第45話:東北への石油輸送作戦2

文字数 1,220文字

 DD51の運行は、新潟から会津若松までを東新潟機関区の運転士が担い、会津若松から郡山までを郡山総合鉄道部の運転士が担当することになった。東新潟機関区は規模も大きく、DD51の運転士はすぐに確保できたが、郡山側では人選が難航した。遠藤さんを含め郡山所属の4人が選ばれたが講習会直前に1人が辞退を申し出た。インフラが途絶え、自宅の水や食料を 運ばなければならないとの理由だった。
「欠員が出たんだ。悪いがナベさん、いってくれないか」

 運転課長から電話を受けたのは定年まで1年を残すベテラン運転士、渡辺勝義さん・当時59歳だった。ここ数年は駅構内での貨車の入れ替え作業を専門にしていた。
「俺にまで回ってくるとは…」DD51を運転したのはもう10年以上前。力士の様な馬力を思い出す。「もう一花咲かすか」渡辺さんは拳を握った。その後、磐越西線ルートでの石油輸送が正式に決まった。線路を管理するJR東日本では、補修の人員を東北本線などから磐越西線に転進させる措置をとった。磐越西線の沿線は、水田地帯や山岳部など地盤の不安定な部分が多い。

 震源から離れていても揺れの影響は大きく、レールのゆがみ補正など70カ所以上の補修が必要となり作業は不眠不休の突貫工事を強いられた。一方、会津若松から郡山間の運転を担う郡山総合鉄道部所属の遠藤文重さん、渡辺勝義さん、青木実さん、中村圭志さんの4人は3月21日、輸送に使うディーゼル機関車DD51の運転技術講習のため、愛知県にあるJR貨物の稲沢機関区に向かった。同機関区は日本で唯一、DD51の運転講習が可能な施設だった。
「運転の難しさはディーゼルが格段に上だ」
「電気機関車は自動車で言うとオートマチック車みたいなもの」

 運転士はそう口をそろえる。運転免許は別だが、JR貨物でも最近では使用頻度の多い電気機関車の免許しかとらない運転士が多い。「いつまで石油くさいのに乗ってんだ」。そういって笑う電気機関車の運転士もいた。しかし今、時代遅れのディーゼル機関車と運転士たちが、最大級の天災に見舞われながら力を発揮しようとしている。DD51は2台を連結し、1つの運転台から操縦できる重連機能があり、その分、計器類や操作部が多い。遠藤さんが一つ間違えれば発進しなかったりブレーキが作動せず事故の恐れもあると語った。

 稲沢機関区での講習は時速25キロ程度で練習線区を何往復もする。郡山の運転士4人のうち中村さんはDD51の乗車経験がなく講習では苦労したという。ただ残る3人の運転士はDD51にしばらく触っていないとはいえ十分なキャリアを積んでいる。渡辺さんは、10分で思い出した。磐越西線ルートでの石油列車の初便は3月26日に決まった。初便の運転士に指名された遠藤さんは一足早く郡山に戻った。すでに線路の補修は完了しておりタンク貨車タキ1000の入線確認も、JR東日本仙台保線技術センターの尽力もあり、わずか3日で完了していた。
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