学校帰りの遭遇 3
文字数 1,561文字
光が消えて、目を開けた。
しゅうしゅう、と音を立てて、真っ黒になった周囲の石畳が煙を上げている。
何が起こったかはわからないが、相当な熱量の何かが降ったのだ、と、地面から感じる熱い空気でヒナは気づく。が、それをなぜ自分が冷静に考えられているのかはわからない。まるでくり抜いたように、黒くなっている石畳の中、二人が立っている場所だけが変色もなく無事だった。
体はどこも痛くないし、怪我も何もないようだ。
ただ周りの熱気がすごい。真夏の石畳よりも熱い空気が漂っている。
何が起こったのか、ともう少し周囲を見ようとしたヒナは、さっきまではなかった人影が目の前にいるのに気づく。
「分かってたとはいえあっぶねーなぁ」
青い髪。
一瞬思考の全部が奪われそうなほど鮮やかな青の髪を風に散らしつつ、青年らしき存在が背中を向けて立っている。その足元の石畳も変色していない。
知らない人だ。
そもそもこんな髪の色した人をヒナは見たことがない。
青い髪の男の周囲には、解析なのだろう数列や文字列などが何層にも連なっている。空にほぼ平面で大きく広がるそれとは異なり、彼を取り巻くようひどく細やかに、重層的に織り重なり表示されていて、一層あたりの状態が見え辛くなっている程に細かい。
呆然とそれを見ているヒナたちの方を男が振り返った。男の長い袖や裾、飾りの多くついた服が翻る。
長めの青い前髪の奥から、黒い目が、何かを調べるようにヒナたちに向けられた。
「えーっと、無事か?」
「あ、はい、大丈夫です」
「そりゃよかった。で、ヒナってのはどっちだ? ……いやこの際どっちでもいいや。面倒だし両方守れば問題ないだろ」
「あなたは、誰?」
向こうはヒナの名前を知っている。
が、ヒナに見覚えはない。
何も言わないから、おそらく隣にいるサクヤもだろう。
抱いた疑問そのままに相手へ誰何するヒナに、男は一瞬目を丸くして、少し考えた後に片手で頭をかいた。その間に何かを言おうとして何度かやめ、けれど飽きることなくじっと黙って返事を待つヒナたちを見て、諦めたような、投げやりな様子で口を開く。
「名前は、レイ。この場合、ケセドの知り合いって言えばわかりやすいか? 見ての通りの解析士だよ」
「塔の方ですか?」
ここで初めて口を開いたサクヤに、レイはふるふると頭だけを横に振った。
「いや。俺はここの塔の所属じゃないし、どこにも所属はしてない」
「え?」
そこで初めて訝しげな顔をしたサクヤに、レイは二人から視線を外して空を見上げる。
そこにはまだ、あの大きな解析の何かが広がったまま輝いていた。その上、さっきの光と同じものを他の場所でも降らせているのか、真上ではないものの空の他の場所で発生しているらしいまばゆい光の欠片が、チカチカとヒナたちの元にも何度か届く。
その光だけならまるで遠くの空を走る稲妻のようだが、自分たちの周囲の状況を思えば、そんな生易しい現象でないことは明らかで。
しばらくそれを眺めたレイが、深々と息を吐いて、言う。
「はー。時間かかってんな。せっかくこっち助けてやったってのに、まだ動揺してんのか? あいつ」
仕方ない、とレイは呟いた。
ヒナにも、そして多分サクヤにも何が起こっているのかわかっていない。
そしてレイが何をしているのかも全くわからない。
守る、助けた、と言っていた。そしてこの状況から、ヒナたちが無事なままなのは恐らくこの彼が何かしたからで、だからきっと悪い人ではないのだろうと思う。でも今はもう、またこちらに背中を向けたレイが、それ以上何かを尋ねていい雰囲気ではなく、ヒナたちは二人してただ起こっていることを見るしか出来ることがない。
何もかもわからなすぎて、気が遠くなりそうだ。
ただ、繋いだままのサクヤの手の先が冷たいなと思った。