第3話 それでも説明は続く ~そしてちょっとした気遣い

文字数 2,472文字

 ソウルセイバーが与える特典について、ルールの話をするね。
 いくらご褒美とはいえ無条件で何でも聞き入れられるわけじゃないんだ。

 ひとつ、
 記憶を保持したまま、人生のある時点に、当時の姿 もしくは 今の姿で戻れる

 ふたつ、
 …ええっと、そうそう!
 期限は、過去のある特定の1週間、『数日に分けて複数回』は、認められない

 みっつ、
 滞在による干渉は、過去を大きく変化させるものであってはならない
 過去の自身との長期接触、知り合いに正体を明かすのもNGになる

 よっつ、
 過去の他者を傷つけるのもNG

 端的に言うと、歴史を大きく変えることは認められない。ごく個人的で過去から見た未来にほぼ影響しない内容であることが必須

         ***

 「たとえば、喧嘩して、お前なんか死んじゃえ! と言って、直後に相手が事故死したら? 後悔が残るよね。そんな場合、過去に戻って喧嘩を避けたり、投げつけた言葉を言わないようにしたり、言った後も、すぐ謝るといったことは、できる。けど、その相手の事故死を防ぐことは許されない。それなら意味がないと見るか、救いにはなると考えるか。それはその人次第だね」

         ***

 いつつ、
 万一違反したら、魂は極限まで削られる。君のだけじゃない、その違反で利益を得た相手のものも。メイの例の場合、事故を防いだ本人も、救われた相手も、揃って魂が芥子粒くらいにされる。自分ではそうと知らないままで、ほんの爪の先ほどの魂になって、プランクトンレベルから何度も生き直すことになるわけ
 だから、十分に気を付けてよ

         ***

 「と、まあ、長々話しても頭に入らないだろうから。要点まとめておいた」
 はい、と差し出された紙を恐る恐る受け取って見る。そこには、

 「魂増量者の皆様へ 特典ご説明書」

 とあった。話が長すぎて、しかも、内容が突飛すぎて、正直まったく頭が付いていっていなかったから(いやでも、無理ないと思わない?)これは助かるけれど、なんだか堅苦しい会社の書類のような文言と、それとは相容れないような、かなりファンシーな用紙デザインに意識を奪われた。ナニコレ、誰の趣味? 用紙の縁をまじまじと見ていたら、

 「いいから! 早く読んで!」

 急かされて慌てて目を通す。なになに?

 1. 我々は、魂を削り増やす者である
 2. すべての生き物は、その生き物に特有の魂の質量を持つ
 3. 生き物は、死ぬときに持てる倍量の魂を得て以て生まれ変わる生き物が決まる
 4. 人間だけが、その行いの報いとして日々魂を削られている
 5. 稀に、善行により、魂の削減より増量が勝る人間がいる
 6. 我々は、魂の増減を司る者である
 7. 善行による魂の増量が勝る人間は、過去の出来事をやり直せる特典が得られる
 8. それはあなたです

 何、この最後の、取ってつけたような。ていうか、1 と 6、かぶってない? 結論が一番最後ってのもいただけない―。日ごろ、研究成果報告や美味しいお茶の淹れ方教室などで他人様に物を伝える機会が多い身としての癖で、ついつい添削視点で考えていると、

 「大事なことなので、二度言いました」
 「その最後の部分、どうしても表現を思いつかなくて―」
 「でもさ、しかたないんだ。結論から先に言うと変でしょ? それはあなた、から始まったら、何が? ってなるじゃない。これでも結構、推敲したんだよ? ね?」

 話を振られて、シェイバーが、腕を組んだまま頷いた。え、どういうこと? 私が考えていたことに、全部返事が来た。偶然? …ひょっとして、心を読まれている?? いや、まさか、そんな…。

 「とにかく!」
 そんな思考を遮ろうとするかのようにひときわ大きな声で言われ、ハッとする。

 「つまりね、茉莉(マリ)、君はもう十数年間も、ハーブティーの効用研究の第一人者として一時も(たゆ)まず、真摯にがんばってきた。その姿勢が認められて、“ご褒美”が、君に与えられることになったんだ」
 「…えーと、つまり? 過去から今までのハーブティーの研究が認められて、表彰されるとか、そういうことだっけ?」

 耳で得た情報が信じられず、自分が妥当と思う内容に変換してそう聞いてみた。だって、あり得なくない? 過去のできごとを、やり直せるだなんて?

 「あり得ないと思うのも無理ないけどな。でも、わかっているだろう? 俺たちが言ったのはそういうことじゃない」
 「そうだよ、そういうことじゃない。それに、僕らが普通の人間じゃないこと、わかっているんでしょう? 壁から出てきたって、ちゃんと認識しているんだから」

 どきりとした。まさかと思っていたけど、やっぱり? 私の心を、読んでいるの?

 「話が速いな、その通りだ」
 「まあ、不思議はないでしょう? こんな登場のしかたをして、こんな信じ難い申し出をするんだから」
 「…そうね。でも―」
 「だいじょうぶ。さっきも言ったけど、君には十分権利があるよ。6歳の時から今日までハーブの研究にひたすら打ち込んで、有用なハーブレシピを多数考案して来たんだから」
 「そう、義務教育すらほとんど通信教育で終え、家でひたすら研究を続けて。19になる今日まで、ろくに友人も恋人も作らずに―」
 「大きなお世話!」

 カチンと来て大声で反論してしまい、それから3人でシーっと口に指を当てた。家族が起きてきたら大ごとだ。特に父。もしも彼らが私にしか見えない存在なら、絵に描いたような堅物で現実主義者の彼は、私を速攻で病院送りにするだろう。
 とはいえ、大きなお世話というのは本音。別に、人生の楽しみを犠牲にしてまでがんばってきたという悲壮感は、本人には微塵も無いのだから。好きなことに没頭してきたら、こうなったというだけで。

 謎の存在のくせに、考え方は古臭いのね。
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