の自粛、飲食店の時短、大型商業施設の休業などが求められている。
 違反を疑われるような行動や営業の記述がSNSの中にあると、一斉に誹謗中傷メッセージが湧きあがって「自粛警察」が動き出す。
「上司に対する返答に、『了解しました』はおかしい」と咎める例がある。
 丁寧に言えば、「承知しました」なのだろうが、「了解しました」に多少の違和感はあるものの、目くじらを立てるほどでもなかろうと思う。
 これが「マナー警察」と言われる類だ。
「自粛警察」や「マナー警察」という他の人を過剰に非難する行為が、ネットの中だけならまだしも実世界でも起きている。
 先日も電車の中で、「マスクを鼻にもかけろ,、かけない」でトラブルになった事がニュースになっていた。注意された男が何かのスプレーを吹きかけて逃げたことで暴力事件とされているけれども、そもそも注意した方が過剰反応ではないかと感じる。せきやくしゃみをしていたわけでもないから、飛沫がかかるとはいえないし、鼻の部分を一時的に外す若い人は時々みかける。
 かかりつけ医の話として、高血圧・糖尿病の患者が「待合室で咳をしているやつがいる。コロナがうつったらどうするんだ」と診察室に入るなり怒り出したという。
 コロナに感染して亡くなる高齢者や持病持ちについてのテレビニュースやワイドショー番組を連日みていれば怖がって当たり前だ。「不安の裏返しで当り散らす高齢男性は珍しくない」と不安による攻撃性を医師は認める。
「感染症への不安が他人への攻撃性に転化するのは、明治のコレラ騒動でもあった人の悲しい性である」と毎日新聞の余禄子が、令和三年一月二十三日朝刊で嘆いている。
「ウィルスに感染するのは軽率だ」という理由で蔑視する側に優越感が生まれるのだろう。
 だが病気の重篤化や死に対する恐れは理解できるものの、感染者や医療従事者、介護施設関係者への差別や攻撃はどこからくるのか。
 日本社会の同質性が、異質なものへの恐怖を偏見や差別さらには排除、攻撃につなげるのだろうか。
 最初に「聖徳太子以来」と書いたが、その時代に「和」が実現していたわけではない。
 また同質でもなかった。
 仏教の伝来と多くの帰化僧や仏師、陶芸職人などの帰化人たちを受け入れた聖徳太子の時代は、外敵の恐れ以上に、同族間の絶えない争いの中にあった。
それゆえに仏教を多様多彩な人材とともに受け入れ、それを礎として「和」の成就を願って十七条憲法を定めたのだろう。
 コロナ禍の今、三密を避け、マスク・手洗いなどの感染予防には皆が協力しなければならないが、同質性が同調圧力と結びついた時、異質なものへの偏見、差別、排除や攻撃性が「自粛警察」や「マナー警察」に変異しかねないから危険だ。
 新型コロナ・ウィルス感染症に関わる人権問題の根っこは、「ひきこもり」の問題や高齢者・障害者、LGBTや外国人への差別と同根で、同質な社会から異質なものへの偏見、差別が形を変えて現れているのだと思う。
「頑張ることは大事だけれど、成果ばかりが求められる世の中で、『俺が、私が』と他人様を押しのけて、手柄を立てるだの、仕事ができるだの、勉強ができるだの得意顔で、しゃしゃり出て平然としていられる神経が嫌だから、社会に背を向けたくなる。閉じこもりたくなる。……就労、自立など、ゆっくりゆっくり自分のペースでやればいいんだ」と作家藤沢周氏は、二〇一九年六月二十三日の神奈川新聞で、「ひきこもり」の人たちへの応援メッセージを述べている。
「就労、自立など」が横並び一斉にヨーイ・ドンを要求するから、適応できない、したくない者がでる。
 社会が「個人の自分ペース」を受け入れなければ、結局、「ひきこもり」になってしまう。
いつドロップアウトしてもいいし、またいつ戻ってもいい柔軟な枠組みが必要だろう。
 多様性社会にするためには、まず「横並び一斉にヨーイ・ドン」をやめることだと思う。
 聖徳太子が望んだ和の社会の構築は、「横並び一斉にヨーイ・ドン」ではなく、「みんなちがってみんないい」社会システムを取り入れ移行することで可能になると思う。
 ウィズ・コロナという新しい風景の時代はそうありたいものだ。
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