第2幕
文字数 2,657文字
晶も拾い集めるのを手伝いながら、抑え切れない好奇心を、質問という形で口にした。
「綺麗なカードだね。
どのカードにも、思わず引き込まれるような情景が描いてあるけど、これって、占いに使う道具?」
その質問は、少年にとっては甚だ意外性のあるものだったらしい。
わざわざ手を止め、晶の顔をまじまじと覗き込んできた。
「…‥そうかあ。タロットカードを見たことのない人間にとっては、単なる綺麗なカードにしか映らないわけだね。
ええとね、簡単に説明させてもらうと、タロットカードっていうのは、全部で七十八枚あって、その一枚一枚に、それぞれ重要な役割が託されているんだ。
カードの出る位置も、正位置と逆位置があって、同じ絵札でも、出る位置が違った場合、まるっきり反対の意味になったりする。
それで占い方としては、ワンオラクルって呼ばれてる一枚引きのやり方と、占いたいテーマを深く掘り下げていくために、複数枚扱う複雑なやり方と、何パターンかあったりするんだよ。
でもいずれにしろ、占う側のセンスによって、全然違う結果が出たりするんだよね。
そこがタロットカードの面白いところでもあり、奥が深いところでもあるんだ」
タロットカードに精通しているらしい少年からしてみれば、晶からの質問は、かなり間抜けに響いたことだろう。
そのことに思い至った途端、晶の中に、羞恥心がマグマのように突き上がってきた。
それをごまかすべく、持ち主の少年よりも熱心に、タロットカードを拾い集めていった。
こうして二人掛かりで、タロットカードを全て集め終えると、少年は机の上を使って、カードの向きを綺麗に整えた。
それから、通学用のリセバッグの中から、瑠璃色のベルベットで出来た小さな巾着袋を取り出した。
どうやら、それが愛用している収納袋らしい。
慈しむような手付きで、カードの束をその中に収める。
そうして晶はその時、妖しい光沢を放つベルベット生地の表面に、見覚えのあるデザインの白銀色のピンバッジがさりげなく煌めいているのを、目敏く見付けていた。
「そのピンバッジ…‥」
思わず呟きが零れ落ちた。
少年は、伸びやかな翼を象ったピンバッジと、それに釘付けになっている晶の顔を交互に見比べていたが、そのうち何かを察したような面持ちになった。
「このピンバッジに反応するってことは、もしかして、きみは晶だね?
蔦彦と竹光からは、近々引き合わせるからって言われてたんだ。
でも、もう必要なくなったな。
あ、紹介が遅れたけど、僕は真澄。
蔦彦や竹光とは、以前から親しいんだ。
最近は晶のことも、色々と話には聞いてるから、もうすっかり知り合った気になってたよ」
「…‥蔦彦と竹光が、僕のことを、きみに色々と話してるのか?」
それは晶にとって、あまり芳しくない状況と言えた。
彼らとの間に起きた出来事は、軽々しく第三者に話せるようなことではないと感じていたからだ。
それに、蔦彦を始めとする三人が三人とも、全く同じデザインのピンバッジを愛用していることも、晶には堪えた。
そこまで仲の良い三人の間に、晶が割り込む隙は、最早ないように思えた。
「色々って言ったって、何から何まで聞いてるわけじゃないよ。
多分、蔦彦と竹光が知ってることの、三十分の一くらいかな。
誤解して欲しくないんだけど、二人とも、肝心なことに関しては、岩のように口が堅いからね。
晶が話して欲しくないと思ってるようなことは、一言も口外する気はないと思うよ」
そんな真澄の慰めも、孤独が押し寄せている今の晶にとっては、気休めにしか思えなかった。
晶は、小刻みに何度か頷くと、薄暗くなり始めた生徒会室から、足早に出て行こうとした。そこを真澄に呼び止められた。
「晶、今日はありがとう。
きみがいてくれて、助かったよ」
晶は、部屋の出入口で振り返りざま、ぎこちない微笑みを浮かべた。
その途端、生徒会長のように自分の気持ちを取り繕っていることに気付き、暗澹たる気持ちになった。
そうして、生徒会長は誰の前でなら、素の自分を見せられるのだろうかと、他人事ながらに気になった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
翌朝、ホームルームが始まる直前の教室に、真澄が晶を訪ねてきた。
真澄とは昨日知り合ったばかりだが、それでも一目見て分かるほどに、切羽詰まった顔付きをしていた。
ちなみに、左頬の傷痕を隠しているのは、イギリスの国旗模様の絆創膏だった。
おまけに、掛けている眼鏡のフレームはメタリックグリーンだし、これで深刻な面持ちさえしていなければ、玩具箱のようだとからかったことだろう。
「どうしたんだ、何かあったのか?」
「タロットカードが、一枚だけ見当たらないんだ。
昨日、家に帰ってから確認した時に、そのことに気付いたんだけどね。
それで、今朝早くに生徒会室をもう一度探してみたんだけど、どこにもないんだよ。
詳しい事情を知ってるのは晶だけだから、きみにしか頼めない。
頼むよ、僕と一緒に、行方不明のタロットカードを探してくれないか?」
どう答えたものか、晶は逡巡した。
昨日の今日で、わだかまりが残っている状態では、すんなりと協力するとは言えない心境だった。
しかし、その一方で、真澄が頼りにしているのは晶だけだということも、痛いくらいに伝わってきた。
蔦彦でも、竹光でもなく、晶だけを。
その時、教室の前方の扉が遠慮がちに開いて、そこから担任である国語教師がのっそりと入ってきた。
晶は、隣に佇んでいる真澄に、急いでこう耳打ちした。
「昼休み、図書室で落ち合おう。
話はそれからだ」
真澄は、幾分安堵した表情で頷くと、教室の後方の扉から、逃げるようにこそこそと出て行った。
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・・・ 第3幕へと続く ・・・
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