（１３）　坂の上の公園４

　あまりに滑らないので、寝転がってみた。

　身体は、滑り台の銀色の傾斜面に吸い付いたかのように安定した。
　滑らない滑り台という、矛(ほこ)と盾(たて)。

　視線の先には、さっきよりも悲しみを増したかのような、灰色の低い雲が広がっている。

「小さいなあ……」

　声に出たことを自覚していた。
　自分なんて、雲の中に浮かぶ塵ほどもない。自分の悩みなんて、屁みたいなものなんだろう。

　そう思う。
　でも。

　仕方ない。
　この好きという気持ちは、自分の中では大き過ぎて手に負えないのだから。

　滑らない滑り台と自分。
　存在価値は似たようなものか。

　近くで鳥が鳴いた。
　すぐそこにまで山の緑が迫っている。自然が近いから、いろんな生き物がいるのだろう。
　住宅街の中にだって鳥はいる。それは幼い頃から知っていた。
　数少ない父との思い出——。

　父が、小鳥を呼んでみようと言い始めた。そのときの感情は、きらきらとわくわくだった。
　きっと宝飾店に並んだ高価な宝石にLEDライトをがんがん当てたように目を輝かせて、どこの関節を動かしてもわくわくという音が鳴ったに違いない。

　父は包丁で二つに切ったみかんを、窓からよく見える庭先に置いた。
　花が開いたような切り口が上を向いているみかん。それだけでもかわいくて、印象に残っている。

　二人でカーテンの隙間からみかんを見張る。鳥がやって来るのを待った。
　幼い自分は、本当に来るのかなんていう疑問は、これっぽっちも抱いていなかった。
　父が来るといえば来る。自分の中の小さな世界で、父には絶対的な信頼を寄せていた。

　母のことももちろん大好きだった。でも、母に寄せる愛情や信頼と父に向けるそれとでは、どこか質が違っていたように思える。今、それを具体的な言葉にすることはできないけれど。
　
　そんなに目をきらきらさせて関節をわくわく鳴らしていたら、ゴキブリだって逃げ出してしまうぞというほどに胸を躍らせていた。
　そう簡単には鳥は来ない。
　きらきらわくわくのまま、幼いわたしはいつのまにか眠ってしまっていた。

　父に起こされた直後は、少し寝惚けていた。けれど、来たよという父の言葉で、一瞬にしてきらきらとわくわくが再起動した。

　本当にうぐいす色をしているのは、ウグイスではなくメジロだ。
　では、何故うぐいす色をうぐいす色と呼ぶのか。よく分からない。逆にメジロのことをメジロと呼んでいるのがおかしいのか。メジロと呼んでいる鳥こそが、本来はウグイスと呼ぶべき鳥だったのか。でも、メジロの目の周囲は確かに白い。

　そんなことを思うだけの知識を得たのは、このときの経験のおかげだ。
　二羽のメジロが庭に舞い降りていた。警戒した様子で、少しずつ飛び跳ねるようにしてみかんに近づいていく。

　それを見ている間のどきどき。
　迂闊(うかつ)にもカーテンを揺らしてしまって、メジロが逃げてしまったときのがっかり。
　しばらくしてまた戻って来たときの感激。

　もし自分にも子どもができたら、あんな思いをさせてあげたい。
　そんなふうに思える思い出は、残念ながら多くない。