世界の仕組み

文字数 4,974文字

閉ざした瞼の外側が明るくなり、視界が真っ赤に染まる。

──どうやら、着いたみたいだ。

しかし不思議だ、大して時間は掛かっていないと認識している。にも関わらず、もう多元宇宙……異世界に転移したと言うのか。

どんな風景が、街が広がっているのだろうか。

俺が住んでいた都会とは異なり、大自然に満ちた美しい世界。きっとそうに違いない、と、俺は張り裂けそうな胸を落ち着かすように深呼吸をしながら瞼を開く。

──いざ、異世界ワー……

「こ・う・や・だ・と……ッ……!!」

ちょっと待ってくれよ、何だここ。見渡せど茶色い荒野しか見ることができない。
小さく“ポツン”と村らしき物がみえるが、あの様を見る限り間違いなく距離はあるだろう。

「何だよこれ、異世界に来てイキナリ訳分からんモノローグ始まったんですけど!?  魔物とか居るんですよね!?  全裸当然ですよ!?」

俺は、自分でもわかる程顔を崩し訴えた。
届く訳もない、あの女神様、シエラに向けて。

だが、どうしたものか……。

見知らぬ土地に、何も無い俺が一人。

そして、人通りもまるっきり無い。

時間は、陽の落ち具合からして夕暮れ時だろう。

夜まで後、数時間。街頭もなければ、火を起こす手段もない。

「どーしろって!!」

俺は、自分が降り立った大理石で出来た祭壇らしき場所の階段に腰を掛け頭を抱えるしか、やる事が見当たらずにいた。

人とは本当に無力だと、身を呈して感じる。

「お前さん……。中々ユニークなやつだな??」

──ッ!!

声がした。その威厳ある声の方向を向いたが、在るのは一本の禿げかけた太い木。
実も実ることの無い、そんな寂しい木が喋った。

「ユニークって……木なのに喋る、貴方も十分ユニークだよ」

俺は、大して驚きはしない。それは、ラノベやゲームで付いた免疫。
日本で起こったならビックリぐらいするだろうけれど、ここは異世界。

それぐらいはあって当然。つまるところ、彼は精霊が宿っているとか、そう言った所だろう。
だからこそ、何処と無く貫禄を感じてしまっているに違いない。

「何馬鹿な事言ってるんだ??  木が喋る訳無いだろ?  あははは……いや、訂正。喋りはするが、普通の人には分かりえない事だから、駄目だから」
 
──ふむ?  さり気なく馬鹿にされたよな??

じゃあ、一体誰が何処で、どんな風に話を、声を発しているというのだ。

「えっと、馬鹿にされてるのは置いといて。何処にいるんですか??」

「──しょっと……。やあやあ、初めて会った気がしな」
「初めてです」
木を揺らし、危なっかしく一本の枝から人が人が降りてきた。そして、俺を見るなり素晴らしい笑顔を見せる。
──眩しい!!  てか、そうだ、なんだこの人。

全身緑の洋服に、海賊の帽子のような物から覗かせる銀髪に赤い瞳。
異世界の人は皆、こんなかんじなのだろうか。

そんな怪しい男は右手を上げながら近寄ってくるではないか。

「そんな距離を置くような言い方しなくても良いじゃないか。アハハはっ」

「ちょ?!  痛いですから!!  肩強く叩き過ぎですから!!」

このフレンドリーな感じなんだ?
軽すぎだろ、この人。

「ぁあ、すまんすまん、俺は案内役の“ラハル”まあ、この世界の元神だね」

「──ん??  案内役??  元神??」

俺は、誰しもが疑問に思う事を述べた。

述べただけにも関わらず、この神は口をあんぐりと開け、瞼を見開き沈黙する。

いやいや、俺何か聞いちゃまずいこと言ったか?
いやいや、言っていない。寧ろ聞かなきゃダメな事だろ。この世界で生きていくには。

だからこそ俺は力強い視線を彼に送る。

「君、シエラから何を聞いてきたのかな?」
「何も」

「……ふむ、この世界の情勢とかは?」
「何も」

「…………。なら、俺の存在と言うのは?」
「……何も──と言うか、なにもかも知りません。すっ飛ばしました」

「ふむ……。真道陸君??」 
「はい?」

「チェストー!!!!」

──痛っ!!

くっそ、顔面殴りやがった……グーで殴りやがった。

鼻が、鼻がッ……。

「とりあえず、この世界“リュミカ”の情勢から説明しなきゃ駄目って事だね……。仕方が無い、とりあえず、もう一度顔を差し出しなさい」

「な、なんで……、態態また顔を……」

「左の頬を叩かれたら右の頬を差し出しなさい。その寛大な心が大切なのですよ」

「ふっざけんな!!  それらしい事言ってんなよ!?  と言うか、真正面からやられてんだよ! 差し出しようがないだろーが!!」

「──ッ!!  あ、そうか……失敗した」

──あなた、確実に私情を挟んでいませんか??

元神を名乗る、ラハルは傍から見ても分かる程しょげた態度を、目を伏せながら作りつつ深い溜息をつく。

──いや、溜息付きたいのはこっちですよ、ラハルさん。

通り過ぎる、乾き弱い風は、何も知らずと髪を梳かし続ける。そして鼻から感じる土の匂いが心を落ち着かせてゆく。

「この世界はね、魔王の手によって掌握されつつあるんだよ」
ラハルは、おどろおどろしい声を出しつつ言う。が、良くある話だな。しかし、俺はこの話に疑問をずっと思っていた事が一つある。

これはいい機会だと、尋ねる決意をし、
「ちょっと言いですか??」

「ん? なにかな」

「世界を作ったのって神様なんですよね?」

ラハルは、今更何を聞くのか。と言いたげに首を傾げ、
「そうだけど、それがどうかした?」
「じゃあ、何故、態態、魔王を作ったのさ?」

ラハルは、少し竦み上がるような素振りをみせながら、俺の目は見ようとせずに、言いにくそうな表情を作る。
だが、この疑問は謎で仕方が無い。何故、態態、人の暮らしを脅かす者を作る必要があるのか。

「えっとね」
さっきの反応から暫くして、重い口を開くように、ゆっくりとした口調で言葉を発した。

「はい?」

「魔王と、今は呼んでいるけど……。元は神なんだよね。つまり、闇堕ちしちゃったんだ。理由は分からないが、奴は闇堕ちした」

「……!?  つまり、神様が自分達の世界を危機的状況に追いやっている。と言う事!?」

「そう言う事になるね。だから俺も“元は”と言う位置付けになっている。ようは、逃げてきた腰抜けなのさ」

何となくだが、分かった気がする。
これは、流石の想像力と自分でも褒めたくなる、褒めちぎりたくなる。
つまり、この世界を創った神の一人が闇堕ち……堕神となり、世界を破滅に向わせていると言う事か。そして、堕神は人の代わりに魔物を創り出したのだろう。

しかし、なら何故、
「戦わないの??」

その言葉には、すぐ様に首を横に振り、
「戦っていたさ。それでも、敵わなかった。力を半分以上封印された俺は尚のこと敵わない。だから命への渇望が強い人には、隠された才能を開花させる事にしたんだ。生きたいという欲は能力を向上させるからな」

「隠された才能……??」

「ぁあ、そうだ。人は俺達に似せて創った。故に眠りし才能がある。だが、神には敵わないかも知れない。しかし、人々を守ることは出来るだろう」

──なるほど、だからシエラは、強く生きろと俺に言ったのか。

「でも、なら何で、ここの世界の連中に頼まないんだ??」

自分の世界だ。そう言う使命感になるのは当たり前の筈。

しかし、ラハルは目を閉じ、俺の思考を見透かしてるように否定をした。

砂を攫う風が、少し肌寒く感じ。陽は段々と落ちてゆく。
俺は、一日の過ごし方よりも、それ何かよりも、ラハルの返答が気になり仕方が無かった。

「魂が一度、天に近づかなければならないんだよ。じゃなければ器が力に耐えきれない」

似たような話は聞いたことがある。
人は命を落としたら仏になる、なんて話を。

だとしたら、ラハルの言っていることは辻褄が合う。
「しかし、それでも漏れる才能と言うのは少なくはないんだよ」

「それが、なるほど。天才や神童と言われる人達か」
 
なら、彼等が転生したらどうなるんだろうか。

正直、アッチの世界で生きていた俺には、ずば抜けて得意とするものは無かった。唯一、何故だか動物からは好かれていたっけな。

俺は何故だか動物が嫌いなのに、報われない特技だ。

「そうなるのかな??  しかし、こんな世界。殆どがそれを拒否するんだよ」

「ん??  天国を選ぶと言う事??」

「いいや、違う。そうだな、考えを正そう。天国と言うのは、天界なんだよ。その天界はもはや、暗澹に染まっている。だから、皆は生まれ変わりすら拒むんだ」

見えてきそうで、話が全く見えてこない。
生まれ変わりも拒むって事は、魂だけがこの地に留まるって事になるのか。
そうだとしたら、それは幽霊という事になる。

「そんな考え苦しむような顔しなくたっていいよ」

──俺、そんな険しい顔してたのか……。

「真道陸君も、見てきたはずだよ?  あの暗い世界を。シエラと話したあの場所を」

「……あの綺麗な場所??」

「そうだよ、あの場所で何か感じなかった?」

俺は、あの時感じたものを包み隠さず話した。懐かしくもあったあの感覚を。

すると、ラハルは満足気な表情を浮かべながら天を見上げ、

「そうだろーね、あの空間は母体と言ってもいい。生と無の狭間、俺達はそう呼んでいる。あの場所はな?  夢を見せるんだよ」 

何かに、思いを馳せてるかのようにラハルは穏やかな喋り方をする。

先程の緊張感を感じざるを得なかった。
いつの間にか、重々しい雰囲気はガラリと変わっていた事にその時、俺は気がつく。

「夢??」

「ぁあ、夢だ。君はあの空間で輝く物を見なかったかな?」

「見た。と言うか見蕩れていたよ。あれは本当に綺麗だった。七色に輝いていてさ」

「そうか、それは喜ばしい事だね。あれは人の魂、記憶の塊なんだ。言わば生きた証だね。人はその中で夢を見る、過去を未来を可能性を永遠に」

そんな秘密が、あの空間にあったのか。

しかし、その話を、民を重んじるような仕草で口調で話すラハルはやはり神様なのだろう。

何故だか、その時のラハルからは神々しい物を俺は感じていた。

民を愛するが故に無理強いも出来ず、それでも世界を守りたい。と言う気持ちが、きっとラハルを苦しめ、悲しませているに違いない。と、俺は勝手に解釈し理解する。

それなら、一度奪われた命で、命を奪おうとする奴らから、人々を助ける。なんて事も大いにありだ。

立ち上がり、俺は黄昏に照らされ、神々しいラハルを視野に入れ、
「分かった。それなら、何処まで力になれるか分からないけれど。助けになるよ、寧ろそのつもりで転移はしたんだけどさ」

「本当か?」

「ぁあ、本当。ラノベやゲームで培った才能で攻略してやるぜ!!  でも一ついいかな?  せめて、転移先を街にしてくれないか??  これじゃあ、遠いすぎだろ、あきらかに」

「??  ……ぷっ」

──ぷ?  あれ、俺、今確実に笑われたよな。

さっきのシリアスな感じどこいったんだ。

「いやいや、いやいやいやいやいや、真道陸君?」

いやいや言い過ぎだ。腹立つからやめろ。

──完璧に馬鹿にしやがって!!

「何で、魔王とかそう言った所には気が付くのに、こんな事には気が付かないの??  考えてみてよ??」

笑いを堪えているのか、肩を揺らしながら口にするラハルを睨みつけながら、怒りに身を任せ、

「なんですかね?? 何なんですかね??  ラハルさん」

「ぷぷ……」

──こいっつ!!

「街に転移したら、街の人達が驚くじゃないの。急に現れるんだよ??  ビックリして混乱に陥るに決まっているじゃないの。魔物かと勘違いされるに決まってるでしょ?」

──その勘違いされるってのは、俺の顔が魔物見たいに怖い。とか、そういった事は含まれてませんよね?  大丈夫ですよね?

まぁでも、確かにそうか、だから人目が付きにくい場所を選んでいるのか。

しかし、このまま認めるのは尺だ、
「そんな事より、早く俺に力を託してくれないか?」

「あ、ぁあ。それもそうだな、じゃあ、その祭壇の中央に立ってくれ」

見事に話を逸らすことに成功し、俺は言われるように、自分が降り立った、不思議な彫刻が施された祭壇の中央へと立つ。

どんな能力、才能、可能性が備わっているのか。考えると不思議と気持ちが高揚してくるのが分かる。

待ちに待った異世界ファンタジーが俺を待っているんだ。

「じゃー始めるよっ」

その言葉と同時に足元は浅蒼く輝き始め、視界は光で歪み。目眩しをくらったかのように視界が一瞬にして奪われた──。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色