土掘りトミちゃん

文字数 1,054文字

 休日の嬉しさというものを感じない朝だった。
 目が覚めると真っ先に携帯を触る私が、今朝は携帯の場所すら確認していない。
 とうに朝食の時間も過ぎていたので、マキシムも私の足元で顔を突っ伏して体力を温存していた。
 そんな冴えない土曜日に、トミちゃんがわざわざスカイプを通じて(トミちゃんはスカイプのことをスカイピと呼ぶ)メッセージを送ってきた。
「カオルン! 今朝ね、ネットで面白いニュースを見つけたの。去年の秋の記事だけれど、千代田公園で栗拾いをしていたら、こんな瓦の欠片が出てきましたって!」
 ネットで拾った写真まで、ちゃっかり送られてきた。確かに割れた瓦は、それなりに立派な外観をしており、家紋のようなものまで刻まれていた。
 まさか、そのメッセージをもらってから二時間後に、エルメスのシルクスカーフを首に巻き、両手には百円ショップで買った軍手姿のトミちゃんと、千代田公園で落ち合うことになろうとは思わなかった。
 当初、トミちゃんはネイルサロンへ行って爪のお手入れをしに行く予定とのことだったが、むしろ爪が汚れる場所にいるという矛盾に笑ってしまった。
「トミちゃんの好奇心、行動力って、すごいよね」
 隣で千代田公園の土を意気揚々と掘っているトミちゃんに、私はあくびしながら言った。
「わかってないわねぇ」
「え? 何が?」
 トミちゃんは、きょとんとした私に不敵な笑みを見せた。
「こうして土を掘るように見せかけて、実はカオルンの心を掘りだしに来たかもしれないわよ?」
「私の心?」
「だってー、こんなに空は晴れ渡っているのに、カオルンったら、どこか欝々しているんだもの」
 私のモヤモヤは、トミちゃんのスーパーサングラスによって、完全に見破られていた。
「何か、あったんでしょ? この際だから、吐き出しちゃいなさいよ」
 口ぶりそのものは軽妙だったが、気づかわしげに言ってくれる姿勢は正直ありがたかった。
「実は……」 
 私は浅く下唇を噛む。
「もう二度と会うことはないだろうと思っていたひとと……偶然の再会を……ね」
「あらやだ。それって、運命じゃない!」
 私はかぶりを振った。
「前に、トミちゃんが志村真紀なんて、変だって言ったでしょう?」
 唐突に話題が猫のマキシムにおよんだからなのか、トミちゃんはあさっての方向を見てから、「ええ、言ったわね」と答える。
「ちょっと長くなるんだけど、話しても良いかな?」
 日差しを受けて光るショッキングピンクのサングラスが、ゆっくりと上下した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

志村九龍(シムラカオルン)

【カオルン】


悩み多き女性書店員。

ひょんなことから日向とみ子と出会い、友情が芽生える。

かつて〈ハーメルン〉に心惹かれていた。

日向とみ子(ヒュウガトミコ)

【トミちゃん】


グレイヘアの婦人。

駄洒落が好き。

マンションの最上階に住む。

カオルンの良き相談相手。

最近はまっていることがあるようだが……。

マキシム(旧名:志村真紀)


カオルンの飼い猫。

ロシアンブルー。

甘えっ子。

美しい。

井上


カオルンの婚活デートの相手。

第一印象はいいが性格に難あり。

ツクモ


ドレッドヘアの男。

自称画家として気ままに生きる。

偶然会ったカオルンと意気投合し交際するが……。

〈ハーメルン〉


千代田区を拠点として路上ライブを行う。

十代から四十代の幅広い年齢層のファンが支持している。

CDは出さない主義。

しばらく消息を絶っていた。

近藤


日向とみ子の『お友達』。

大学生。

ヲタク。金欠。

宮本一紗(ミヤモトカズサ)


精神に疾患のある兄を持つ。

絵が得意。

訳ありでバニーガールの仕事をするが……。

一紗の兄


精神に疾患がある。

祖父母の家から施設へと預けられた。

妹のおかげで心を開いていく。

賢太郎(ケンタロウ)


北国生まれ。

シンガーソングライター。

一紗とは運命的な再会を果たす。

昇太郎(ショウタロウ)


青森生まれ。

賢太郎とは瓜二つで、出会い鼻から

意気投合する。

一紗の夢を応援している。

正彦(マサヒコ)


ホームレス。

物語の重要な局面に登場する……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み