第2話

文字数 1,918文字

 やがて二年二組の教室に到着すると、扉を前に足が震えてくる。
 そんな僕をおもんぱかってか、高田はまたポンと肩を叩き、大丈夫だと言わんばかりに満面の笑みを向ける。
 ――気色悪いんだよ先生。
 と、正直な感想を口に出すわけにはいかず、微妙な笑みを返すしかなかった。
 ガラガラと音を立てながら、高田が扉を開けると、後に続いて教室に身を入れた。
 高田は教壇に立ち、教卓に両手をつきながら、「今日からこのクラスで一緒に勉強することになった風見君だ。みんな仲良くするように」と、今度は背中を押され、促されるまま自己紹介を始めた。
「……初めまして、風見徳也と言います。よろしくお願いします」
 頭を深めに下げ、おもむろに顔を上げる。
 するとある一点に視線が定まり、鞄を落としそうになった。
 それは今朝のパンティー……もとい、物置小屋の前でスマホを操作していた女子生徒だった。
 ――もしかしたらさっきパンチラを目撃したことが、バレているんじゃないか?
 そんな不安が頭をよぎる。
 だが、向こうは僕に気づいていないらしく、頬杖を突きながら、きょとんとした目で見据えている。
 セーフ! 
 僕は心の中で胸をなでおろした。
 体中が熱を帯びると、一番後ろの窓際に用意された空の机に誘導される。
 席に着くや、教科書を開きながら、右斜め前に目を向ける。もちろん彼女の座る方向にである。
 しかし、転校生が珍しいのか、まわりの生徒から冷ややかな視線を感じると、いたたまれずに顔を伏せた。

 滞りなく一時限目の授業が終わると、隣の席の男子生徒が声をかけてきた。眼鏡で面長だがルックスは悪くない。茶髪のせいもあるだろうが、どことなく近寄りがたいヤンキーの雰囲気を感じ、正直関わりたくないタイプ。だが、人は見かけには寄らないものだ。もしかしたら本当は純粋で、心優しい好青年かもしれない。
「お前、どこから来た?」
 いきなりのぶしつけな態度に困惑するが、内気な僕に返事を拒むという選択肢はない。
「……北海道の旭川。知ってる?」
 するとヤンキーは「知ってるよ。雪まつりがあるところだろ?」
 それは札幌だよと指摘すると、同じようなモンだろと切り返してきた。他にも夜景の名所だとか、極悪人が収監されている刑務所があるとか、的外れな発言ばかり。
 挙句の果てには、ねぶた祭の話まで飛び出し、否定する前にチャイムが鳴った。
「僕は宮川晴夫(みやがわ、はるお)。よろしくな!」
 ヤンキーは最後にそう伝えてきた。

 二時限目が終わると、再びヤンキー宮川が話しかけてきた。
「思い出した! 『北の国から』の舞台になったところだよな?」
「そこは富良野と言って、旭川とは別のところ。ほら、旭山動物園があるところだよ」
 途端に宮川は首をひねりだす。
「どうして旭川なのに旭山なんだ?」
「知らないよ。僕がつけたわけじゃないし」
 本当は知っていた。旭川市の中に旭山という山があって、その斜面を利用して作られたのが名前の由来。ただ説明するのが面倒なだけだ。
「やっぱり毎日カニとかイクラとか食べてたんだろ? うらやましい野郎だぜ」
 誤解もいいところだ。そんなわけがないだろ! 
 その理論から言えば、仙台の人は毎日牛タンを食べていることになるし、名古屋はひつまぶしやういろうだし、広島は牡蠣。それに鹿児島ならさつまいもで、新潟ならお米だ。って、それは普通か。
 ……などと考えているうちに他の生徒たちも集まってきて、宮川は話を切り上げ自分の席に戻る。彼は手鏡を取り出すと、前髪を整え始めた。よほどのナルシルトに違いない。
 僕はというとクラスメートたちから質問攻めにあい、辟易しながら順番に答えていく。
 やはり話題の中心は北海道で、宮川ほどではないにしろ、見当違いな憶測で勝手に盛り上がった。

 三時限目が終わり、昼休みとなった。
 誘いを断り切れず、宮川と一緒に自前の弁当を食べていると……、
「風見君、ちょっといい?」
 後ろから声をかけられ、何事かと振り向くと、あのパンティー女子が立っていた。一瞬で胸が熱くなり、返事に戸惑う。
「かさはら。こいつは忙しいんだ。僕じゃダメかい?」
 どうやらパンティー少女は“かさはら”という名前らしい。今の感じからすると、宮川も少なからず好意を持っているようだ。
「あなたに用はないわ!」宮川をピシャリと制すると、僕の袖をヒョイとつかみ、「ちょっと来て」と引っ張った。
 無理やり廊下に連れ出され、もしかして告られるのではないかと、胸を躍らせた。
「……一体何の用?」敢えて関心のないふりを決める。
 だが、

と呼ばれたパンティー女子は、無言のまま廊下を突き進んでいった。
 ――これってラッキー……なのか?
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