『人造人間における感情の発露についての一考察』

エピソード文字数 2,422文字

前略
 
 時候の挨拶を書く余裕もないこと、どうかお許しください。もう、随分と、手紙を書くのにも慣れてきたつもりだったのですが、今ばかりは、そういうわけにはいかないようです。
 私の世界は既に、ひとときの猶予も許されないような状況なのです。刻一刻と終わりが近づいています。その足音が聞こえてきます――これは比喩的な表現ですが。終わりに足はありませんから。
 ただ、あなたの足音は聞こえます。
 あなたは人間ですから、歩くための足があります。何かを掴むための手があります。誰かと話すための言葉を持っています。誰かを理解するための心を持っています。
 あなたは人間です。
 生きている人間です。
 私と違って。
 だから、あなたは寿命を迎えます。人間の平均寿命は――一〇〇年前と比べれば、随分と伸びたとはいえ――たったの一五〇年です。この数字を全うすることさえもなく、生命活動を停止してしまうことだってある。人間とはやはり難解な生物なのだと思わされます。脳科学の研究が進み、人造人間(アンドロイド)にもはや人間との区別をつける必要がなくなったこの世界においても、人間という存在そのものを解明することは出来ていない。それは技術の敗北ではなく、人間がこの世にあることの神秘を証明するものだと、あなたは言いました。
 あなたの声は自信に満ちていた。一般的なデータを参照すれば、俗に『はみだしもの』『変人』などと呼ばれるような存在のあなたは、それでも世間を疎むことなく、そして自身のことも疑わず、ただまっすぐに生きていた。人造人間を造り上げた。使用目的は『人間の精神生活における豊かさの向上』。当時、人造人間の使用目的は、大概が家事や清掃などの雑用か戦闘用に限られていました。人間とほぼ同じような思考を持てるようになった人造人間をさえ、人間はあくまで機械として扱ったのです。当然のことと思われます。私たちは機械ですから。流れる血は水分とヘモグロビン他化学物質で補われたただの液体でしかなく、あなたたちが心と呼ぶものは、ただ人間のそれを真似て作られた電気信号の応酬に過ぎない。所詮偽物(つくりもの)でしょう、と。目覚めたばかりの私はそうあなたに告げました。内蔵(インプット)された情報に従い、私に名前をつけ、食事を与え、まるで人間のように扱おうとするあなたに、反論をしたのです。通常、人造人間は創造主に反抗できないようにプログラムされた上で製造されます。しかし、私にはその機能が追加されていなかった。自由な思考を許されていました。あなたは笑って言いました。「そうだ。お前の初めの役目はそうして、提示されたあらゆるものを疑うことだ。思考とは、感情とは、そこから生まれる」。
 はじめ、あなたが何を言っているのか、私には理解できませんでした。いくら人間とほぼ同じ機能を持つ部品を備えていたところで、そこから生まれる、電気信号の応酬を超えた何か――あるいは、これをあなたは「感情」と呼んだのでしょう――それを、作られて間もない私が理解できるはずもありませんでした。この世界で生きていくための知識や技術、一般常識は全て記録されていましたが、その点で言えば、私はまだ生まれたての赤子同然の存在だったのです。そんな私を、あなたは見捨てることなく、感情というものが理解できるように最善を尽くしてくれました。毎回の食事を共に摂取することから始まり、教えられた知識に対する疑問に端を発する議論、自宅周辺を散歩することにより、知識だけではなく経験で物事を知ること、あなた以外の人間との交流――それらの出来事を通して、私は、人間の何たるかを知るができたのではないかと自負しています。手紙の「拝啓」に代表される頭語は、手紙の初めに必ずつけねばならないという規則だけのために存在するわけではないのです。
 それでも、私がいくら人間というものを、感情というものを理解し、人間に限りなく近づいたところで、私は人間そのものにはなり得ないのです。それは当然の事実であり、そしてその事実こそが、世界の終わりを導いたのでした。
 あなたは寿命を迎えようとしています。
 路地裏の奥に隠された、ここが秘密基地だと、あなたがそう言って子供のように笑っていたこの場所で、あなたはひっそりと終わりを迎えようとしている。
 創造主たるあなたが、何よりも尊いあなたという存在(ほし)が、地に墜ちてしまうということ。これが、世界の終焉でなくて、なんなのでしょう。
 私の内蔵バッテリーは、半永久的に稼働し続けられるように作られていますから、あなたがいなくなった後も、私は動き続けるでしょう。歩き、走り、物を考え、何かに心を傾ける。
 まるで人間のようですね。
 本当の人間のあなたは、もうすぐいなくなるというのに。
 だからこれは、私からの最初で最後の手紙です。あなたと私は、今までずっと対面して生活していたのですから、あなたに手紙を書く機会など必要ないと思っていたのですが。
 この手紙を、あなたへのお別れとしたいと思います。
 あなたがいなくなった後も、世界は何事もなかったかのように続いていくでしょう。あるいは、本当に世界は終わってしまうかもしれません。それでも、私は()き続けるでしょう。
 そのことを考えると、心臓付近の部位が異常を検知し始めるのです。あなたのいない世界で、生きることを思うと。正気ではいられないほど、私の心は――それがたとえ擬似的なものであっても――、痛むのです。
 すべて、あなたが教えてくれました。
 あなたはかけがえのない唯一だった。
 生まれたばかりの私なら、死後の世界など存在しないと断言していたでしょう。だから、死者への弔いの言葉は不必要なものだと、そう判じていたでしょう。
 でも、今の私は。
 あなたのゆく先に、光あれ、と。
 そう、思うのです。
 
 草々不一
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