第1話

文字数 5,616文字


'退屈である'
 そう思い始めたのはいつ頃からだろうか。多分去年あたりからだ。そして一際強くそう思うのは将来の事を考える時である。高校を卒業して大学に入学、そしてまた卒業して会社に就職、その中で結婚し家庭を築き子供を育てる、そして老後の生活を過ごし死ぬ。なぜみなは疑問に思わないのだろうか。僕はこんな事をするためだけに生まれてきたのだと思うと何の楽しみも見出せずただ退屈に思う。僕が死んでいても生きていても何の影響もないこの社会がはっきりいって嫌だな。
そして今日は夏休みが始まるほんの手前、一学期の終業式である。僕としては宿題もあるし特にやることがないのでなんの予定もない日が続くのだ。だがそんな予定を見越してかこんな提案を持ち出してくる奴がいた。
「なぁ、主人公。夏休みの初日、クラスの何人かで海行こうぜ」
後ろの席から喧しい声が聞こえた。
「あ、海?僕はそんなに泳ぎは得意じゃないんだけど」
主人公は気怠げそうに答えた。
「いいじゃんかよ!泳がなくたってナンパとか色々できるじゃん。明日どうせ暇だろ?とりま決定な」
藤田は楽しげに言うと立ち去り、他の人に同じようなことを言い回った。急に予定を入れられたが別段嫌な気はなく、むしろ楽しそうという一面があった。それは自分の中で変わるきっかけがあるかもしれない希望なのか、退屈な毎日や考えからの逃避なのかは分からないが。
 
 最終的にメンバーは男子7人で行くことになった。みんなが集まり電車に乗って40分、やっと綺麗な海辺が見えて、海辺の人数はあまり多くないと感じた。皆んな着替え場で水着になり海へと駆け込んだのだが、僕は泳ぎたくなかったので浅瀬で何人かと水遊びに興じていた。
何分かすると残りのみんながこっちに来た。
すると藤田がこんな事を言い出した。
「なぁ、あそこの浮かんでるやつまで競争しねぇ?」
僕は面倒臭いなと思ったがみんなが
「やろうやろう!」
「いいねぇー。最後のやつは罰ゲームな」
と口々に言い出した。
「主人公もやるだろ?」
山口に参加必須みたいな感じに言われた。
「いや、僕はーー」
断ろうと思ったが皆んなの顔を見て考えが変わった。他の人から見たらどうともない顔なのだがあの煌めきのある顔、何事にも楽しんでる顔、今を生きているという顔。それは昔していた顔であり今は出来ない顔でもあった。
「やるよ。やろうか、罰ゲームは何にする」
どうしてもあの顔が欲しくて、羨ましくて、取り戻したくて衝動的に言ってしまった。
「なら今からやるぞぉ、罰ゲームは後から決める!位置についてよーい、どん!」
柚木が唐突に言って走り出し海へ飛び込んだ。
「馬鹿!いきなりすぎんだろ」
「おい、ちょっと待てよ!」
皆んな口々に言って海へ飛び込み泳ぎだし、
そんな彼らを見て僕も遅れて泳ぎだす。やはり久しぶりすぎてあまり上手く泳げていない。始めは4、5番目だったが皆んなとの距離がだんだん離れていきビリになった。追いつくために必死に泳いだ時、ピキッと右足がつってしまった。突然の出来事だったので自分でもパニックになりジタバタしている。だが浮き沈みを繰り返していき、だんだんと沈んでいくのがわかった。そして視界全てが水の中になってしまった。水底は意外と深く一般的な男性が溺死するには十分の深さであった。僕は溺れていきその最中走馬灯のようなものが見えた。対して面白くもない僕の人生の場面を繰り返しながらだんだんと安らかな気持ちになっていった。
"あぁ、僕はもう死んでしまうんだな、次はもっとマシな人生を過ごしたいなぁ"
そう思いながらゆったりと沈んでいき死を覚悟した。その時であった。後ろの方から漠然とした恐怖が襲ってきた。底のない暗闇に落ちるような感覚、心の底から怖いと思った。死ぬ事に対して先ほどとはガラリと変わった感情で嫌だ、死にたくないと必死にもがき苦しんだ。そして今にも飲み込まれそうになった時、目が眩んで意識が飛んでしまった。




「おい、大丈夫か!」
ハッとして目が覚めるとそこには砂浜であった。
「良かったぁー。お前危うく溺れて死ぬところだったぞ。」
藤田にそう言われて周りを見渡すと、皆んな心配そうな顔をこちらに向けていた。どうやら誰かが僕が溺れているのに気づき慌てて皆んなで助けてくれたそうだ。
「助けてくれてありがとう」
まだ少し考えられないような頭で絞り出して言った。その後少し経って体力が回復したのだが僕の事に気を使ってか昼頃に解散になった。


 家に帰って疲れたので少し寝ることにしたのだが、どうにも寝付けない。目を瞑り深い眠りにつこうとすると、どうしてもあの暗闇のことを考えてしまう。いや、考えてしまうというよりむしろ自分の背中からその存在を感じてしまう。そして、その存在を感じれば感じるほど、恐怖がじわじわと蝕んでくる。
死んでもいいや、などと思っていた自分をブン殴りたくなっているほど今は死に対して恐怖感を抱いている。この恐怖を取り除くにはどうすればいいのだろうか、
「いや、きっと今だけだ。だんだんと慣れて薄れていく。」
そう思いながら、そう願いながらゆっくりと深呼吸をして目を瞑った。

 そしてかれこれ数日が経つ。が、一向に忘れられない。そのせいか眠りが浅く思考力が大幅に低下しているような気がした。日常に潜んでいる死がずっとこちらに鎌を剥き出している感じだ。
自分ではもうどうにもならない気持ちで、逃れる方法は死しか思いつかないが死にたくはない。
「はぁ……………憂鬱だ、、考えても考えきれないなぁ。」
自室で寝転がりながらジタバタしているとふと本棚にある漫画が目に入り、じっと見つめた。その理由は明白だった。
「あれ?途中4巻抜けてる?」
本当に些細なことだった。いつもだったら、本当にどうでもよくて気にも留めないけど、そんな考えは無くなっていた。
「あれ?これ一体どこに置いたっけ?鞄の中かな?」
ごそごそと部屋の中を探して数十分。
「お、あったあった。」
ようやく見つけ出した。
「この巻こんな感じだったなぁ、そーいや次の巻ってどうなってたっけ?」
こうして主人公は全ての巻を読破した。
「ふぅ、、、、よかった。そういやこれこんなオチだったのか」
久しぶりにこの漫画を読み、懐かしさと楽しさを感じとても満足であった。
「あぁ、満足した………」
そう満足した。主人公は死の暗闇を感じてから一度もこんなに満足感を得たことがなく、主人公の心の中でとても衝撃が走った。だが、一番の驚いた事は満足感ではなく、死の暗闇を忘れられたことであった。
「やった…これでついに…!………あれ?」
安堵も束の間、すぐさま恐怖を感じるようになった。だが今は対処法が分かっている分、興奮もしていた。
「何かに熱中するような感じなら大丈夫なんだ。きっとそれなんだ。」
そう思い他の漫画も読むが、何故だか恐怖感が拭えなかった。集中して読もうとするが、どうしても頭にちらついてしまう。先程まで出来ていたものが、今は出来なくなってしまっているため焦りも感じている。
「くそっ、だめだ。できない、、」
逃れるためには偶然を期待しなければいけないのだろうか。だが主人公は諦めたくなかった、この 恐怖を乗り切りために。
そして考えた、何度も何度も考えた。どのようにすれば良いかと。じっくりと、時間をかけて、己の全てを集中させて。一分一秒も無駄がないように考えて考え抜いた結果、もしかしたらとこんな結論が出た。
‘目標を立てればよいのでは?’
どんな小さなことでもいい、どんな些細なことでもいい、逃れられるなら。
思い立ったが吉日、まずは学校の課題を今からやる事にした。あまりワークのページが多くない科目を今日中に終わらせるという目標を立てて行った。
なんとか1日の終わりで終了することができた。そして問題の恐怖感だが、自分の思惑通り考感じる事なく過ごすことが出来た。主人公は勉強で疲れ果てて寝てしまったがこれも久しぶりのことである。朝起きるとスッキリした気持ちであった。そしてほんの少しだけ恐怖感が薄れているのを感じた。
「考えた答えはあってたんだ…」 
だが合っていたからと言って安心している場合ではない、僕はまた新たな目標を立てるのであった。 

 
「まずは、残りの課題を終わらせる計画をたてるか」
日数と自分が限界までできる量をすり合わせて計画を立てた。そして今まで疎かにして分からなかった部分もできるだけ綿密に復習と合わせて行ったが、その結果約1週間で仕上げることができた。これまでこんな真剣に勉強をしたことがなく、とてつもない達成感を味わった。勉強をしている以外は恐怖感を今までと同じように感じていたので、食事や風呂は短時間で済まして睡眠は寝落ちという形にした。そうすることによって今までより格段に恐怖感を得ずにいられた。そしてもう次の目標も立ててある。
「よし、この2つに絞ってやってみるか。」
夏休みの残り2週間を使って二学期の初頭で行われる課題テストの上位10%を狙うこと、肉体改造の2つである。幸いな事に課題テストはほとんど夏休みの宿題から出されるので残りの日数でやれるものだった。肉体改造は毎日30分のランニングと筋トレを行い、時には目標地点を決めてサイクリングなども行っった。娯楽などではどうしても死の恐怖感の方が勝ってしまうので、ゲームをしたりテレビを見たりすることは出来ないが、死を身近に感じるよりはよっぽどマシであった。
「おれは、やりきれる…やりきれるんだ!」
一心不乱に言った。こんな臭いセリフなんて普段なら絶対言わないが、もうそんなことは気にしていられない。死から逃れられるのなら。

 こんな生活を送り、夏休みが明けて学校が始まった。
「よ、主人公。あれ、お前痩せたか?」
藤田にそう聞かれた。
「いや、痩せたというより鍛えて細くなったって感じだな」
藤田は驚いた表情をした。
「え!?お前鍛えてたのかよ。なんだよ、1人で勝手にモテようとして〜。てかテストあと10分じゃん!やっべ」
そういうと藤田は慌てて席に着き、勉強を始めたが、先生が来てしまったので勉強する時間はなかったようだ。昨年の自分もあのように慌てていたが今回に関してはとても自信がある。そしてテストが始まると案の定手応えは抜群であった。今までの自分なら考えられないほど気持ちよく解答できた。
そして数週間後テストが返却された。なんと殆どのテストで9割を超え、学年3位の称号を取ることができた。そこまで出来るものとは思わなかったがとても嬉しく、そしてとても達成感があった。それからも頑張って勉強をして中間と期末テストでは学年末1位になった。今まででこんなにも努力をして勝ち取ったような経験がなかった主人公はとても快いものとなっていた。
「あぁ、なんか努力して成功するって気持ちいいもんだな…」
勉強で勝ち取っていくにつれ段々と死の恐怖が薄れ、自分に対して自信もついてきた。なので今は娯楽に興じる時間が増えたり、寝落ちをしなくても済むようになった。そんなある日、山口からこんな事を言われた。

「なぁ、お前って彼女作らなねぇの?」

「…う〜ん。作らないと言うより作ることを忘れてた?みたいな感じかな」

「そうなんだ。ならさ、2組の早見さんなんてどうよ」

「え?なんで?」

「早見さんがお前のこと興味あるらしいぜ。今度話してやれよ」

恋愛に関しては今まで全くしていなかった。興味がなかったわけではないが、自分の中で付き合おうとするタイミングがなかった。

「なら、ちょっと話しかけてみるよ。」

「お、そうかそうか!なら今から呼んでやるよ」

恐怖感が薄れて自分に自信をもった今、もっと人生を変えていきたい、もっといいものにしたいと思い始めた。それからは早見さんと話したり一緒に帰ったりして、甘酸っぱい青春を味わいながら段々と親睦を深めていった。最初は恋人ができるのであれば欲しかった気持ちであったが楽しい思い出を積み重ねていくうちに早見さんへの恋心が芽生え、心の底から告白して付き合いたいと思った。そして告白当日、早見さんと楽しめるようなデートプランを立て、充実した1日を過ごせるようにした。最後、ムードもへったくれもないが帰り道で告白しようと決意した。

「今日は本当に楽しかった!ありがとうね」

「そっか、よかった。楽しんでもらえるか不安だったけど...俺も凄い楽しかったよ」

「今日色んな所に連れて行ってくれたけど、予定とか立てたの?」

「うん、楽しんでもらえるように沢山調べたんだ」

「え?ほんと?嬉しい、ありがとう」

「それでさ、早見。こんな所で言うのもあれなんだけど....俺、凄い好きなんだ。だから付き合ってくれないか?」

「....嘘じゃないよね?」

「嘘じゃないよ!本当に好きだったんだ...」

「うん、じゃあ付き合おっか!私も好きだったし...てかもっと早く告ってよ!」

「うるさいなあ、こっちだってめっちゃドキドキしてたんだよ!」

あぁ、なんて幸せなんだ。こんな日々が送れたなら努力しがいがあったもんだ。思えばもう死の恐怖感から逃げてどんなことでもいいからすがりついて必死だったなぁ。今では全く感じないや。あぁ、生きててよかったなぁ。これからの人生は退屈しなさそうだ…



そう思う主人公。ぶくぶくと幸せそうな笑みを浮かべながら、ゆっくりと沈んでいった。沈んでいく最中、主人公の口からこぼれ出る泡はさながら夢のようなひと時の思い出のようだった。ゆっくり、ゆっくりと泡を吐き終えた主人公は暗闇の中へと飲み込まれていった。
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