第29話 『 褐 崖 落 』

文字数 1,197文字

 − KATSU・GAI・RAKU − 続き (1991.01.15..)


 黄白色の砂岩の荒土のさなか、軍事力のみによって富み栄える強国イエルガ。唯一神イエログの旗のもと、鉄の規律を誇る神星軍は八方に戦乱を巻き起こし、異教徒を断ち、征服した国々から略奪の限りを尽くしていた。
 数百年の昔に併呑され、今では南イエルガと呼ばれる低湿地の湖沼地方。その地の部族民は代々、行商と放浪芸、詩学や細工技術を生業としてきた思索好きの人々で、北イエルガの勇猛で大柄な民とは異なり、一般に兵としては怯懦であると、神軍の国では一段低く蔑まれる存在だった。しかし万人に一人は衆に優れた智将が出る、という定説から、為政神官らは七歳に達した長男の戦童としての供出を、強制し続けていた。
 ウァイバ沼のメルシュの息子リリオゥは三男であったが、長兄は虚弱体質だったため徴童検査官に突き倒されて不具となり、神童といわれた次兄が捨て駒として戦場に引き出される将来を拒んで七歳式の前日に自ら首を突いた為、怒った徴童神官によって五歳にして生家から引き離され、年長の子供らと共にウェルゾクの駐留軍営にたたきこまれた。
 二歳の体格差は格闘術や剣技において致命的な弱点であったが、まもなくリリオゥは戦術や神学、捨て身の勇敢さなどで、万人、百万人に一人という素質を現わすようになり、教神官や戦師らは期待をこめて彼を鍛え上げた。
 同期の南イエルガ民が十三歳で雑役夫や捨て駒同然の最下位歩兵として戦場に出される時、彼は戦師長の養子格としてゾルグ家のリリオスと名を改ためられ、神聖軍中枢である北イエルガ・アリゾル軍営の戦童舎へ送られた。
 その地で同年の者らと教練を受けながら百人組の戦童頭を務め、卒課試験にあたる最終の乱撃演習で過去最高の戦績を示し、南イエルガ民としては破格の、初陣からの騎馬隊編入を約束された。
 この時点で、彼は、十余人にのぼる朋友をその手で葬り、千人にのぼる者たちが教練で手足を失って野に捨てられ(運がよければ、なんの保障もなく生家に戻され)るのを見て来ている。彼は、ただ、聖なるイエログ神の威に従がい、神軍の鉄の規律に服し、与えられた命令を過不足なく実行するだけの、生ける戦闘人形であるに過ぎない。
 その、彼の目の前に、若干十七歳で十騎長となりおおせた、いま一人の俊英、ゼレンデ家のイジュニーシが、誰もが名誉として望む激闘の西方戦線の徴である黒づくめの装束で現われた。
 二人はその日、初めて出会い、しかし過去に確かに相手を知っていたと互いに確信し、言葉少なに、折に触れて、眼差しを交わしあうようになる。 
 イジュニーシは南方民であるリリオスを差別することはせず、その才能をたたえ、言う。「もっと強くなれ! リリオス!!」 怯懦と蔑すまれる南の民の恥を雪げ! と。
 その言葉の通り初陣以降、目ざましい軍功を獲得し続けるリリオス。



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