第54話 無窮にして無敵なるもの 弐

文字数 2,472文字

「テゴスとの接続を全て解除。各部確認後、再起動。問題あるようなら予備を運ばせろ」

 騎士に指示を出すゴウザンゼの顔には、焦りの色は見受けられない。だが、その柳眉は微かにひそめられている。

「接続解除できません! 依然情報流出中!」

 レンのガラスを通してワクワクへと繋がっていた無数の管は、全て切り離されている。館内を飛び回っていた妖精のように、物理的な接触に頼らない魔術による繋がりを得たのか。

「この端末は破棄。動力を落として強制停止で構わない」
「やってます! ですが、動力を独自に確保している形跡が――」

 ゴウザンゼは無言で足元に目を落とした。どうやら俺と同じことを考えているらしい。

「グロースの神気を動力に利用しているのか? ……いや、これはナコトゥスの欠片に記されたレシピを基に、黒い原形質から作り出した生体端末にすぎない。自分で考える知性どころか、自我も生物としての本能すら備えていないはず。グロースの何らかの防壁に触れてしまったか――」

「る……るる……違うよ~。その子はもう自分で考えてるよ~……」

 背後からの声に振り向くと、崖を這い登って来たらしいキサナが、赤黒い水を滴らせ立っていた。背から伸ばした触腕を巻き腹を押さえているが、隙間からは大量の血が溢れている。

「何にでも変えられる組織を持ってたからね~……るる……情報を素通りさせるだけじゃなく……自分でもその知識と力を使えるよって……グロース経由で、教えてあげたの~……」

 物も言わずに、ゴウザンゼは腰の得物に手を掛け抜き打ちを放った。東方で使われている刀のようだが、柄には複雑な装置が取り付けられている。

「……るッ?」

 まるで間合いではなかったにも関わらず、その動きだけでキサナの胴は触腕ごと両断され、二つに分かれ海へと転げ落ちて行った。

 刀を振るう際爆発的な神気を感じたが、その刀は刃を持たない柄だけの奇妙な代物だった。ゴウザンゼが不快気に鼻を鳴らし柄を鞘に戻すと、装置が作動し極小の缶詰のようなものが排出された。

「これも対神武装だよ。薬莢に閉じ込めたヨグ=ソトースの落とし仔に、限定的な門を開かせ刃とする。例え相手が神であろうと、肉体はおろか幽体・霊体ごと斬り裂くことができる。次元ごと切り裂く攻撃の前では、外殻の硬さも再生力もまるで無意味だ。一太刀ごとに貴重な落とし仔を使い潰してしまうのが玉に瑕だが」

 ヨグ=ソトースの落とし仔は、産まれ落ちるそのほとんどが奇形の魔物でしかなく、育ち切るまでこの世界に姿を留めておけないが、まれに崇められるに足る力ある存在にまで育つものも存在すると聞く。それを使い捨ての道具扱いとは、どこまでも不遜な男だ。

 ベルカの指揮の下、神聖騎士達はテゴスの切り離しに掛かった。大地たるグロースに打ち込まれた六本の脚と口吻に、一斉に剣が打ち下ろされる。始めのうち黒い体液を撒き散らしていたテゴスだったが、加速度的に再生速度を早め、やがて刀傷は一呼吸で修復するまでになった。グロースの神気を吸収し続けているためか、その姿は一回りほど肥大化している。

 ゴウザンゼは騎士達を下がらせると、刀の柄に手を掛けた。

「まさか己の道具相手に、取って置きの切り札を使うはめになるとはな」

 強大な神気が迸る。
 抜き打ちで放たれた不可視の刃は、一撃でテゴスの全ての脚と口吻を斬り裂いた。

「だが、ここから先は、万に一つの失敗も許されないのでね!」

 一挙動で缶を入れ替え、さらに続けて縦横に刃を振るう。脚を失い地に落ちたテゴスには、十文字の傷が刻まれ、傷口から流れる血は黒々とした河を作った。

「時間を無駄にした。急ぎ予備の端末を運べ」

 不意に強い神威を感じ取り俺は身構えた。グロースのものともキサナのものとも違う。
 次の瞬間、俺は目の前の異様な光景に気付き愕然とした。
 騎士達に指示を出すべく、レンのガラスを指していたゴウザンゼの右腕が、肘の辺りで切断され地に落ちている。

「なッ!?」

 驚愕しながらも瞬時に状況を理解したゴウザンゼは、左手で刀を抜くも間に合わない。
 門が開く爆発的な神気。
 一度ではない。無数に。数えきれないほど。

「馬鹿……な」

 切り刻まれたゴウザンゼの姿は、血を流す間も与えられず、崩れながら宙に消え去った。

「んんー? これは思った以上に成長しちゃったって感じ? みたいな!」

 誰一人声も出せずにその光景を見守る中。場違いに明るい声を上げるたのは、つば広帽に黒マントの少女ジゼルだった。

 気配も感じさせずに、いつの間に姿を現した?
 皆がゴウザンゼの最期に気を取られている間に、レンのガラスを潜ってきたのか?

「かつての主人は、知恵を付けたそいつに滅ぼされたってのにー。あ! 渡したナコトゥスの欠片には、その記述は無かったかな? でもまあ、最初から断片だって断ってたはずだから!」

 くるくると回りながら楽し気に口上を述べるジゼルに注目する者はない。俺を含めた皆の目は、再生を始めたテゴスに釘付けになっている。

「ショゴスから作り出したテゴス。何でも学び取る今のこれは、ラーン=テゴスとでも呼んであげようか! 初手で持ってる最強の札を切ったのは大正解! だけど、もう一歩足りなかったね! 十六億に分割されたうえ、痛みを抱え生きたまま三千の異世界に流されるなんて!」

 よよと大げさに嘆くふりをして見せるも、ジゼルの声は隠しようもなく笑みを含んでいる。

「でもでも、神でも壊す攻撃でないと倒せない相手だと判断されたんだから、あの人も本望だよね? ラーン=テゴスはゴウザンゼの切り札も覚えちゃったみたい! この分なら予言通り新しい神、ううん、それ以上の一体で完結した何かが産まれちゃうかも!」

 くるりとターンしポーズをとると、黒衣の少女は誰にともなく問い掛ける。

「さあ! この場にそれを止められる人はいるのかな?」
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