六 小休止①

文字数 2,008文字

 月日は流れ、長かった神無月が終わった。神々は出雲から自らが守護する土地へと帰っていく。それはツクヨミも同じだった。いつもの(ほこら)の場所へと帰り着くと、そこには待っていたかのようにヤタガラスの姿があった。

「ただいま」

 ツクヨミはヤタガラスににっこりと微笑む。ヤタガラスは一鳴きすると飛び立った。

「きっと、怒ってるかな?」

 ツクヨミは一人ごちる。しばらくの後、ツクヨミの元へと元気な声が聞こえてきた。

「ツクヨミ! 帰ってきたんだね」

 それはツクヨミにとっては恩人の声だった。
 長かった神無月が終わりを告げ、霜月へと移り変わる。
 稲はすっかり刈られ、田んぼは寂しい様相へと変わっていた。そんなとき、道を歩いていたあずさと(かなで)の目の前に久方ぶりにヤタガラスが舞い降りた。二人は顔を見合わせるとヤタガラスの後を追うのだった。
 ヤタガラスに導かれたのはいつものツクヨミがいる(ほこら)だった。

「ツクヨミ! 帰ってきたんだね」

 あずさは元気に挨拶をする。その後ろで奏が軽く会釈(えしゃく)をする。

「先の月では大変だったみたいだね。武甕槌命(たけみかづちのみこと)から話は聞いたよ」

 ツクヨミは澄んだ瞳を細めて言う。あずさはあ~、と目を泳がせている。
 あれから結人は学校であずさに付きっ切りである。そのためあらぬ噂を立てられることも多くなったそうだ。

「そうそう、私に守護霊がいないってホント?」

 あずさはずっと気になっていたことをツクヨミに聞いた。ツクヨミはいつもの柔和(にゅうわ)な表情で言う。

「あずさは元々守護霊がいない人間だったんだ。そういう人間は珍しくはないよ」

 一人一人に守護霊がいるとは限らない、むしろ、奏のように強い守護霊がついている方が珍しいと言う。

「あずさは僕とアマテラスの仲を取り持ってくれたからね。これはお礼をしないと、と思って、僕たちが守護することにしたんだ」

 武甕槌命(たけみかづちのみこと)の話は本当だったようだ。

「そういう話は先にしておいてよね! 結人(ゆいと)に襲われたとき、本当にどうなるかと思ったんだから!」

 あずさが憤慨しながら言う。ツクヨミは結人? と疑問を抱いているようだった。

「結人君って言う人間に化けているのが野狐(やこ)なんですよ、ツクヨミ様」

 今まで黙っていた奏が補足すると、ツクヨミはあぁ~、と納得したようだった。

「ごめんね、やっぱり怒ってた?」

 くすくすと笑いながら言うツクヨミの余裕な様子に、あずさはもういいです、と頬を膨らませている。その仕草が可愛らしく奏もくすくすと笑ってしまった。

「元気そうで良かったよ。今日は君たちの顔が見たくて呼んだだけなんだ」

 そう言ってツクヨミは(ほこら)の後ろへと帰ってしまった。

「えっ? それだけ? 本当に神様って自分勝手なんだから!」

 叫ぶあずさに、奏はまぁまぁと(なだ)める。

「神様なんてそんなものよ?」

 奏はにっこり微笑むと、さぁ行きましょう、と山を降りることを提案する。
 あずさはなんだか釈然としない気持ちのまま、奏に促されて下界へと帰っていくのだった。



 山を降りた二人はいつもの喫茶店へと向かっていた。霜月、と言うだけあって、外の風は冷たくなってきていた。昼間は肌寒い程度だが、朝晩はかなり冷える。日が落ちるのもこの時期はかなり早くなっている。
 そんな外の様子とは裏腹に喫茶店はいつも落ち着いていて、心地いい空間だった。
 奏はホットコーヒー、あずさはホットのミルクティーを注文し席に着いた。

「ツクヨミ様、いつもどおりのご様子で良かったわね」
「いつもどおり、自分勝手だったよ」

 あずさはまだ膨れっ面だ。そんなあずさに奏は苦笑いをしている。するとそんな二人の元へ、

「こんにちは」
「げっ、結人……」

 野狐(やこ)である結人が姿を現した。あずさの機嫌はますます悪くなる。一体何の用だと詰問するあずさに、この端整な顔立ちの少年はにこにこ笑顔のまま答える。

「あずささんがいつ命を落とすのか分かりませんからね。僕は監視しているんですよ」

 笑顔で何とも恐ろしいことを言う。

「ご一緒してもいいですか?」
「えぇ、いいわよ」
「ちょっと、奏っ?」

 自分が死ぬことを望んでいる相手とお茶なんて、と言うあずさにはお構いなしに結人は奏の隣に座る。

「あずささんは何をそんなに怒っているのですか」

 結人はきょとんとして聞いている。その姿がますますあずさの(かん)に障る。

「飄々と人間のふりして付きまとわれて、迷惑この上ないわよ」

 あずさはぶすっとして答えた。そんなやり取りを苦笑しながら見つめていた奏は、そうだ、と手を打って提案した。

「あずさちゃん、この際だから神様のこと、少し勉強しない?」
「神様のこと?」
「そう」

 奏はそう言うと、鞄の中から一枚の紙を取り出した。

「日本の神様はね、『八百万(やおよろず)』と言われているの」

 そう、日本ではどんなものにも神が宿るとされている。そのため、何に対しても感謝をしなければならない。中には、人間が神となったものもたくさんいる。菅原道真(すがわらのみちざね)などはそのいい例と言えるだろう。
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