第28話  五年後…。

文字数 3,754文字

 「嵐、あんたの親父さんの残したもの。大事にしないとね。この蛭ヶ湖もきれいになったし。あんたのじいさんも、もう亡くなったけどね。そのじいさんが埋め立ててしまったここを、親父さんは、どんな思いで私らに託したんだろうね。ほんとなら、祠とこの公園造るの、自分がやりたかったんだと思う。洪水時は貯留施設として、普段は、こんな感じで子供たちが遊んでる。ほんとにいい光景ね。正彦さんも、きっと一緒に見てるよ。」

 嵐と加奈子は、時おり薫る、爽風に吹かれながら、祠の近くに造設された公園のベンチに座っていた。

「父さんのことを思うと、無念だったと思うよ。でも父さんのおかげで、こんな祠も立派なのが出来たし、ここの町の人も、蛭児姫も喜んでいるよ。親父はすごいよ。大変な人生だっただろうな。僕とは短かい想い出だけど、この祠で親父の事も思い出すよ。それにしても、彩乃、なんか人多くなったよね。祠に参拝する人、地元の人でなさそうだし。若い人が多い。」

 祠には、家族連れや、カップルが、手を合わせに来ていた。蛭が湖の畔の立て看板を読み、蛭ヶ湖に手を合わせる人もいた。

「あの時、野崎さんの週刊誌の記事で、ここの蛭児姫の伝説も載せてたからじゃない?50年前の双子の交換事件と、あの15年前の火事の真相が現在の爆発事件に繋がっていた事は、ワイドショーなどで、連日、大々的に取り上げられて世間は食いついてたしね。その時にこの祠の事が知られたのよ。それにしてもあの時はすごかったよね。5年経って、ほとぼりが冷めた今、やっと祠が完成したって、SNSで広がったみたいね。」

 「こういう、SNSの“いいね”は大歓迎だけどね。あの時、野崎さんは、『異常な承認欲求は風間親子の生い立ちがどう影響したのか』なんてやってたね。確かに、犯罪を、環境や世の中のせいしてはならないけど、だた責めるのではなくてその背景も考える必要があるって、警鐘を鳴らしたものだったね。よく考えないで、“いいね”はしない方がいいし、その安易な承認が犯罪者を作る事もあるんだってね。彩乃のお母さんも、もちろん名前は出してないけど、地元だしみんな知ってる。逃げたことは賛否両論はあったけど、でも真実を知ったことで、みんな、温かかく迎えてくれたね。彩乃たちが能登へ戻って来れるように、あえて、ちゃんと書いたんだと思う。変に肩を持つように書くと、反感買う人もいるからね。」

 
「そうね、野崎さんには感謝してる。最初は嫌なやつだと思ってけど。祠の事を書いてくれたのが嬉しかったわ。こうやってお参りしてくれる人が増えたんだもの。祠は、いろんな、ここの歴史を見てきたのね。こんなに人が来てビックリしてるかもね。」

 
「寂しくなくていいと思ってるよ。きっと。姫たちのご機嫌も良さそうだし。今年は豊作っだって聞いたよ。」

「そうね、しかっり晴れて、雨もほどほどに降って。今日も、秋晴れのすごくいい天気ね。」

「ここは、ほんとに、良いところなんだけど…。」

 嵐はそう言うと、うつむいて、言葉が止まった。

「どうしたの。」

「うん、あのかちかち山の事だけは、忘れる事が出来ないよ。」

「それ、私のほうが罪は重いよ。無理に忘れなくてもいいんじゃない?私は受け入れる。自分の子供にだって、絵本読んであげようと思ってる。」

「うそっ」

「だって、あの話は、火をつける事を言ってるんじゃないでしょ。相手を思いやる事を教えてる。まぁ、手段は子供に考えさせたらいいじゃない。私たちが体験したことで、良い方向に導くことができると思っている。」

「そうだね。反面教師ってこと?やっぱり、彩乃は強いなあ。それはそうと、彩乃は、看護師はまだなの?」

 
「まだだよ。あと2年。こっち来てから、母が体調崩して、しばらく、バイトもしてたし。」

「そうだったね。お母さん、大丈夫?」

「うん、長年の疲れが出たみたいね。今は元気よ。ばあばの施設で、調理の仕事してる。」

「そうか、良かったね。」

「嵐はどうなのよ。」

「なんか、母さん、再婚するかもって。そしたら、僕も能登来ようかな。って。」

「待ってる。」

「えっ、それって…。」

「深い意味…あるかな。」

 彩乃は、そう言って恥ずかしそうに俯いた。

「えっ、マジ?」

「でも、看護師になってから、2.3年は仕事に集中したいから。待てる?」

「もっちろん。何年でも待ちます!」

「おばあちゃんにならないうちにね。」

「そんなに?」

 
「あ、嵐、お囃子が聞こえてきたわ。さ、行こうか。」

 
「あれ、彩乃、この子、ほら。」

 彩乃が立ち上がろうとした時、小さな女の子が彩乃の足元に来て、彩乃を見上げていた。

「あ、あの時の…。」

「お姉ちゃん、あっちであそぼ。」

「彩乃、もう一人来たよ。うそっ、双子だ。同じ顔。」

「もう、また、こんなとこに。こっっちおいで。」

「あ、洋子おばちゃん。」

「私の孫なのよ。」

「双子って言ってたっけ。でも、ビックリしたあ。お母さんの小さい時にそっくり。」

「彩乃って、加奈子の小さい時の事知ってるの?」

「えっ、あ、写真、写真見せてもらった事あるから。」

「そっか。ま、初めましてだよね。お祭りで金沢に里帰りしてて、まあ、にぎやかよ。さっきから、祠のところに来たがって。」

彩乃はしゃがんで、二人の女の子の頭を撫でながら、聞いた。

「楽しい?」

「うん、お友達いるから。」

「一人?」

「ううん、白いお友達が二人いるよ。可愛いの。」

「蛭児姫が遊んでくれるのよ。きっと。」

「そうなの、この子たち、お友達と遊んでくるって言ってはここに来るのよ。」

「やっぱりいるのね。」

「お神輿、来るよ~。」

「パパ呼んでる、行こか。」

 洋子たちのあとについて、彩乃たちも、高台から、通りを眺めた。

「彩乃、あれ、あの人、野崎さんじゃない?」

「あ、ほんとだ。でも神輿って、厄年の男性が担ぐって聞いたけど。まだ、早いと思うけどな。」

「あ、あの人?祠が新しく建って初めての、祭りだからって、どうしてもってお願いしたみたいよ。」

 隣の洋子が言った。

「へえ、そうなんだ。白装束、案外似合ってんじゃん。」
 
「彩乃、ばあば、連れてきたわよ。すごいわね。車いすも来れるようにしたなんて。昔はここ石段だけだったのにね。母さん、ほら、ここから見ると、いい眺めよ。」

 
加奈子が、息を切らせながら、文子の車いすを押して上がってきた。

「本当だね、この歳で、車椅子になっても、こんないいものが見れるなんて、幸せだね。加奈子もありがとう。」

「お母さん、こんなとこまで、車いす押して来れるようになったのね。」

「そう、体力がだいぶついたわ。母さん、あれ見せてあげないと。」

「そう、そう、彩乃、桜貝、くっつけておいたわよ。」

「ばあば、ありがとう、よく、こんな綺麗に、くっつけたわね。」 彩乃は小瓶を陽にかざし、光に透けた桜色を眺めていた。

文子は、巾着の中から、小瓶をもう2個取り出した。

「どうせ、暇だもの、コツコツとやったわよ。」

「ばあばとお揃いだ。嬉しい。親子3代揃ったね。」

「彩乃、この桜貝持って、三人で、写真撮らないかい?」

「あの時の写真みたいに?ばあば、それいい考えね。ね、嵐、撮ってよ。」

「OK!そこ並んで。みんな、本当に美人だね。3姉妹みたい。惚れ惚れするよ。」

「なんだか、如何わしいカメラマンね。」

「あ、あれ…。」

 嵐は画面を見て、手が止まった。

「嵐、どうしたの?」

「いや、ま、あとで。」

「早く撮ってよ。」

「行くよ!ハイ、チーズ。」

「嵐さん、ありがとう。加奈子、嵐さん、いい青年だと思わない?」

「そうなのよ、早く、孫の顔が見たいんだけどね。」

「あら、じゃ、私は、ひ孫が見れるのね。」

「ばあば、まだ、早いわよ。」

「私が生きているうちにね。まだ、まだ、お迎え来ないように、お姫さまにお願いしとかなきゃ。いいねえ、楽しみが増えたわ。」

 輝きを増した三世代の女性の笑顔の写真を見て、加奈子と文子は、とてもよく撮れていると嬉しそうにしていた。

その様子を見た嵐は、不思議そうな顔をしていた。

「嵐、どうしたの?さっきのも何なのよ、気になるんだけど。」

「写真見て。」

「あ、これ…。」

 祠の上には、白くぼやけた、霧のような空間に、彩乃によく似た二人の女の子が笑顔で写っていた。

蛭児姫…だよね。

「この子たち、ぼくと彩乃にしか見えてないみたいね。」

「うん、このことはは言わないでおこう。」
 彩乃と嵐は、ゆっくりと祠に手を合わせた。

何を言ったの?

「蛭児姫に、この町を守ってくれてる感謝の気持ちと、これからは、しっかり祠を守るからって。あとは…言うと、叶わなくなるから言わないよ。」

「気になるけど、また叶ったら教えてよ。」

 
「私が天国へ行く時ね。それは。」

 
嵐、ありがとう。ずっと一緒にいてね…。
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登場人物紹介

斎藤嵐 

平凡な人生に、物足りず、ある祠のに、何か起きてほしいとお願いをしたところ、災難続きとなる。

無くなっていた祠を追って行くうちに、迷い込んだ過去で、様々人々と出会い、今の自分を知る。

櫻井 彩乃

不幸な人生を送り、人を恨みながら生きている。

ある祠に参拝をしたあと、その祠が無くなった。斎藤嵐とともに、過去に迷い込んでしまう。

見たことのある風景。記憶とは違う真実を知る。

達也ママ

スマック「蛇夢(じゃむ)」のママ。

嵐と彩乃を繋げた良き理解者。

守護霊や、霊が見える。

風間 平和(へいわ)

斎藤嵐の友人。

野崎 雅登 事件記者


5年前の爆発事故で、娘を失い、最近の爆発事故をの関連を追う。

櫻井彩乃と知り合っており、この事故での身元不明で入院している女性との関わりを調べている。

橋本 瑛士 刑事

野崎の友人

野崎とともに、爆発事故の身元不明の女性の身元調査をする。

身元不明の女性

爆発事故で、意識不明で、入院している。

櫻井 彩乃の母である可能性があったが、彩乃の母は15年前に火災で亡くなっていた。

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