1-6 元勇者、名付ける

文字数 2,995文字






「……お兄ちゃん。今、雷が鳴った?」

「ん? さぁ――あ、いや。ほんとだ、遠くでゴロゴロ音がしてるな」

 ウーゴの街で何でも屋を営む、オーバリーとウイバリーの兄妹は、通りの一角でそんな会話を交わしていた。
 ひょんなことから得た大金を、銀行に預けたその帰りである。

 オーバリーは空をみて首を捻った。
 雲一つない晴天である。雷の音なんて聞こえようはずもない。

「それよりさ、あのお金、どうしようか」

「そうだなぁ。釣りはいらねぇ、なんて言ってたけどいくら何でも多すぎるよな、あれ」

 銀行でも怪訝な顔をされたくらいである。
 現場にいた他の大人が証言してくれなければ、オーバリーたちは衛兵に連れていかれていたかもしれない。

「次に旦那に会った時に、ちゃんと話するしかないだろ。でもいつ会えるかわからねぇしなぁ」

「それにリオンさん。一体どうしたんだろうね。突然赤ちゃんの用品買って来いなんて」

「さぁな。旦那に嫁さんいるって話聞いたことねぇしな」
 
 むしろオーバリーは、リオンのことを童貞ではないかと思っている。前にふざけて売春宿に案内しようかと訊いたら尋常じゃなく慌てていたからだ。
 職業柄、二人は年若いくせに世渡り慣れして、どこかスレた部分がある。
 一方のリオンは妙に世間を知らないところがある。

「あの時も、『どどど、童貞ちゃうわ!』ってどもっていたしなァ」

「……わたしは、リオンさんにはそういうところ、行って欲しくないなぁ」

「え、何か言ったかウイバリー?」

「ううん、なんでもないよお兄ちゃ――キャア!?」

「うわおお!?」

 ウイバリーがオーバリーに答えた時、とてつもない轟音が周囲に響き渡った。びりびりと空気を震わせ、腹の底に響く大音。至近距離で同時に何千もの落雷が起きたかの様だ。

 咄嗟の反応で体を縮こませた二人、そしてウーゴの街の人々は恐る恐る空を見る。

 しかしそこには、今までと変わることの無い青空が広がっているのだった。

「びっくりしたぁ。今のは雷? ……まさか、リオンさん……?」

「馬鹿ンなワケあるか。ただの雷だろ。すげぇ音だったけど」

「ふふっ、そうだよねぇ」




  †



「――――やっと壊れたぁ……」

 右の拳を突き出したまま、リオンが呟く。
 全身からは尋常じゃない汗が流れていた。湯気すら立っている。

 ウーゴの街までその音が轟いたのは、魔力で発生させた雷を束ね、自身の身体に落とした上で対象に零距離で叩きこむ【万雷陣滅撃】である。
文字通り万の雷の威力を一点に束ねて撃ちつけるので、一点突破の威力はリオンが有する技の中でも随一となる。

「逆に言えば、あの技じゃなきゃ突破できなかったってことなんだが……いや、時間かければなんとかなったかな」

 いずれにせよ結界の破壊には成功。
 宝玉は煙を吹いて、動作を停止している。

 なんにせよ、疲れた。

 倒れ込むように家へと入って、赤ん坊の入った籠の横にへたりこみ、大の字に転がった。

 そこで、リオンの腹が鳴る。
 結局朝のドタバタのせいで、自分の食事は何もしていない。気が付けばとっくに昼だった。

 なお、赤ちゃんズの朝のご飯は済んでいる。
 部屋の壁をぶち抜いた後、少しだけ温めた妖精霊乳を匙で与えたら問題なく飲んでくれたのだ。
 つまりドタバタ大騒ぎする必要は全く無かったのである。

 その後満腹になった赤ちゃんたちは自然と眠りに落ちたので、結界を張ったあとで買い物に出たのだった。

 籠から手を伸ばす赤ちゃんたちは、バランスを崩してコロリと転がった。
 くすりと笑って、金色の赤ちゃんを右に、銀色の赤ちゃんを左の脇に抱えたリオンは体を起こした。

「服を着せて、お昼のミルク飲ませて、壁の修理と俺の飯と……やることたくさんあるな。ったく、一体どうしてこうなったやら」

 そんなため息をつくリオンの心など知ったことじゃないと、双子の赤ちゃんはもじもじと動き、「きゃう、あー」と笑う。

 これからしなければならないことの多さに苦笑しながらも、ついその笑みに何もかも許してしまいそうになる。

 【無限収納】から取り出したオムツと服を、なんとか苦労しながら身に着けさせる。背中に翼が生えているので、それを通す穴を作らなければいけないので大変だった。

 なお、リオンに裁縫の経験は無いので、双子の服の背中はズタズタだ。

「破壊神倒すより大変だったかも知れん。……そうだ。服もだけど、二人にプレゼントしたいものがあるんだ」

 リオンは、金色の赤ちゃんを両手で抱え上げる。
 太陽の日差しを浴びて、その金色の髪が光り輝くようだ。

「二人の名前だよ。きみは、ソーラヴル。古代の太陽の女神の名前だそうだ」

 きょとんとした顔の、金色の赤ちゃん――ソーラヴル。
 続いて、銀色の赤ちゃんを抱きあげる。

 不思議なことに、その銀髪は太陽の光を受けて蒼さを増したように見える。
  
「きみはセレネルーア。ソーラヴルと並んで空に輝く、月の女神の名前だよ」

 セレネルーアとソーラヴル。

 それはウーゴの街に向かう時に、脳裏に閃いた名前だった。
 こうして二人を見れば、その直感は間違ってなかったと確信して言える。二人に相応しい他の名前は、きっとこの世のどこにも存在しない。

 名前を授けられた二人は、きょとんとした顔をみせたが、まるでそれを理解したかのような笑みを見せた。



 こうして元勇者にして隠遁者リオンは、ソーラヴルとセレネルーア、双子の赤ちゃんと、家族になった。



  †



 壁の大穴は仕方ないが、とにかく寝床だけは何とか整え、リオンは双子と寝床に入った、その翌朝。

 窓――というか穴から差し込む光にリオンは顔をしかめる。
 カーテンすらないので、朝日に照らされて酷く眩しいのだ。

「……うむ、朝か……」

 目を覚ましたリオンは、ふと毛布の下に違和感を感じた。
 何かの物体がもぞもぞとリオンの上に乗っかっているのである。

 しかも服を捲って、ちゅうちゅうと、乳首を吸ってすら――

 前日の朝のことが、脳裏に浮かぶ。
 生まれたての赤ちゃんに、乳首を吸われていたのを。

「ああ、ソーラ、セレネ。すぐにミルクをあげるから、俺の乳首を吸うの止めなさ――……ゐ?」

 変な声が出た。

 毛布を捲ったそこには。

 金色の髪の毛、白い翼を持つ三歳くらいの幼女(・・・・・・・・)と、銀色の髪の毛、白い翼を持つ同じく三歳くらいの幼女(・・・・・・・・・・・)が、居た。

「……ゑっ?」

 頭が真っ白になり、思考が停止するリオン。

 見られていることに気付いた、金色の方がリオンを見た。

「あうー? パパー、はよー」

 舌ったらずな声で、リオンに挨拶をする。
 銀色の方も、眠そうな目を擦って、

「……とうさ、おはよぅ」

 と。

「……ソーラと、セレネ……なのか……?」

 金色の方が、「あいっ!」と手を挙げて元気よく。
 銀色の方が、「そう……」と眠そうに、答えた。






 たった一晩で、双子の赤ちゃんズが、幼女に育っていた。





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