第3話

文字数 4,573文字

 その後も奇妙な道具が続く。
『どこでドア』はどこでもドアのような形状をしていて、大学やバイト先への移動に使えそうだと考えた。
 だが、実際につかってみると僅か十センチほどしかワープできず、「どこで使うねん!」とツッコミを入れざるを得ない。何のためにあるのかと訊いてみると、ドえもんにも判らないという。
『もしボックス』は漢字で書くと模試ボックスとなり、模試の答えを教えてくれる。
 だが、電話ボックス程の大きさがあり、肝心の模試の会場に持ち込むことは不可能。つまり答え合わせにしか使えない。
『スモール・糸』は毛糸のような太い糸に当てると絹糸のように細くなるライトで、『ビッグ・糸』はその反対。
『ガリバーと寝る』はガリバーという名のおじさんロボットが添い寝をしてくれる。子守唄を歌ってくれて、確かに入眠しやすいが、せめて女性だったらと思わずにはいられなかった。
『どんくさいスイッチ』は一見ただのスイッチに見えるが、押したものの運動神経が鈍るという道具。鍛えすぎたアスリート向けの代物らしいが、元々運動音痴のビノ太にはあまり意味がなさそうだ。
中には『二次元ポケット』という物もあった。
 ポケットに物を入れると、全て写真のようにペラペラになる。これは引っ越しなどに使えそうだと思いきや、元には戻せないらしい。誰が使うねん!
『ヒラリー・マント』という道具もあった。装着するとヒラリー・クリントンのようにスピーチが上手になるという。しかし全て英語であり、日本では通用しない。外国語が達者の須根川教授には通用するかもしれないと思ったが、よく考えてみれば彼はイタリア出身であり、日本語以外はイタリア語しか通じなかった。
『とうめいマン』とは小型のロボットで、東名高速道路の事なら何でも知っているらしい。逆を言えばそれしか知らないので、よほどのマニアにしか必要とされないだろうと思われる。断じて『透明マント』ではないので、もちろん消えることはできない。

 毎回期待して千円を払い続けたが、どれも腰砕けの道具ばかりで実用性に乏しく、財布ばかりが薄くなる。これではJマンと変わりないじゃないかと嘆くも、こればっかりは仕方がないと、ドえもんは平気な顔でどら焼きを食べている。余計なところは本家と同じで、唖然とするビノ太であった。

 それでもこれまでの投資を無駄にするべく、ビノ太はさらに相談を持ち掛ける。
 イジメられてばかりのJマンに仕返しをするための道具を求めたのだ。
 そこでドえもんは『安近(あんきん)マン』を出してきた。
 安近マンはアンパンで出来たヒーローで、ビノ太を応援してくれる助っ人なのだという。
 これは心強いぞと息巻き、これまでのうっぷんを晴らすように鼻息を荒くしながら、Jマンの元へと向かった。
 しかし、いざ目の前にすると、安近マンはからきし弱い。

くて

いという安心感だけで、元々素材がパンなのだからパンチやキックを繰り出しても、蚊が刺すほどのダメージしか与えることが出来ないのだ。
 これでは助っ人にならないと、返り討ちにあったビノ太は、またしても「ビノ太のクセに、生意気だぞ」と罵られ、五千円カツアゲされた。

 それでもせっかくのドえもんに利用価値を見出さないのは勿体ない。何とか使いどころは無いものかと考え抜いたあげく、今度はガールフレンドが欲しいとドえもんに頼む。
 実は引っ込み思案で恋人どころか友達もいないビノ太にも片思いの女性がいた。『利塚(としづか)みなも』という別の大学に通う幼馴染である。みなもには槍杉(やりすぎ)という名のボーイフレンドがいるという噂があり、ビノ太は想いを伝えきれずにいた。
 そこでドえもんは『竹子(たけこ)ブタ―』を出してきた。それは竹子という名の豚のような女性ロボットで、これで一先ず会話の練習する事になった。名前に違わず見た目はイマイチだが、練習用とあらば仕方がない。これで会話術を習得し、最終的には、みなもに告白するのが目標である。
「こんにちは、私は竹子。よろしくね」
 思いのほか声だけは可愛い。まるでアニメの声優のようで、目をつむれば『ときめきセインツ』の大凱門エルダのようであった。
「び、尾野びのビノ太といいます。……いや尾野ビノ太です。ぼ、僕の方こそよろしくお願いします」
 緊張で声が震える。如何にブサイクなロボットとはいえ、女子には変わりない。ビノ太は喉の渇きを憶え、ひとまず台所で水を飲むと、一旦、心を落ち着かせながら部屋へと戻ってきた。
「ビノ太さんの趣味は何ですか?」
 いきなりお見合いのような質問をされた。ビノ太は戸惑いを憶える。これといった趣味はないからだ。せいぜい昼寝くらいであるが、まさかそれを趣味と言うわけにはいかない。
 勝手知ったるドえもんは、こみ上げてくる笑いをこらえながらビノ太を黙って見守っていた。
「……ええと、読書……かな?」
「それは素晴らしいわね。どういった作品が好みなの?」
「……それは……SFとかコメディとか恋愛ものとか。面白ければ何でも読みます」
「そう、好きな作家はだれかしら?」
「……鳥山明とか尾田栄一郎とか、あと、あだち充なんかも大好きです」
 全てマンガであった。ここ最近は大学のテキスト以外、活字の本はまったく読んでいない。
「竹子さんは何か趣味はありますか?」
 逆に質問してみると、彼女(?)は即答した。
「私は量子力学ね。ヒトゲノムなどのDNAの研究にも関心があるわ。それと二次関数やギリシャ哲学といった分野も……」 
 見かねたドえもんは、竹子ブタ―の背中を開けると、ダイヤルを回す。
「ビノ太くんには難しすぎるから、少しレベルを下げておくね」
 馬鹿にしやがって、とは言えない。実際に量子力学なんてチンプンカンプンであり、全く理解できないのは事実だからだ。
「ワタシノシュミハ……」今度は声の調子がおかしくなった。ドえもんは再度調節を施すと、今度は大丈夫だと太鼓判を押す。
「こんにちは、たけこです、わたしはおままごとがだいすきよ」
 またも自己紹介から始まる。どうやらさっきの会話データはリセットされているようだ。言葉使いからして幼稚園児かと思いもしたが、これくらいから始める方がちょうどいいのかもしれない。
「僕はビノ太です。それでは一緒に遊びましょう」園児に対して何故か敬語で会話を進める。
 それから竹子は人形を出すと、おままごとを始めた。最初は恥ずかしくてぎこちないものの、次第とノってきて、いつの間にか竹子の世界に入り込んでいた。
「それじゃあ、レベルを上げるね」ドえもんはダイヤルを調整し、今度は小学生低学年のレベルとなった。
「こんにちは、私の名前は竹子といいます。どうぞよろしくね」
 またここから始めなければならないのかと思うと正直うんざりする。
 それから読書の話になると、ジューヌ・ベルグや宗田理といった少年向きの作家の話となった。低学年レベルでもついていくのがやっとで、それでも他愛もない会話にビノ太は楽しみを憶えた。
 それから、中学、高校とレベルを上げて、女心というものが少しずつ理解できるようになっていくと、自分にもイケそうな気がして、その日の訓練を終えた。すっかり日も暮れて、バイトもキャンセルしたが、後悔はなかった。

 しかし次の日もまた竹子ブタ―を試してみると、当然ながら昨日までの会話の記憶がリセットされていて、また自己紹介から始めなければならない。
 それでも会話を楽しんでいくが、同じやり取りの応酬で、それが三日も続くとさすがに飽きてくる。
 しかし、ビノ太には自信があった。思い切って利塚みなもに告白する勇気が湧いてきたのだ。
 だが、それでも不安を拭いきれないビノ太はさらなる恋愛アイテムをドえもんに求めた。
 するとドえもんはポケットからではなく、タイ・マシーンから彼と同じようなロボットを連れ出してきた。
 それはシルエットこそドえもんと同じであるが、色が黄色で、大きなリボンが付いている。妹だと紹介するところを見ると、どうやら竹子と同じ女性ロボットのようであった。
「初めまして、ドミよ」
 なるほど、ド〇えもんで言うところのド〇ミちゃんという訳か。
 しかし、そのいでたちはかなり寄せてはいるものの、ドえもん同様に本家には遠く及ばない。
 ドえもん以上に目が垂れ下がり、顔のパーツは左右非対称、指は三本だった。ポケットは何故かリアルな朝顔のアップリケが施されてて、ニセモノ感が半端ない。
「これでも私は恋愛マスターなのよ。ビノ太くんに大人の女性についてのイロハを教えてあげるわね」
 これは頼もしい。竹子ブタ―よりよほど実践的に思えるし、何より無料なのが嬉しかった。
「さっそくだけど、その恰好は何? 今どきそんなダサい眼鏡なんてよくかけていられるわね。もっとオシャレなヤツに変えなさい。コンタクトレンズでもいいわ。それにその服装も何とかならないの? ヘアースタイルも酷いし、モテなくて当然ね」
 兄に似てなかなか辛辣な妹だ。いや、口の悪さはドえもんとは比べられないほど格上だ。言っていることは判らなくもないが、変えろと言われても先立つものが無い。バイト代はとっくに使い果たし、財布には二千円しか入っていなかった。給料日まではあと一週間以上もある。
 取りあえず今日はこのままということで、レッスンを受けることとなった。
「まずは相手を褒める事よ。何でもいいから私を褒めてみて」
 ビノ太はドミをしげしげと観察した。どこをどう褒めていいか判らずに口ごもっていると、
「何黙っているの。男だったらはっきりとキメなさいよ。優柔不断が一番モテないんだからね!」
 相当な剣幕である。これでは竹子ブタ―の方がまだマシに思えてきた。
「……ええっと、リボン可愛いね」正直、全く可愛いと思えないが、褒める所といえばそこしか思い浮かばない。
「……他には?」
「他? ドミちゃんは目がきれいだし、体形も理想的だ。それに優しそうだし、性格も良さそう……」
 心にもないことだが、ドミを満足させるにはこれしかないと決め込んで、恐る恐る呟いた。しかし、ドミはそんなビノ太の本心など容易に見抜いたらしく、ポケットから鞭を取り出すと床に思い切り打ち付けた。まるで鬼教官である。
「嘘おっしゃい! 全然心がこもっていないわよ。嘘つきな男が一番モテないんだから!」
 さっきといっていることが違うじゃないか。優柔不安と嘘つきと、どっちが一番モテないというつもりなんだろう。
「ごめんなさい。僕には判らないです」
 それからドミによる講義が続いた。女性にモテるコツは、まずは清潔感に始まり、つたなくても良いから誠実さと、現実的な夢や希望をしっかりと持っている人。それに最も大切なのは女性に対してがっついたりせずに紳士的に振舞うことだった。
 しかし、思うようには事が運ばず、ミスを連発しては、その都度鞭で叩かれ、体中がミミズ腫れになるビノ太であった。
 それでも二週間かけてようやくすべてのレッスンを完了すると、鬼教官はタイへと帰っていった……。
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