ハヤシライスな日常

文字数 2,025文字


「オレはハヤシライスにするよ」
 学食の食券販売機の前で、シュウイチはいつもの口調でそう言うと500円玉を入れてボタンを押した。
「オレはカレーにしよーっと」
 ヒロヤはカレーライス。ウチの学食のカレーは辛くて美味いと評判らしい。

「タカシもたまにはココのメニュー喰ってみればいいのに」
 ヒロヤがオレに言う。オレはいつも弁当だからどちらの味も良く知らない。けど少なくとも、シュウイチみたいに毎日ハヤシライスを頼むヤツは見たことがない。


 オレはタカシという、勉強もそこそこ、部活もそこそこの平凡な高校2年生だ。明日から夏休みという金曜日の昼、同じバスケ部のシュウイチ、ヒロヤと一緒に学食にいた。

 シュウイチはバスケ部のエース。成績も良くて男子からも女子からも好かれている。ヒロヤもクラスは違うけど同じバスケ部で、勉強はできないけどいつも明るい人気者だ。

「お前はまたハヤシライスかよ。もう名字をハヤシに変えてしまえ」
 汗をかきながらカレーを食べるヒロヤがシュウイチに言う。いつもクールなシュウイチは何も答えずハヤシライスを口に運ぶ。


 カレーライスかハヤシライスだったら、オレは迷わずカレーを頼む。
 スパイスがいっぱい入っていて刺激的だし、具のバリエーションも豊富だ。カツカレーなんて派手でいいじゃないか。

 それに比べてハヤシライスはどうだ。辛くもないし甘くもない。特別な具が入ってるわけでもないし値段も平凡だ。何にも特徴がない。まるでオレみたいだ。

 カレーライスとハヤシライスの匂いに挟まれながら、オレは弁当をパクついた。


 夏休みに入ってすぐバスケ部の合宿が始まった。風の通らない体育館で朝から練習、練習。オレはレギュラーってわけじゃないから、とにかく反復練習だ。

 午後になって、レギュラー組が紅白戦を始めた。オレはシュート練習をする手を止めてシュウイチを見た。お手本のようにきれいなフォームからスリーポイントを放つ。虹みたいな軌道を描いてボールがゴールに吸い込まれた。

「ボーっと見てるとケガするぞ~」
 うしろから突然ヒロヤがオレに話しかけてきた。背は低いがジャンプ力があるからコイツもレギュラー組だ。けど、今日は足が痛いとかで紅白戦には出ていない。
「何見てたんだ?」
「いや、やっぱシュウイチすげえなって」
「ああ・・・でも最近ちょっと悩みごとがあるんだと」
 ヒロヤとシュウイチは幼なじみだ。帰り道も一緒だし、オレの知らない話もしてるんだろう。
「え、どんな」
「オレの口から詳しくは言えないけど・・・好きな人ができたんだとさ」


「ちょっと寄り道していかないか」
 2週間に及ぶ夏合宿が終わったあと、オレはシュウイチに誘われて夜の公園にいた。
 2人で練習のメニューや次の県大会のこと、コーチへの文句とかをひととおりしゃべったあと、シュウイチはふとベンチから立ち上がり夜空を見上げた。
「あのさ」
「うん」
「お前のこと、好きだ」
「うん・・・うん?」
「つきあってほしい」
「え?」
 シュウイチの顔を見上げると、いつの間にかこっちを見ている。

 自慢じゃないがオレは今まで恋愛経験が一度も無かった。こういうときどうするものなのか想像もつかなかった。
「あ、少し・・・考えさせて」
 息も絶え絶えに、何とか答えた。
「うん、わかった」
 そう言ってまた夜空を見上げたシュウイチの表情は見えなかった。


 合宿が終わってからも夏休みは続いていた。オレは、シュウイチの気持ちを受け止めきれないでいた。

 なんでオレなんだ?こんなオレのドコがいいんだ?

 ひとりモヤモヤした気分のままテレビを観ていたら、老舗レストランのハヤシライスの作り方が紹介されはじめた。

 セロリやタマネギとかを細かく刻んでそれをアメ色になるまで炒める。小麦粉とバターでルウを作る。骨やスジ肉を煮込んでブイヨンを仕込む。そこに牛肉を入れて何時間も煮込んで、それを寝かせてまた煮詰めて・・・。

 ハヤシライスも、作るのって意外と大変なんだ。色んな材料を刻んだり炒めたり煮込んだり寝かしたり。平凡な料理に見えるけど、たくさんの手間と時間がかかってるんだな。

 ・・・アイツはオレに思いを伝えるのに、ひとり思い悩んだのだろうか。手間と時間をかけて、恋心を煮込んだり寝かしたりしたのだろうか。

 そしてオレは。
 オレは何をしてきたのだろう。


 夏休みが終わって最初の登校日。母親が珍しく寝坊をして、弁当を作っていなかった。
 昼休みの学食で、2人と一緒に券売機に並ぶ。

「オレはハヤシライスにするよ」
 シュウイチはいつものようにハヤシライスの食券を買った。
「お前は何にすんの?」
 ヒロヤがオレに聞く。

 平凡なオレには平凡な日常しか送れない。
 でも、だからといってそれがツマラナイってわけじゃないんだ。
 刺激が無くたって、派手じゃなくたって、オレの日常には価値があったんだ。

 オレはポケットから500円玉を出しながらこう言った。
「オレも、ハヤシライスにするよ」

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