2022年3月 公園でリバティ・ベルが鳴っていた

文字数 2,234文字

3月15日(火曜日)、日比谷公園内にそのベルがあることを、通りかかって初めて知った。その日私は時間を潰すために公園内を散策していたのである。首都圏に住んでいると何かと耳にする公園だが、足を踏み入れたのはここ最近のことだ。官庁と大企業しかない皇居の周辺に、積極的な用事があることはほぼない人生を送ってきたが、数年前に東京駅が整備されたのを機に散歩に出てみると、思ったよりも快適な空間だと思えた。道は広く、電線は地中化されているので空が広い。皇居の緑も風景を彩ってくれる。そんな中にある日比谷公園で、私は時が過ぎるのを待っていた。何を待つのかと言えば、東京地方裁判所で開廷される民事訴訟の第一回弁論、である。家人が訴えられた裁判だ。

告訴状を見るや委任状を書き、すべてをバス会社へと丸投げにした家人は、今日の勤めを果たすべくいつものように出勤していった。訴状に書かれていた初公判の日付を覚えていた私は、前日までに仕事のやりくりをして、予定を空けてある。「傍聴に行こうと思う」と家人に言うと、詳細な時間もわからんのにやめときなよと消極的だ。もはやすべてが過ぎ去ったことで、委任状を出した以上関わるつもりはない、ということらしい。だが出勤時に玄関で靴を履きながらふと「俺の代わりによく見てきてよ」と言ったので、まったく関心がないというわけでもなさそうだ。私はまるで野次馬なわけで、現時点では「今日地裁で1回目の法廷が開かれる」ということしか情報がない。しかし、このあとどうするべきか、とある理由で私は対処法を知っていたんである。

以前拙作のあとがきに書いたこともあるが、10年ほど前に裁判員を経験した。東京地裁に毎朝通っていた際に、裁判の大まかな流れを学習してあったその経験が、幸か不幸かこんなところで生かされる時が来たのである。まずはお久しぶりの東京地方裁判所に向かうと、入館後に手荷物検査を受け、そののちに1階ロビーに設置された「開廷表」が置かれた台に向かう。開廷表とは今日ここで開かれる法廷のスケジュールが一覧表になったもので、これで法廷と開廷時刻を確認すればいいのだ。以前は厚紙の表紙で紙を束ねて綴じたクラシカルなファイルだったが、今やすっかり電子化された開廷表は大きなサイネージ画面に表示され、タップでページを捲る方式になっていた。不慣れな操作に悩みながらも、一覧の中にようやくそれらしき情報を見つけることができ、見覚えのある原告と被告の両名が記載された案件は、[636号法廷で13:10 第一回弁論]とある。その横に書かれた訴訟番号、これがこの裁判のいわばIDにあたるものだ。民27部令和4年(ワ)◯◯◯◯号。これですべてが管理されている。私は手帳にそれを書き込んで、一旦地裁を出ることにした。そいでもって日比谷公園でのんびり時間を潰していたのである。

かつては入江だったというその広い一角は、明治期には陸軍練兵場として使われていたという。のちに東京市が払い下げを受けて公園を作り、戦後は進駐軍の接収を受けたのちに返還され、再整備がなされた。長い歴史を持つ公園内を散歩しながら、設置された種々雑多なオブジェは見応えのあるものが揃っており、その中で一際大きく、そのわりにひっそりと置かれていたのはリバティ・ベルのレプリカだった。戦後、進駐軍から返還された際に「自由と民主主義の象徴」として日本に贈られたそうで、なんと正午になると本当に鳴るらしい。その傍にあるベンチで休憩しながら、頭のどこかでは裁判の行方が気になっていた。

過失割合10対0という主張は果たして通るのだろうか。当初7対3だと主張したバス会社の根拠はどこにあるのか。私は何も知らないが、バス会社が転倒事故防止のために「走行中に席の移動はおやめください」「お立ちの方は吊り革や手すりにお捕まりください」「バスが止まってから席をお立ちください」と再三注意喚起をしていることは知っている。だが自動音声で為されるそれはもはや環境音として馴染んでしまって、残念ながら意識して聞く人も減ってしまっているのだろう。
ドラレコには、走行しはじめた車内をなぜか歩行移動したのちに、ふらりと転倒する被害者の姿が映っていたという。これは「注意喚起をしているにもかかわらず走行中に移動し、手すりに捕まろうとしなかった」ということではなかろうか。

これを本人の過失とするか、あるいは何らかの「そう行動した合理的な理由」が提示されるのか。どうせやるなら全力で野次馬に徹するべきであり、どちらの立場でもなく「一人の傍聴人」であるべきだと思いながらも「10対0はないよなぁ……」と身贔屓する私の横で、何かがきぃきぃと軋り音をたてている。時計を見れば正午、リバティ・ベルは重そうに揺らぎはじめ、やがて高らかに鳴り響いた。スピーカーから出てくる再生音に慣らされてしまった耳には物理が醸す金属音は心地よく、何か浄められるような気分にさせられる。古来鈴や鐘は破魔除災のシンボルだというが、どうやらそれは本当だったらしい。

鐘の音を浴びた後、時刻に合わせて636号法廷に向かった私を出迎えたのは二人の女性職員だった。
テーブルに置かれた資料の類を片付ける作業中のようで、その手を止めて法廷に入った私に声をかけてくれた。なんとつい先ほど電話連絡があり、被告原告双方の弁護団が出廷しない旨を伝えてきたという。

「そういうわけでたった今、開廷が取り消しになったんです」
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