石川今昔物語

文字数 4,185文字

こないだ、金沢21世紀美術館行ってきたで。

アルゼンチンの芸術家レアンドロ・エルリッヒの『スイミング・プール』も見たわ。

全体的に広々として、めっちゃ楽しい体験やった。

恒久展示作品『スイミング・プール』(レアンドロ・エルリッヒ)

画像は金沢21世紀美術館公式サイトより。

21世紀美術館は現代アートを多数そろえた美術館だね。

2004年開館で比較的新しい観光スポットだ。

現代アートと言えば、ミカちゃんも金沢駅の外観は見たかな?
画像は石川県観光連盟より。
もちろんや。

柱が鼓(つづみ)の形になっとる、「鼓門・もてなしドーム」やな。

伝統に伝統を重ねて、めっちゃ現代的なアートになっとるやつ。

このドームの完成は2005年。

21世紀美術館の開館は2004年だから、随分近いタイミングだと分かるね。

さらに金沢駅からほど近い観光地、近江町市場の再開発着手が2007年。

他には金沢城の改修なども進めている。

そして極めつけが2015年、北陸新幹線の開通というわけだ。

その後も様々な施策を打って、観光客を呼ぶための、魅力ある街づくりに尽力している。

この『いしかわデイズ』も施策のひとつっちゅうわけやな。
まあ、こんなことは僕らが今さら語るまでもない。

あちこちで言われていることだ。

うーん、確かに。

ほんならこれにて解散とするか。

いやいや。

せっかくだから、僕らは僕ららしいことについて話そうよ。

ミカちゃんだって、審査員特別賞の能登牛1kgは欲しいだろう?

せやな。
ほんで、サタニャエルくんは石川県の何に興味あるんや?

かぶら寿司か?

それとも治部煮?

僕は天狗舞かな。

食べ物はともかく、僕らは天使と悪魔なんだから、神話について語ろうか。

神話?

石川県の神話って言われても、なんかあったかな。

古代史とか古事記がブームと言っても、石川県が取り沙汰されることは少ないからね。

でもよくよく調べれば、ここがとても重要な地域だったということがよく分かる。

まずは『古事記』の世界を見てみようか。

『現代語訳 古事記』(訳:福永武彦)より

「私どもには、初めは娘が八人もございました。ところが不幸なことに、ここの高志〔越、すなわち北陸を指すと考えられる〕と申すところに、八俣の大蛇(やまたのおろち)という怪物がおりまして、これが毎年のようにまいっては、娘を一人ずつ餌食といたします」

ヤマタノオロチ言うたら、出雲でスサノオに退治されるんで有名なあれやな。

ヤシオリ言う酒飲まされて、べろんべろんなとこを首切られてまうやつや。

『古事記』には「高志之八俣遠呂智」と書いてある。

その「高志」と言うのは「越」のこと。

越前、越中、越後、と言えば通じるかな?

ぴったり一致するわけではないけれど、だいたい福井、石川、富山の北陸三県だ。

あれ?

でも石川県って、元々加賀と能登やったやん。

それは含まれてへんのか?

加賀も能登も元々は越前の一部だったのさ。

8世紀に能登国が、9世紀に加賀国が設置されたんだ。

ともあれ、北陸三県一帯をかつては「高志国」と呼んでいたのさ。

ヤマタノオロチが具体的に何を指すのかは諸説ある。

人によっては川の氾濫だったとか言うけれどね。

しかし『古事記』には明確に「高志」と書かれている。

そして高志国には大蛇の伝説が残されているんだ。

石川県羽咋市 気多大社「由緒」より

(「おいで祭り」とは)気多大社の大国主神が少彦名命とともに能登を平定した往時をしのぶ行事だといわれている。帰社した神輿は四月三日の例大祭まで拝殿に安置され、平国祭がそれまで連続していると伝える。例大祭には境内で蛇の目の的を神職が弓で射、槍で突き、太刀で刺す行事があり、祭神が邑知潟にすむ毒蛇を退治した状況を模したものだと説かれているが、古記録にいれば、流鏑馬神事が歩射となったものであることが知られる。 


オオクニヌシ(大国主神)は出雲大社に祀られてる神様やな。

そんでスクナヒコナ(少彦名命)はオオクニヌシの国造りを手伝った神様や。

その二柱(はしら)が高志まで来て蛇退治しとったんか。

ひょっとしたら、嫁探しの途上だったのかもよ。

また『古事記』を見てみよう。

『現代語訳 古事記』(訳:福永武彦)より

このオオクニヌシノ神、別名は八千矛神(ヤチホコノカミ)は、のちの越(こし)である高志の国の、沼河比売(ヌナカワヒメ)を妻にしたいと思って、はるばるその国へと出かけていったことがあった。

オオクニヌシ、とっくにスサノオの娘スセリヒメを妻にしとるのに。

まだもっとええ女がいると思って、よその国まで出かけとるんか。

ほんま、あかんやっちゃ。

ギリシア神話のゼウスみたいなプレイボーイだよね。
ヌナカワヒメの伝承は新潟県の糸魚川(いといがわ)に残されている。

糸魚川は日本最大の翡翠(ひすい)の産地だったんだ。

日本海側の各地で、その翡翠が出土している。

つまり、糸魚川から海路を通じて、翡翠の取引があったということなんだよ。

『古代史の謎は「海路」で解ける』(著:長野正孝)

糸魚川(姫川)は日本で唯一の翡翠の産地で、現在の新潟県と富山県の県境にあるが、そこから採掘された翡翠が日本海側の各地の遺跡で出土している。糸魚川の河口から、富山湾を渡り、能登半島を横断し、敦賀を経て丹後半島まで運んできたと考えられる。鉄蹄(鉄の半製品)を積んできた船が、帰り荷に翡翠を積んだのである。


(引用者注:翡翠の産出地は糸魚川の他にもあるため、「唯一」には語弊あり。当時はそうだったという意図かもしれないが未確認。)

ちなみに、『越後国風土記』にも翡翠に関する記載があったらしい。

「らしい」と言うのは、すでに原本は無く、引用としての「逸文」にのみあるからだ。

『釈日本紀』第六「八尺瓊之五百箇御統」

越後国(こしのみちのしりのくに)の風土記に曰ふ。八坂丹(やさかに)は玉の名。玉の色青きを謂ふ。故(かれ)、青八坂丹の玉と云ふなり。

なるほどなあ。

オオクニヌシが危険冒して高志まで行ったの、色恋のためだけとちゃうかもしれへんな。

現代はもちろん、古代においても石川県近辺は重要な交易のルートだった。

もちろんただの通り道ではなく、海の恵み豊かな地域でもある。

それを示す伝説が『今昔物語集』において描かれている。

『今昔物語集』巻第二十六「加賀国諍蛇蜈島行人助蛇住島語」第九

今昔、加賀の国□□郡に住ける下衆、七人一党として、常に海に出て、釣を好て業として、年来を経けるに、此の七人、一船に乗て漕出にけり。此の者共、釣しに出れども、皆弓箭・兵仗をなむ具したりける。

(以下略)

「釣を好て業として」ってことは、七人の漁師やな。

せやのに「皆弓箭・兵仗をなむ具したりける」って武装しとる。

今の時代ではぴんと来ないかもしれないね。

当時は海賊も多かった時代さ。

『石川県史第1編』278ページにそのへんのことも書いてある。

「漁人にして兵仗を携へたるは、当時海賊に備ふる為に、此の如き風習ありしなるべしといへり」

自分の身は自分で守らなあかんからな。

特に海の守りは陸よりも難しい。

あんなだだっ広いところで、助けなんか呼ばれへんやろ。

七人の漁師たちは、嵐にあって見知らぬ島に流されてしまう。

そこに一人の青年が現れ、酒と食事で漁師たちをもてなした。

そして青年は、よその島から来る侵略者を討つ手助けを漁師たちに求めたんだ。

実はこの青年、人ではなく、島に住む大蛇だった。

そしてその島を奪いに来るのも人ではなく、大蜈蚣(おおむかで)だ。

ヘビとムカデの戦争か。

えらいとこに流れ着いてもうたな。

資料として使った『石川県史第1編』だと、先住民たちの争いではないかと言っている。

これが単なる作り話なのかどうかはさて置き、漁師たちは青年の力になると言った。

国立国会図書館デジタルコレクション『今昔物語集. 巻第26
大蛇と大蜈蚣はくんずほぐれつの大バトル。

その隙を狙って漁師たちは矢で大蜈蚣を退治した。

蛇の青年は感謝して、島に住むように言ったという。

その島の名は「猫の島」

現代における舳倉島(へぐらじま)のことだと言われている。

何で「猫」なのかはよく分からない。

地図で見るとけっこう遠いとこやな。
遠くとも行きたがる、格好の漁場だったんだろう。

今はアワビとかが採集される「海女の島」として知られているらしい。

ただ、今となっては不便なところだ。

過疎化が進んでいて、島で冬を越すのは30人に満たない。

『今昔物語集』で語られる場所ってのはええ宣伝材料やと思うけど。

さすがに能登から船で行くのは相当な気合がいるで。

何か良いアイディアでも見つかると良いかもね。
アイディアと言えば、石川県羽咋市で面白いものがある。

ローマ法王に献上して食べさせたという「神子原米(みこはらまい)」だ。

ローマ法王?

ローマ法王ってバチカンの?

そのローマ法王だね。

実現したのは羽咋市役所職員の高野誠鮮(たかのじょうせん)さん。

ローマ法王に米を食べさせた男』という本も出している。

ローマ法王が食べたという宣伝効果はとても高く、米はバカ売れだそうだ。

町おこしは、あれがない、これがないという否定から入りやすい。

足りないものを補うことに集中してしまうんだ。

そうすると、その町が持っている魅力を見落としがちになる。

高野さんは羽咋市の良いところを探すことで、様々なアイディアを生み出した。

確かに、なんかあったら否定から入りがちなとこあるな。

絵とか小説の創作界隈でもよう見るわ。

あれができてへん、これがあかん。

そらもっともやけど、それ以上におもろいとこ探して伸ばす方が楽しい。

人も町も、魅力探しから始めようや。

ただし、芽が出るには相当の忍耐がいる。

長い目で見て、どしっと腰をすえて取り組まなければいけない。

それはとても恐ろしいことだ。

長い時間をかけたことが失敗してしまったらどうしよう。

まったく無意味なことをしているかもしれないという恐怖。

それを乗り越えるには、人それぞれの工夫が必要になるだろう。

好きこそものの上手なれってことかもしれんな。

要するに、好きやからこそ続けられるんや。

そんで、好きでい続けるためには、やっぱ「おもろ」っていう気持ちが大事やで。

古いものを大事にしつつ、新しいものを果敢に取り入れる。

それも突発的ではなく、長い時間をかけて育んできた。

石川の人々の「面白い」という気持ちこそ、最大の魅力なのかもしれないね。

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登場人物紹介

ミカちゃん(大天使ミカエル)

好物は「かぶら寿司」

サタニャエル(堕天使サマエル)

好物は「ズワイガニのみそ」

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