迷探偵イチヤ

文字数 2,236文字



 四人の声が同時に重なった。

「マジか! あ、あれを……無くしたのか」

 タイチも相当焦った声で問い詰めた。その勢いでマリアが余計に不安げになる。しまったと、気づいて口ごもるタイチ。

「ちょ、ちょっと! 分かってんの? 無くなった(・・・・・)んだよ? 困ってるの本人じゃん。それに、マリアの物じゃん。どーしてそんなにタイチが責めるのよ!」

「あ、いや……」

 アイの猛烈な抗議にタジタジになるタイチ。

 
「フッフッフッ」

 これまでうつむいて黙っていたイチヤが、不適な声で笑い出す。

 皆が怪訝な顔をした。あまりよい傾向ではない。イチヤをよく知っている者ならそう思う。演技っぽく喋るのは、何かのキャラになりきっている証拠だからだ。

「溶けない氷がないように、この世に解けない謎はない」

 今なら日曜の夜6時にテレビを付ければ必ず聞こえるそのフレーズ。

「普段は根暗な中学生、それは世を忍ぶ仮の姿――」

 忍んでないし、本業だし、全然自分を誉めてないし。突っ込みどころありまくりだが、今は止めさせるのも面倒くさい。

「名探偵イチヤ、登場!」

 はいはい。アイとトシカズのため息が特に激しかった。

 もう誰の嘆きも聞こえない。イチヤは急遽呼ばれた探偵を演じて、部屋の真ん中に進み出た。踵を中心にみんなの方に向き直ると、見えないマントがはためく。

「諸君、これは事件だ! 間違いない!」

 人差し指を立て、眼鏡のブリッジに添える。

「おい、野次馬! 勝手に物を触るな! アイ君、すぐに現場の保存だ!」

「野次馬って僕かよ!」

「『保存』って? 写真でも撮るのぉ?」

「こんな時は女性の方が冷静だな。その通り! ほら、助手、さっさとカメラを出さないか!」

「え? ぼ、僕?」

 自分を指差すトシカズ。流されやすい彼は、困惑しつつも付き合うことにして、ジーパンのポケットからスマホを取り出した。

「ようし。今からは誰も部屋を出てはならない! 君もだぞ」

 探偵は忘れ去られていた私にも警告してきた。

 イチヤはすっかりやる気になると、どこかから調達した鉛筆の先を舐め舐め、取りだしたメモをめくった。

「まずは被害状況の確認だ。ひとりづつ、名前と無くなったものを言いたまえ」

「いまさら名前ぇ? あー、えーっと……(ひそひそと)ねえ、いつまで続けるの、これ?」

 同じく声をひそめて、

「僕が知るもんか!」

 とぼやくトシカズ。

「こら、私語すんな! はい、そこの君からだ! トシカズ!」

「自分で名前いってるじゃん! もう……わかったよ! はいはい、トシカズです。無くなったものは、メガネケース!」

「よろしい。えー、と・し・か・ず……メガネケース……100カラットの……宝石のついたやつ……っと」

「付いてないし!!」

「はい、次はそこの貴婦人!」

 マリアは少し落ち着いてきたようだ。

「え? ああ……マリアです。無くなったものはカメオのブローチ」

「うーん、さすが貴族の奥様、良い趣味をなさっていますねえ。それはお高いんでしょう?」

「ま、まあ……」

「はいっと、次はそこの赤毛のお嬢さんだ。レディ、君は何を無くしたのかな?」

「れでぃ? 意味わからん」

「名前を言うの!」

「う゛ーーー、アイだよ! 無くしたものは……恋心かな? わぁ! ハズい!」

「こーらー、真面目にやれ!」

「そんなこと言ったって! 私、何も無くしていないもん!」

「それは本当かな? 貴方の心は迷いの霧に包まれて、何も見えていませんね……」

 イチヤはわざと遠回しな言い回しで、アイを苛つかせていた。

「そう、私には見えます……お嬢さん、あなは先ほど大事なもの(・・・・・)を置きましたよね? それは何ですか?」

 アイの頭の上に?のマークが浮かぶ。本気で分からないようだ。

「えー? 大事な物ぉ? クマのラッフィでしょ? ポンピングラビットでしょ? あとさっきここにあったのは……あれ? スプーンは?」

 アイは気づいて飛び上がった。勉強机の方にだだっと走り、ケーキの乗っていたお盆をつかむ。

「あ!! 無い! どこにも! 私のハートマークのスプーンが、どっかにいってる!」

 パニックになるアイの様子を、イチヤは満足そうに眺めていた。

「ほらね、自分は平気と思う者ほど、真実は見えないものさ」

「ねえ、イチヤは何も無くなっていないの?」

 トシカズが素朴な質問する。

「僕は探偵なんだぞ! プロが自分の物を無くすものか! こうやって僕の宝のデッキはこのポケットにある」

 取り出して見せたデッキは、確かにイチヤが家から持ってきたセットだった。

「本当だ……あれ、でもさっき乾かしていたレアカード、そこに入っていないよね?」

「え……?」

 真顔になるイチヤ。慣れた手付きでカードを手早く床に広げて見せてから、青い顔になる。アイのように机に走っていって、そこで真実に気づいて床に崩れ落ちた。

「オー!! ノー!!! 僕のプレミアム・デッキたち!! 小遣いはたいて、子供なのに大人買いしてようやく手に入れたのにぃぃぃ!!!」

 床に突っ伏しなげくイチヤ。タイチとトシカズは逆に呆れるを通り越し、同情の目で友人を見下ろしていた。

「……とんだ探偵だな、おい」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み