第7話

文字数 6,239文字

ウルフ オア ウルフ
さて、始めましょうか

想像できることは、すべて現実なのだ。

           パブロ・ピカソ





































 第七匹【さて、始めましょうか】



























 渡辺鉄男は、なんの特徴もない男だ。

 しかし、渡辺は確実に必要な男だ。

 この男こそが、全ての復讐劇を仕組んだ男と言っても過言ではないからだ。

 理不尽なことで命を落とした者のため、渡辺は立ち上がった。

 だからといって、決して渡辺自身がそのような経験をしたのかと言えば、そういうわけでもない。

 始まりは、ほんの些細なことだった。

 渡辺が学生の頃、仲良くしていた友人がたった一人だけいた。

 授業も一緒に受けることもあり、試験で分からないところは教え合った。

 しかしそんなある日、その友人はバイト先で無差別殺人の犠牲者となった。

 犯人は捕まったものの、精神鑑定で不起訴となった。

 渡辺は、ふつふつとわき上がる感情に気付いた。

 自分の友人を殺しておきながら、犯人はヘラヘラと笑いながら、罪の意識がないままに生き続けて行くのだ。

 きっと偽善者はこう言うのだろう。

 「死んだ人の分まで生きるのだ」

 死んだ人の分まで生きる?それが犯人に対する罰だとでも言うのか?

 もう友人は戻ってこないのに、そいつの罪が消えるわけでもないのに。

 それから数カ月経った頃、その犯人はまた同じ罪を犯した。

 しかし、そこでも不起訴になり、遺族たちはとても悔しそうにしていた。

 それを見て、渡辺は思ったのだ。

 「まともな感情で人を殺す人なんかいないんだから、この気持ちで復讐をすれば良い」

 それから、渡辺はその犯人の男を探した。

 学校も辞めて、その男を探し続けた。

 ようやく男を見つけた時、男は内村薫と名乗っていた。

 渡辺は内村を尾行して、どんな生活を送っているのかを調べていた。

 内村は近くの工場で働いており、改心していると周りの人は言っていた。

 しかし、渡辺は気付いていた。

 内村は、同じ工場で働いている女性ばかりを見ていたことを。

 それから、毎日のように内村を追って行くと、ある日、その女性の後をついていく内村がいた。

 ずっと見ていると、内村は手に酒を持っていて、そのまま女性に抱きついた。

 女性は悲鳴をあげるも、誰も通らないようなトンネルの中での出来事だったため、近くには渡辺くらいしかいない。

 しかし渡辺は助けることはなく、じっとただ内村の行為が終わるのを待っていた。

 女性に激しく抵抗された内村は、女性を殴り、ついには死なせてしまった。

 内村は少し動揺したようにも見えたが、女性が死んだと分かっても、自らの欲求を満たすべく、そのまま行為に及んでいた。

 確かに精神異常者だと、渡辺は感じた。

 そして満足した内村は、また酒を飲み、そのまま歩いて行った。

 カンカンカンカン、と遮断機が下りて、電車が通ることを告げる音が響く。

 内村はその手前で足を止めながら、しゃっくりをしていた。

 「・・・・・・」

 女性が叫んでも助けに来ないほどの人通り。

 そこで死んでいた女性と、近くの線路で酒を飲んでいた、前科のある男。

 状況を作るのは、至って簡単だった。

 電車が前を通るタイミングを見計らって、ただそっと、腕を伸ばすだけ。

 「お・・・?」

 酒を飲んでいるせいか、自分の身体が動いているのか、それとも地面が動いているのかさえ判断出来なくなっている内村は、そのまま前に数歩歩いたところで倒れてしまった。

 「いててて・・・」

 立ち上がろうとしたその時、内村の目の前にはもうすぐそこまで電車が来ていた。

 「!!!!」

 きっと何か叫んだのだろうが、そんな内村の声は、誰にも聞こえなかった。

 翌日になって、内村の遺体は発見された。

 酒を飲んでいたこともあって、酔っ払って遮断機の中に入ってしまったのだろうと思われた。

 近くで乱暴され亡くなっていた女性も発見され、内村の体液がついていたことから、内村の犯行だと分かった。

 「でもまあこれで、御遺族の方も諦めがつくでしょうな」







 それから半年経った頃、渡辺はバイトを始めた。

 コンビニのバイトだが、深夜かいないからということで深夜になってしまった。

 出来れば昼間が良かった渡辺だが、仕方がない。

 「ここのコンビニ、前に強盗に入られたことあるから気をつけてね」

 「はい」

 深夜だからか、特別忙しいこともなかった。

 そんなある日、新しいバイトが入ったのだが、渡辺よりも年下だというのに、なんとも生意気で我儘な奴だった。

 奴とは言っても、女性だ。

 「楽ですねー」

 「・・・・・・」

 関わり合いたくないと思っていた渡辺は、大してちゃんと話しを聞いていなかった。

 だが、その女、皆川智美は、勝手にこんな話しを続けた。

 「実はー、私学校にも行ってなくて―、その辺のおじさん引っかけて金貰ってるんですよね。ほら、若い子にちょっとでも触れれば、親父なんて簡単に金くれるじゃないですかー」

 ならどうしてバイトなどしているのかと思っていると、最近は奥さんに財布も紐と握られている人が多いらしく、なかなか大金を貰えないから、ということだ。

 そんなに何に金を使っているのかは知らないが、きっと自分を繕う為の道具が必要なのだろう。

 その日だって、皆川は早朝までだというのに、眠いからといって先に帰ってしまった。

 後で同じ時刻に退勤のカードを切ってくれと頼まれたので、皆川が帰って早々カードを切ってやった。

 皆川が、ちゃんと時間通りに来ることも、帰ることもなかった。

 なんなんだと思っていると、ある日言われた通りというのか、強盗がきた。

 それも、渡辺が休憩に入っていて、皆川が一人で店にいるときにだ。

 皆川は急いで渡辺に助けを求めようとしたのだが、渡辺は中から鍵をかけてやった。

 防犯カメラから中の様子は見えるため、そこでじっとしている。

 殺されたくないとか、怖いとか、そういう感情よりもなによりも、皆川が昨日も一昨日も、親父狩りをしていたことを聞いたから、と言った方が良いだろうか。

 強盗は金を出せと言っているが、皆川はレジさえまともに打てないのだから、無理だろう。

 モタモタしている皆川を見て、強盗はサイレンサー付きの銃で皆川の肩を撃った。

 壁に背中をつき、呆然としてしまった皆川を無視し、強盗はレジを開けてその中に入っていた金を全部抜きとる。

 大して入ってないのにな、と思ったが、それでも強盗は欲しかったのだろう。

 しかし、強盗が腕につけていたブレスレットを見て、皆川はこう呟いてしまった。

 「店長・・・?」

 「!!!」

 皆川は、強盗に、撃たれた。

 強盗が出て行った後、休憩時間が終わるまで渡辺は休憩室にいて、時間になったら鍵を開けて出て行った。

 その時にはもう頭から血を流している皆川がいるだけで、渡辺は警察に連絡をした。

 「すみません。音楽を聞いていて、全く音にも気付きませんでした。こっちに来てくれれば気付いたんですけど」

 隣をちらっと見ると、先程の強盗とお揃いのブレスレットをつけた店長がいた。

 防犯はどうなっていたのだとか聞かれていたが、店長に不備はないだろう。

 というよりも、渡辺もブレスレットに気付いていて、わざわざ鍵をかけたのだから。

 「また別のバイト先見つけなきゃな」







 それからすぐに見つかった別のコンビニでのバイト。

 ここには、毎日のようにやってくる変な客がいた。

 おばさんで、花岡桜子というらしいが、バイト歴が長い一ノ瀬空、という渡辺よりも5つ年上の男性がタイプのようで。

 「一ノ瀬くん、今度いつ暇なのよ?」

 「旦那さんは良いんですか?」

 「旦那?いいのよ、私は一ノ瀬くんが良いの!ね?今晩ご飯でもどう?」

 そんな会話を、周りを気にせずにしている。

 自分に迷惑さえかからなければ良いと思っていた渡辺だが、その二人は違った。

 一ノ瀬には彼女がいて、それも複数。

 その中には、花岡の娘もいたのだから。

 それをひょんなことで知ってしまった渡辺は、一ノ瀬に余計なことは言うなと、と釘を刺されていた。

 あるクリスマスの夜、一ノ瀬は複数の女性たちと約束を重複させていた。

 だから、クリスマス当日とイヴ、そして23日の3日間に分けて会う事にしたようだ。

 「そんなに女性と会って、バレないの?」

 「バレないよ。あいつら馬鹿だから。俺が仕事だっていえばすぐ信じるし。それに、俺が金持っていかないと、全部払ってくれるんだぜ?良いカモだよ」

 「・・・・・・」

 そう、一ノ瀬空という男、自分から決して金を出さない男だった。

 高価そうな鞄も靴も洋服も、そしてきっと食事代から何まで、その女性たちに払ってもらっているのだ。

 複数いる彼女の中に、1人として本命はいないようで、一ノ瀬としては金を持っていそうな女性を選んで声をかけているとか。

 言葉巧みなのか、それとも顔が良いからなのか、一ノ瀬はここまで一年以上も、みんなを騙している。

 外面が良いものだから、きっと誰も奴の本性など気付いていない。

 だから、一ノ瀬のクリスマス全員制覇計画を聞いた渡辺は、それを利用することにした。







 23日、イヴと過ぎて行き、クリスマス当日がやってきた。

 後は桜子の娘と街でナンパした女性と、医者の女性の3人を上手くやりくりすれば終わる。

 一ノ瀬はまず医者の女性に会った。

 医者だから忙しいというのも会って、食事だけして分かれるという約束だった。

 しかし、今日予定が入っていた人たちがみな来れなくなってしまい、1日大丈夫だと言われてしまった。

 一ノ瀬は焦ったが、それならばナンパした女はキャンセルにして、桜子の娘は夜だけ会う事にしようと考えた。

 ナンパした女はそれほど金を持っていなかったし、桜子の娘は日付が変わる頃だとしても会えたら嬉しい、というタイプだ。

 一ノ瀬は医者と食事を始めた。

 当然のように金を払ってもらうと、一ノ瀬はプレゼント選びは苦手だからといって、医者をホテルに連れ込んだ。

 勿論、ホテル代だって払ってもらう心算なのだが。

 ヤルことだけヤレば、一ノ瀬は医者と分かれて桜子の娘との待ち合わせ場所に向かう。

 もう約束の時間からは4時間経っているが、怒られることはない。

 「ごめんね。待ったよね」

 「いいえ、平気ですよ。事故にでも遭ったのかと思って心配しちゃいました」

 ほら、こんな具合だ。

 「どこか行きたいところある?」

 「いいえ。けど、お願いがあるんです」

 「?」

 そんな大したことではないだろうと、一ノ瀬は適当に返事をした。

 すると、思わぬ言葉が降ってきた。

 「ここで、私のことを愛していると言ってください」

 「へ?」

 下手をすれば、さっきまで一緒にいた医者に聞かれるかもしれない。

 一ノ瀬はここではちょっと、というが、すると桜子の娘は携帯を取りだした。

 「今日、実は母もここに呼んでいるんです。結婚相手にふさわしいかどうか、会ってもらおうと思って」

 「!?」

 電話をかけようとした娘を止めて、一ノ瀬は覚悟を決める。

 街にはクリスマスの唄が流れているし、どいつもこいつも酒を飲んで騒いでいるし。

 きっとそう簡単には聞こえないだろう。

 すうっと息を吸い、叫んだ。

 「君のことを愛してる!」

 先程まで耳障りなほどの雑音だったが、一ノ瀬が叫んだ途端、シン、と静まり返った。

 いや、叫んだ途端というよりも、叫ぶのと同時に、と言った方が良いのだろうか。

 「え?」

 キョロキョロと辺りを見渡していると、背後からコツコツと足音が聞こえてきた。

 「どういうことよ!?さっきまで私を抱いてたのは誰!?」

 「なっ!?」

 「仕事だから今日はキャンセルなんて、嘘ついたのね?」

 「あ、それは・・・」

 今日会った医者だけでなく、会うはずだった女性だけでもなく、同時進行で付き合っていた女性達が全員そこに集まった。

 当然、桜子も来ていた。

 「最低な男ね」

 「これまでに私が払った分、返してもらうわね」

 浴びせられる罵りにも、一ノ瀬はただ茫然としていた。

 しかし、自分が注目されてしまっていることに気付くと、一ノ瀬はその場から逃げるようにして走って行ってしまった。

 そんなに急いで何処へ行くのかと思えば、目的地に着く前に、赤信号で突っ込んで行った一ノ瀬は、車に轢かれて意識不明の重体になり、4日後には亡くなった。

 見舞いには誰も来ず、葬式の際も、身内だけがそこにいたそうだ。

 渡辺はクリスマスまでで仕事を辞めると言っていたため、一ノ瀬とは関係無しと自分で決めて、葬式には顔を出さなかった。







 それから少し経った頃、立派な家から出てくる1人の青年を見つけた。

 その青年の後をついて行くと、どうやら家庭教師の仕事をしているのだと言う事が分かった。

 青年が通っている家は学歴重視だと風の噂で聞いたが、どうやらその家の母親は大学になど出ていないらしい。

 渡辺は親切に、それを教えてやっただけ。



 ある女性は、父親を亡くして悲しんでいた。

 だから、君の父親は悪いことなどしていないと、証明してあげただけ。



 ある青年には、いつもちょっかいを出しているその老人に、青年が可愛いならもっと厳しくした方が良いとアドバイスをしただけ。



 ある悩める夫婦には、刺激的な日々を送ってほしいと、若い男性と接する愉しみを感じてもらい、夫にはそれを正直に伝えただけ。



 ある若者には、男と女の関係よりも、男同士の絆を深めておくべきであって、その方法は至って簡単だと教えただけ。



 ある子供を亡くした主婦には、子供が死んだ理由と経緯を、事細かに説明してあげただけ。



 「復讐劇は、連鎖する」





むかしむかし、7匹の子山羊たちがいました。

 子山羊たちのお母さんは出かけてしまいましたが、そのとき、こう注意しました。

 「狼が来ても、開けちゃいけませんよ」

 子山羊たちは良いお返事をしました。

 お母さん山羊が出かけたのを見て、狼は子山羊たちがいる家にやってきました。

 声が違うと言われてチョークを食べ、手が茶色いと言われ小麦粉で真っ白にすると、子山羊たちはお母さんだと思い、ドアを開けてしまいました。

 子山羊たちは隠れました。

 1匹目は、机の下。

 2匹目は、ベッドの中。

 3匹目は、ストーブの中。

 4匹目は、台所の戸棚の中。

 5匹目は、洋服ダンスの中。

 6匹目は、洗濯桶の中。

 7匹目は、大きな時計の中。

 6匹は狼に丸のみされてしまいましたが、お母さん山羊が帰ってくると、最後の一匹の子山羊は、狼のことを話しました。

 お母さん山羊は、お腹いっぱいになって寝ている狼を見つけると、そっと近づき、そのお腹を裂きました。

 そこから6匹の子山羊たちが無事に出てくくると、狼のお腹に大きな石を詰め込みました。

 起きた狼は喉が渇き、川へと向かいます。

 お腹が重くなってしまった狼は、そのまま川に落ちて、流されてしまいました。

 めでたし、めでたし。



 果たして、本当に狼が悪いのか。

 狼は、7匹の子山羊という餌に釣られてやってきた、可哀そうな物語なのかもしれない。

 まんまと餌に喰いついた狼。

 狼を亡きものにするため仕組まれた、罠だったのかもしれない。

 7匹の子山羊は、本当に可愛い純粋な子供だったのか。

 御伽噺は作者の思惑通り、狼を悪者に出来たのかもしれない。

 しかし、本当に悪者だったのかもしれない。

 それは誰にもわからない。

 さあ、可愛い子山羊たちよ。

狼に復讐する時間だ。





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