第6話

文字数 6,358文字

 今思えば、あんなNTR近親相姦殺人事件で、何を哀れに思う事があるんやろって感じやねんけどな。ヤベーとは思っても、可哀想やとは思わんくない?んー、人それぞれやろうけど。
 ていうか、義理姉弟やから近親相姦にはならんのかな?あ、どうでもいい?

 とにかく、あのビームには人の感情を変化させる何かが含まれたんやと思う。食らった俺が言うんやから間違いないと思うわ。
 あれを浴びた時、俺の心は悲しみに引き裂かれた。その衝撃はかつて味わった事の無いもので、意識を失ってしまったほどや。

 ほんでやな、目が覚めたら、最早お馴染みのワープが完了してて、第三のゾーンに来てた。
 この辺りからかな、俺が節目ごとに都合良く意識を失ってるのは、神がワープさせるためにワザとやってんのかなって思い始めたのは。そらそうやろ、こんなポンポン気絶してたまるかっちゅうねん。それも毎度、変な理由でな。手荒いよ。
 いや、実際どうなんかは分からんで?今、思い返せばのハナシな。

 周りはこれまたお馴染みの怒号&亡者。右を見ても怒号と亡者、左を見ても怒号と亡者。細かい差異はあれど、視界360度、どこを見ても怒号と亡者。

 いやほんま、この第三のゾーンはきつかったなぁ。なんせな、ここは不衛生極まりない劣悪な環境やってん。
 真冬の夜みたいに寒いし、粉塵とか埃とかを含んだ真っ黒い雨が決して止む事なく降り続いとんのよ。ウェルギリウスさん曰くここの雨は呪われてて、濾過されたり蒸発したりっていう、循環っていうの?そういうのをしない雨水らしくてな。なにそれって感じやねんけど。
 とどのつまり、汚水が延々と降っては蒸留とかそういうの無しで雲になって、そのまま降って来るようなもの。汚れとかはどんどん濃縮されていくわけ。亡者のちびった小便大便とか、吐瀉物とか、血とか、そういうのも含まれとんのよ。悍ましいよな、ほんま。

 そのせいでゾーン全体にすごい悪臭に満ちてるしな。たまにドス黒い雹となって降り注いでくる事さえ有った。ほんまに酷い、最低最悪の場所やった。大地全体が腐ったヘドロ同然で、あちこち絶望した亡者が山積みになってた。あんなもんあかんで。心身ともに病気なるわ。

 極め付けは、ケルベロスっていうとんでもない犬がおんねん。俺、ほんまこいつだけは無理やった。いやだって、マジでただの化け物やねんから。前に話したヒョウとかライオンとかあったやろ?あんなもんお前、ケルベロスに比べたら子猫か子犬みたいなもんや。
 犬してはヤケに長い首が三つも生えててな、目は血の様に赤くて、髭は喰い殺した亡者の脂肪か何かでネットリしてる、んでもって図体は象のようにバカデカい、爪は首刈り鎌のように鋭い。そんなのが亡者を襲い、引き裂き、内臓を引き摺り出し、喰い、大喜びしとるんやで。

 亡者達は冷たい汚水の雨にバシャバシャ打たれて、泣き喚きながら、次から次へとケルベロスに八つ裂きにされとった。哀れな亡者は、亀のように丸まって身を守ろうとするんやけど、ケルベロスにとってはそんなもん、空のティッシュケースを捻り潰すも同然。クシャッと踏んで、ツルハシのような牙で串刺しにして丸呑みよ。惨すぎるわ。

 俺はその様を見た時にビビリ上がった。動く事などできるわけがない。そしたらな、ケルベロスが俺とウェルギリウスさんに気が付き、こっちに近付いてきたんや。狂気に満ちた眼をギラギラさせ、三つの口をガパと開き、血混じりのヨダレを垂らし、全身を震わせながらな。
 
 俺は死を覚悟したよ。
 ああ、終わった。こんなとこ来るんじゃなかった。そう思った時、ウェルギリウスさんが信じられん行動に出た。まるでビビる様子もなく、ひょいと地面から泥をつまむと、それをケルベロスの口の中にぽいぽいぽいっと放り込んだんや。

 ウェルギリウスさんの事を悪く言いたくないけど、この時ばかりは『アホか!!』と叫んでしまった。そらそうやろ、どこの世界に、今まさに自分を襲おうとしてる血に飢えた化け物に汚水まみれのドロを喰わせるやつがおんねん。ほんまに頭どうかしてるんちゃうかと思った。

 ところがや、これほんま怪奇現象並の出来事やねんけど、ケルベロスはそれでクゥーンと子犬のような鳴き声をあげると、みるみる大人しくなってしまったんや。まるで飢えて逆立ってた神経が、満腹になった事で平静を取り戻したようにな。

 いやいやいや、わけ分からんやろ?いやまぁ、ウェルギリウスさんの知恵が凄いのかもしれんけど、ここまで来るとインチキ臭いというか、もう俺の理解の範疇を超えてた。なぜ?って聞く気も起きひんぐらいにな。
 ケルベロス、寝たし。さっきまで俺も亡者も耳を潰したいぐらいギャンギャン吠え散らかしてたのにな。有り得へんわ、助かったから良かったけど。

 ウェルギリウスさんも、一連の流れについてノーコメントやからな。さもそうなるのが当たり前やろって感じで、何事も無かったかのように歩き始めた。それも、地べたに倒れてる亡者達の背中をずんずん、そこに何も無いかのように踏んで。
『え…、何してんの…?』と思ったけど、置いて行かれたら困るから、仕方なく俺も『ごめんな、ごめんやで、踏んでいくで…?』と言いながら、亡者を踏んで歩いて行った。亡者も無言、反応無し。靴が汚れんで済んだ。
 あかん、ほんま話してて自分でも思うけど、カオスよな。ごめんな、混沌としてるけど、全部実話なんよ。信じてくれる?

 亡者はみんな地面に倒れてたけど、しばらく歩くと、ある一人がガバッ!と急に起き上がってこう言った。
『あっ!君、地獄の見学者やろ?僕のこと知ってる?君、僕が死ぬ前には生まれとった思うんやけど』

 なんやそれって思った。だって、その理屈やったら、俺の生まれた年である1265年時点で生きてる人、全員知ってる事になるやんか。そんなアバウトな理由で自分を知ってるかって。

 でもな、下手な事言うたらめんどくさい事に発展せえへんかなと思ったんよ。なんせケルベロスとか汚水とかの劣悪な環境やで。亡者も狂ってる可能性は十分有る。いきなり発狂して襲いかかってきたりとか、そういうイメージはナンボでも頭に浮かんできた。

 そこで俺はこう答えた。
『い、いやぁ…、えーと…。どこかで会いましたっけ?その、ちょっと痩せたりしました?多分、こうした場所に居てはるし、だいぶ変わりはったんちゃいますかね?どうも…、知ってるような…、知らないような…。すんません、どちら様でしたっけ?いやぁ、それにしても大変ですね、こんな酷い所に入れられて…』

 俺がやんわり、どっちつかずの曖昧な返答で場を乗り切ろうとすると、そいつは突然ペラペラと話し出したんや。

『君の故郷は今、欲望でパンパンに膨らんで爆発寸前やな。僕はまだフィレンツェが綺麗だった頃、住んどったんよ。いやー、あの頃の僕は食うのが生き甲斐でな。あだ名は『ブタ野郎』やった。そうそう、僕は過食罪で地獄行きになったんやけどな。食べ過ぎたせいで汚水の雨に打たれて、ケルベロスに喰われるのを待っとるわけ。でも、僕だけちゃうからな!ここにおるのはみんな過食罪で地獄行きになった連中や』
 と、言い終わると、ブタ野郎は何も喋らなくなった。

 俺はこう言った。
『ブタ野郎…、君を見とると、なんかこう、不思議な涙が溢れてくるわ。でもあれやね、同郷やったいうのはちょっと嬉しいわ。へー、昔のフィレンツェはそないに良い所やったん?確かに今は、無茶苦茶やもんなぁ。これからどうなるんやろな、せっかくやし君の予想を教えてえな。分裂したフィレンツェの中に正しいと思う人はおる?逆に誰が地獄に堕ちると思う?』

 ブタ野郎はこう答えた。
『多分、揉めに揉めて、血生臭い結末を迎えるやろな。今、フィレンツェで有力なのは「ローマ皇帝が世界を支配したらええんじゃ!の法王党」やけど、あの内部に二つの派閥が有る。
 ホワイト党とブラック党な。やがてホワイト党がブラック党をボロクソにして、少なくとも三年はホワイト党が幅を効かせると思うよ。でも、なんやかんやで失速して、ちゃくちゃくとプロパガンダ活動などで政治戦略体制を整えてたブラック党が巻き返して覇権を握るはず。そうなったらもう、ブラック党の独裁政治がおっぱじまるに違いないな。
 お先真っ暗やね。頭が良くて誠実な政治家も二名ほどおるけど、誰も相手にせえへんやろな。なんせ、市民は傲慢と嫉妬と欲望に取り憑かれて、アホ同然になってるんやから』

 割と軽い気持ちで聞いたんやけど、ブタ野郎の話はなかなか説得力が有った。聞けば聞くほど絶望感しか無い話や。なんていうか、我がふるさとながら悲しい言うか、情けなくなったな。
 俺の住んでた所はそんな最低なやつらが治めているのかーって思うやん。例えば、自分のとこの市長とか市議会議員が、市民から集めた税金を使って女遊びしてたとか、そういうのでニュースになってたらゲンナリするやろ?そういう気持ち。
 俺はもうちょいブタ野郎に色々聞いてみようと思った。見かけによらず賢いやつ。

 ていうか、ブタ野郎って名前ヤバいよな。いや、これほんまに自分でそう名乗ってたんやで?俺が勝手に名付けてバカにしてるわけちゃうからな。誤解せんといてや?原作にもそう書いてるんやからな。

 ごめんごめん、関係ない事言うてもたな。
 んで、俺はブタ野郎君にこう言うた。
『それで、それでどうなるん?もうちょい詳しく聞かせてくれへんか。君の話は何かこう、上手く言えへんけど、核心に迫る何かが有ると思うんや。
 今でこそ、そんな汚職と私欲まみれのクソみたいな政治家の巣窟状態なわけやけどさ、過去には良い政治家もおったわけやん?ほんまにフィレンツェ市を良くしようと尽力してた人達、例えばファリナータ氏やヤーコポ氏、モスカ氏とかテギアイオ氏とか。あの人達はホンマモンの政治家やろ?
 そんな彼らは、今どこにおるんやろ。天国で頑張りを讃えられてるんやろか、それとも、この地獄で裁かれてるんやろか。結構、気になる所やねん』

 俺が言い終えると、ブタ野郎はこの世の終わりみたいな切ない顔になって、こう答えた。
『確かに彼らは高潔な意志を持ってたけど、そんな彼らもまた罪人なんや。罪の重さによって、ここより更に深い、黒ーい魂達の蠢く地の底に沈んどる。君がそこまで降りる事が出来たら、会えると思うで。
 …うっ!話はここまでや。これ以上、僕は何も言わんとく。何を聞かれても答えへん。最後に頼みがあるんやけど、ええか…?君が旅を終えて現世に帰ったら、みんなに「宜しく」と伝えてくれ。じゃあな。…うおおおお!!』

『!?どうしたん急に!ちょっとちょっと!』

 突然、話を終わらせたかと思うと、ブタ野郎はいきなりロンパリ目になって震え出し、川のようになってる亡者の群れの中にダイブ。あっという間にぐちゃぐちゃになって、見えへんなった。さっきまで普通に話してたのに、どういう事?おまけに、みんなに宜しくって。みんなって誰…?

 俺が口をポカンと開けて唖然としてると、いつの間にかウェルギリウスさんが隣に立ってた。俺はブタ野郎がどうなったのか気になって、尋ねてみた。

『彼は…、ブタ野郎君は亡者の波に揉まれて消えてしまいましたけど、これからどうなるんですか?』

 ウェルギリウスさんはヒゲを撫でながら教えてくれた。
『うん、定期的に天使のブラスバンド演奏会があるんやけど、その日が来たらまたウロウロしだすんちゃうか。その催しにはキリストさんも出席するんやけど、その時に不思議なパワーで砕け散った亡者達にも姿形を与えるわけや。
 無論、それは演奏会を一緒に楽しませる目的ではない。肉体を得た魂達は、ある場所に集められてな、みんな自分自身の罪が事細かく刻み込まれた墓石を演奏が終わるまで見させられるんや。苦行よ。分かりやすく言うとやな、他所で楽しいイベントやっとる時に、延々と有罪判決を繰り返し聞くの刑!やな』

 自分これどない思う?いやー、キリストさんの事をこんな感じで言うのは恐れ多くて出来るわけがないんやけど、ここだけのハナシな。
 どういう思考回路をしてたら、そんな事しようって思うんやろな。うーん、なんていうんかな。亡者を裁くのは分かるんやけど、やり方が特異過ぎるというか、もはやシュールなんよな。うすた京介さんのギャグというか。常人の発想じゃないっていうか。いや、キリストさんは常人じゃないんやけどな。
 だってさ、思いつかんくない?天使の演奏会の日に罪が刻まれた墓石を終わるまで見させるの刑!とか。その辺がほんま、俺はちょっと謎やったなぁ。亡者を苦しめる方法を、そんな変わった方法にする意味が有るんやろか。どうでもええっちゃええんやけどな。

 そこそこ話せる同郷の人がそんな目に遭うんやなと思って、なんか陰鬱な気分になりながら、俺とウェルギリウスさんは相変わらず不衛生な道をネトネト歩き出した。
 俺はやっぱブタ野郎の事がちょっと気になってた。んー、別に心配とかじゃないんやけど、一応同郷の人やったわけやん。彼が最終的にどうなるのか、そのへんは言うたら俺にとっても他人事やないし。ウェルギリウスさんに聞いてみた。

『ウェルギリウスさん、もう一ついいですか?この地獄の責苦って、最終的にどうなるんですかね?全フロア、責苦を受け終わって、最後の審判的なモノが有るんやと僕は想像してるんですけど、それが終わった後って、何が待ってるんですか?
 ええと、責苦は終わるんですか?終わらんのですか?終わらんのやとしたら、苦しみは減るんですか?増えるんですか?それとも、特に変わらんのですか?』

 今思えばやけど、ウェルギリウスさんは俺のこういう質問の仕方が嫌いやったんかなと思うねん。
 いやその、一つの質問の中に疑問が多く含まれてる感じの聞き方な。やりがちやねんけど。なんかなー、俺も必死やから気が付かんかったけど、こうして思い返すと、こういう時に答える口調が冷たかった気がしてるんよな。
 でもしゃあなくない?全体が謎なんやしさ、一言で聞いたら、聞きたい部分を押さえられん感じするやんか?

 ウェルギリウスさんはこう答えた。
『自分で考えてみたらええやないか。お前もそれなりに勉強してきとんやろ?例えばほら、こないだお前、アリストテレスの哲学書を読みまくったとか言うてたやんか。
 勉強して得た知識は、使ってナンボや。哲学を学んだなら、今の状況に当てはめて解釈してみたらええがな。自ずと答えは出てくるやろ?何?分からん?ホンマに読んだんか?アリストテレスはこう書いてたやろ。「完璧主義はしんどい。完璧に近づくと、近づこうとすると、苦しみは増えるばかりや」とな。
 つまりや、呪われし亡者は審判の後に肉体を取り戻すから、ナンボかでも完璧に近づくわけやろ?そやから、今よりしんどい目に遭う、こういう事や。どや!分かったやろ!』

 そんなもん誰が分かるいうねん。あかんあかん、ウェルギリウスさんに文句言うみたいになってまうし、もうこの辺の話は省くわな。
 要するにあれや、凄い人の頭ん中はよう分からん。俺は今でこそ天才みたいに言われてるけど、別にそんな事ないからな。ただ地獄やら煉獄やら天国やら旅したってだけで、そこらの人と変わらんのよ。そやから、キリストさんやウェルギリウスさんのイカつい天才っぷりにはついていけへん事が多々有った。

 ハナシ戻すわな。
 ちょっと間したら、下のフロアに続く階段が有って、珍しくマトモな方法で移動やなーと思いながら降りて行った。

 そこにまたしても化け物がおったんや。こいつも怖かったなぁ。プルートウや。アトムちゃうで。
 
 
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