第2話 迎え

文字数 2,085文字

 気が付くと銀嶺は白い祭壇を見つめていた。祭壇には白木の棺桶が置かれている。その前で、黒い礼服を着た父親が震える声で話していた。


「銀嶺は活発で心優しい娘でした。水泳教室の子供達に教えるのをいつも楽しみにしておりました。それが、無差別殺人などという忌まわしい事件で命を奪われたこと、とても残念に思います。妻も私も言葉が有りません。せめてもの救いは、子供達を守れた事です――」

横で母親が嗚咽している。その様子を座敷に集まった親戚や友人達が神妙な顔をして見ていた。銀嶺は、

「ああそうか、私死んだんだわ。でも私はここにいる。どうしてかしら? 父さんの言う通り、子供達を守れたのは良かったけれど、私はまだ若いのに、人生これからだというのにこんなにも早く死んでしまって。これからどうすれば良いのかしら? ああ、父さん達に何か言いたいけど、上手い言葉が見つからないわ」

とぼんやり天井を眺めた。木目が目に染みた。

 
「銀嶺さん。行きましょうか」

涼やかな声に驚いて後ろを振り向くと、青年が立っていた。白いスーツ姿で水色に黒い水玉模様のネクタイを締めている。抜けるような白い肌にライトブルーの瞳、短い巻き毛の銀髪だった。驚いた銀嶺は言葉を失って、青年を凝視した。

「さあ、説明は追々しますから」

青年は銀嶺を抱きすくめた。その背中から白い大きな翼が広がる。バサッと一度大きく羽ばたくと、青年は銀嶺もろとも空へと舞い上がった。

 天井をすり抜け、屋根をすり抜け、青年はものすごい速度で昇って行く。銀嶺は不思議そうな顔をして聞いた。

「貴方は天使なの?」

青年はにっこり笑って、

「他に何に見えますか? 私の役目は地球人の魂とアストラル体をアストラル宇宙まで運ぶ事です。貴女は身を挺して子供達を守った功績と、犬への愛情の深さから高級勢力に選ばれたのです。子供の頃犬を飼っていましたよね?」

「ええ、飼っていたわ。武蔵という名の柴犬よ」

そう答えると銀嶺は下を見た。地上が遥か彼方に見える。両親と楽しく過ごした家も、武蔵との思い出も、どんどん遠ざかって行った。ふと、こんな上空まで来ても息が苦しくならないなんて、と不思議に思った。銀嶺の心を見透かしたように、

「苦しくなくて当たり前です。貴女は既に肉体を持たないアストラル体なんですから」

と天使は言う。

「その、アストラル体って?」

「簡単に言えば感情のエネルギー体の事です。これから向かう宇宙はアストラル宇宙です。ほら、宇宙へのゲートが見えますよ」

 
 銀嶺は上を見上げた。遠くに虹色に輝く丸い窓の様なものが見える。窓はみるみる大きくなり、二人を飲み込んだ。中へ入ると、真っ白な部屋だった。部屋の中に一人の若い女性が立っている。白い肌にライトグリーンの瞳で、ダークブラウンの長い髪が背中まで伸びていた。白いローブを着ている。


 天使は銀嶺をそっと床へ下ろして、腕を離した。

「銀嶺さんをお連れしました」

「ご苦労様。銀嶺さん、私は睡蓮。高級勢力の一人です」

そう言いながら睡蓮は銀嶺に近づいた。名前の通り、ふんわりと蓮の花の香りが漂った。

「では、私はこれで失礼します」

天使はゲートから飛び立って行った。

「銀嶺さん、貴方はウォーカーになるべく選ばれました」

「ウォーカー?」

「魔界と戦う戦士の事です。アストラル宇宙は感情と想念の集まりです。混沌とした宇宙を真善美で統一するため、我々高級勢力が守っていますが魔界は真善美を理解しません。善なるものや美しいものを破壊して堕落させ、宇宙を荒廃させるのです。地球人も魔界の干渉を受けています。貴方を襲った男も魔界に意識を操られた犠牲者です。そのような悲劇を無くすため、貴方にはウォーカーになって頂きたいのです」

 銀嶺は少し考えて、笑顔で答えた。

「それで私のように理不尽な思いをする人が居なくなるのなら」

「有り難う。そう言って頂ける事は分かっていましたよ。では惑星シャンバラにある我々の首都カイラスまでご案内致します。でもその前に」

睡蓮はそう言って銀嶺を見た。銀嶺ははっとした。葬式用の経帷子のままだったのだ。

「衣装を用意してありますから、隣の部屋でそれに着替えて下さい。それから出発しましょう」

 言われるままにドアを開けて見ると、小さな白い部屋の中央に白い天板に金色の猫足のテーブルが置いてあり、その上に服とグレーのスニーカーが置かれていた。銀嶺は経帷子を脱いで、服を手に取った。レモンイエローのカットソーに、アイシーブルーのスリムパンツだった。ちゃんと下着も用意されていた。服を着て先刻の部屋へ戻ると、睡蓮が静かに待っていた。

「お似合いですよ。さあ、宇宙船を待たせてあります」

「宇宙船……。あの、私船賃持ってないんですけど」

「高級勢力圏ではお金は必要有りません。全て真善美のエネルギーで賄われています。行きましょう」

睡蓮は銀嶺を促した。

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アストラル体――人は物理身体の他に、エーテル体、アストラル体、メンタル体、コーザル体などを持っていると言われている。人が死ぬと最初に行くのがアストラル界らしい。
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