第5話 作戦会議
文字数 3,577文字
その日の夜、僕は大変不本意ながら、ジャスティス7のメンバーに集合をかけた。
それぞれの生活や仕事があるし、全員集まるのは難しいと思っていたが、きちんと全員時間どおりに集合したらしい。
らしいと言うのは、言い出しっぺの僕が、遅刻したからだ。
怪人の勾留はすんなりついたのだが、担当している別の被疑者の起訴決裁が遅くなってしまったせいだ。
致し方ない事情なのだが、集合場所の喫茶店のドアを潜った僕に注がれた6人の視線は冷ややかだった。
「珍しいじゃん、レッド様が自発的に集合かけるなんてさ。まさか、怪人どもを今後は人権団体に引き渡そうとでも言うの?」
「はあ? マジかよ! いい加減にしろよ!」
黒川が出まかせで口にした嫌味を真に受けた青海がいきり立つ。どうしてこいつは、聞いた情報を吟味せず、喜んだり怒ったりするのだろう。
大学の時習った「メディアリテラシー」という言葉が頭をよぎった。いや、そんな高度な次元の話じゃないか。
「違う。今日、怪人の取調べをして、新しい発見があったから報告したかっただけだ」
できるだけ手短に済ませて帰ろう。
「怪人は自分の口で話すことはできないが、日本語を解するようなんだ。検事や警察官の指示に従っていた」
僕なんかよりもずっとジャスティス7の活動に意欲的な6人は、一斉に目を丸くし、どよめ……かなかった。
黄田だけ愛想笑いを浮かべ、首肯してくれた。
でも、それだけだった。
残りの5人はてんでバラバラにスマートフォンをいじったり、明後日の方向を見て考え事をしていたり、枝毛探しをしていたりと、誰一人反応を示さなかった。
「怪人、日本語が分かるみたいなんだ」
聞こえなかったのかもしれない。
僕は大きな声で繰り返した。
「怪人言葉が……」
「うるせえよ!」
2回目のリピートで青海がキレた。
怒鳴りながら、テーブルを蹴飛ばすパフォーマンスも忘れない。
「そんなん、俺らとっくに気づいてるよ! 今更ドヤってんじゃねえよ。だから何? 奴らが日本語分かってたら何か違いあんの?」
僕以外の6人が「怪人は日本語を解する」という知識を共有しているような言い草に、僕は息をのんでしまった。
「ち、違うだろ。より人権に配慮しなければならなくなる」
「は? 日本語分かるなら人権があるの? じゃあ日本語話せねえ赤ちゃんや外国人は人権ねえのかよ? で、多少俺らの言ってること分かる犬やカラスは人権があるのか? マジ意味わかんねえ。クソが」
「屁理屈言うなよ。そういうことじゃなくて……」
基本的には小学生並みの揚げ足とりのくせに、妙に哲学的な響きを孕んでしまうのは、「人権」という言葉のせいか。
気圧されるなと心を奮い立たせつつ、僕は反駁しようとした。
が、小さく挙手をした黒川に遮られてしまった。
「赤坂君の言う『より人権に配慮』って具体的にどんなことを指すのかい? 人権派のリーダーの意向に沿って、今でも僕らは戦隊ヒーローとしては異例の高度な権利配慮を怪人たちに施していると思うのだけど」
「だから、必要な場合は就業支援ができるように保護観察所に繋いだり……」
「いや、例え日本語分かってても、働けないよね、あれ」
「せ、生活保護とか」
「自分たちの税金で怪人養うとかワロス。検察のくせに左翼なの?」
一心不乱にスマホをタップしていたグリーンこと緑川が煽ってきた。「俺たちの税金」って、お前税金払ってないだろ、と言い返したいが呑み込む。
「ねえ、他に言うことないなら、そろそろ帰っていい?」
パープルこと紫 は気怠くテーブルに突っ伏したまま尋ねてきた。
今日の彼女は仕事が休みのようで、腰まであるブリーチで痛んだ金髪は無造作に垂らされている。服装も藤色のだぶっとしたスウェットで、足元は安物のサンダルと部屋着みたいだ。
「ごめん、もうちょっと待って。人権保障の件もなんだけど、話が通じるなら、暴力で退治するだけじゃなくて、言葉で説得することだってできるかもしれない。僕はそう考えるんだ。だから、みんなと今後の怪人対策について、忌憚なく話し合おうと……」
「黙って!」
またしても僕の発言は遮られた。カウンター上に設置された液晶テレビを見ていた桃田が鋭い声を上げたのだ。
彼女は視線は食い入るように画面を見上げながら、早口で続けた。
「裕也 君が喋ってるから静かにして」
14インチの四角い枠の中で、一人の青年が芸能リポーターのインタビューに答えていた。
年の頃は僕と同じか少し上くらいだろうか。
長めの前髪を邪魔くさい位置にガチガチに固め、杉良太郎も真っ青の流し目風のメイクで決めている。細身の黒スーツを着てはいるが、彼が舞台役者であることは一目で分かった。
自分が出演する舞台の見どころを仰々しく語る口ぶりはナルシスティックで、率直に言うならうざかった。
友達になりたくないタイプだ。でも、どっかで見たことある顔だな。どうせ、高校の時に同じクラスだったスクールカースト上位層の一人とかに似てるとかだろうけど。
10数秒程のインタビューが終わり、スタジオのアナウンサーが型にはまった宣伝を読み上げると、番組の話題は県内の動物園で生まれたバッファローの赤ちゃんにかっさらわれた。
まだ名残惜しげに液晶を見上げている桃田に、青海が話しかけた。
「今出てた綾瀬 裕也? って、随分前に戦隊物出てなかったっけ」
青海は戦隊物は好きだが、内容や役者はシリーズが新しくなると忘れてしまう、上書き型ファンだ。
キャストもスタッフも浮かばれない。
さっきの剣幕から、桃田は怒り出すのではと危惧したが、彼女は巻き髪の毛先を弄りながら、ため息混じりに答えた。
「出てたよ。宮坂翔太 がレッドだった『数学戦隊コサインジャー』でイエローだった。私は裕也君知ったのは、キャンステで、コサインジャーは後から見たんだけどね。コサインジャー終わってから、どうも他のキャストに比べてパッとしないんだよねえ。2.5次元のお仕事はしてるけど、ああいうのっていつまでもってはいかないみたいじゃない。実際、キャンステ降ろされてるし。カッコいいし、演技上手いし、意識も高いのになあ」
宮坂翔太とは、流行に疎い僕でも知っているくらいの今をときめくイケメン俳優だ。
今期の月9で主演を果たしていると保険屋のおばちゃんにもらったテレビ情報誌に書いてあった。
裕也とやらと違って、イケメンだけど気取ってない感じが同性の僕から見ても好感が持てる。
へえ、戦隊出身だったんだ。
「あー。戦隊物のレッドって、カリスマ性のあるイケメンのポジションなのにね。翔太みたいなさ」
あれ? 何故僕に非難の矛先が向く。
こっち見んな!
そもそも、桃田に落ち目のイケメン俳優の話題でぶった切られてしまったが、僕の話はまだ終わっていない。
「それはさておき、さっきの話の続きだけど……」
改めて怪人の処遇について建設的な話をしようと仕切り直しをしようとした瞬間、三度邪魔が入った。
スツールの上で惰眠を貪っていた我らがマスコット、チャッキーが切り出したのだ。
「そんなことより、僕もみんなと話し合いたいことがあるんだ」
僕のことは無視していた6人は一斉に居住まいを正し、チャッキーの言葉に耳を傾けた。
「みんなはカゲロウライダーのことは知ってるよね?」
カゲロウライダーとは、今年の春頃から城西市で活動を始めた謎の正義の味方だ。
ジャスティス7と仕事内容が丸かぶりしているのだが、不思議と戦闘現場でかち合ったことはない。
大型バイクを乗りこなし、たった一人で悪に立ち向かう姿は文句なしでカッコいい。衣装も黒レザーのライダースーツ上下にトンボを模した仮面とクソダサカラフル全身タイツ風タイツの僕らとは大違いだ。
僕たち寄せ集めのへっぽこ戦隊がライバルを名乗るのはおこがましいし、当然市民の人気もあちらの方が圧倒的に高い。
しかし、半年以上、カゲロウライダーの存在をチャッキーは黙殺していたのに、今更何だ?
「昨日、上から指令があってね。みんなには今までどおりの活動以外に、カゲロウライダーと綾瀬裕也に関する調査もお願いしたいんだ」
機械音声みたいな無感情な声は唐突に新しい任務を告げた。
どうして、カゲロウライダーと戦隊物出身の舞台俳優を抱き合わせっぽく話すのか。
「どういうこと?」
思わず、チャッキーの思惑に沿う問いを発してしまった。不覚。
それぞれの生活や仕事があるし、全員集まるのは難しいと思っていたが、きちんと全員時間どおりに集合したらしい。
らしいと言うのは、言い出しっぺの僕が、遅刻したからだ。
怪人の勾留はすんなりついたのだが、担当している別の被疑者の起訴決裁が遅くなってしまったせいだ。
致し方ない事情なのだが、集合場所の喫茶店のドアを潜った僕に注がれた6人の視線は冷ややかだった。
「珍しいじゃん、レッド様が自発的に集合かけるなんてさ。まさか、怪人どもを今後は人権団体に引き渡そうとでも言うの?」
「はあ? マジかよ! いい加減にしろよ!」
黒川が出まかせで口にした嫌味を真に受けた青海がいきり立つ。どうしてこいつは、聞いた情報を吟味せず、喜んだり怒ったりするのだろう。
大学の時習った「メディアリテラシー」という言葉が頭をよぎった。いや、そんな高度な次元の話じゃないか。
「違う。今日、怪人の取調べをして、新しい発見があったから報告したかっただけだ」
できるだけ手短に済ませて帰ろう。
「怪人は自分の口で話すことはできないが、日本語を解するようなんだ。検事や警察官の指示に従っていた」
僕なんかよりもずっとジャスティス7の活動に意欲的な6人は、一斉に目を丸くし、どよめ……かなかった。
黄田だけ愛想笑いを浮かべ、首肯してくれた。
でも、それだけだった。
残りの5人はてんでバラバラにスマートフォンをいじったり、明後日の方向を見て考え事をしていたり、枝毛探しをしていたりと、誰一人反応を示さなかった。
「怪人、日本語が分かるみたいなんだ」
聞こえなかったのかもしれない。
僕は大きな声で繰り返した。
「怪人言葉が……」
「うるせえよ!」
2回目のリピートで青海がキレた。
怒鳴りながら、テーブルを蹴飛ばすパフォーマンスも忘れない。
「そんなん、俺らとっくに気づいてるよ! 今更ドヤってんじゃねえよ。だから何? 奴らが日本語分かってたら何か違いあんの?」
僕以外の6人が「怪人は日本語を解する」という知識を共有しているような言い草に、僕は息をのんでしまった。
「ち、違うだろ。より人権に配慮しなければならなくなる」
「は? 日本語分かるなら人権があるの? じゃあ日本語話せねえ赤ちゃんや外国人は人権ねえのかよ? で、多少俺らの言ってること分かる犬やカラスは人権があるのか? マジ意味わかんねえ。クソが」
「屁理屈言うなよ。そういうことじゃなくて……」
基本的には小学生並みの揚げ足とりのくせに、妙に哲学的な響きを孕んでしまうのは、「人権」という言葉のせいか。
気圧されるなと心を奮い立たせつつ、僕は反駁しようとした。
が、小さく挙手をした黒川に遮られてしまった。
「赤坂君の言う『より人権に配慮』って具体的にどんなことを指すのかい? 人権派のリーダーの意向に沿って、今でも僕らは戦隊ヒーローとしては異例の高度な権利配慮を怪人たちに施していると思うのだけど」
「だから、必要な場合は就業支援ができるように保護観察所に繋いだり……」
「いや、例え日本語分かってても、働けないよね、あれ」
「せ、生活保護とか」
「自分たちの税金で怪人養うとかワロス。検察のくせに左翼なの?」
一心不乱にスマホをタップしていたグリーンこと緑川が煽ってきた。「俺たちの税金」って、お前税金払ってないだろ、と言い返したいが呑み込む。
「ねえ、他に言うことないなら、そろそろ帰っていい?」
パープルこと
今日の彼女は仕事が休みのようで、腰まであるブリーチで痛んだ金髪は無造作に垂らされている。服装も藤色のだぶっとしたスウェットで、足元は安物のサンダルと部屋着みたいだ。
「ごめん、もうちょっと待って。人権保障の件もなんだけど、話が通じるなら、暴力で退治するだけじゃなくて、言葉で説得することだってできるかもしれない。僕はそう考えるんだ。だから、みんなと今後の怪人対策について、忌憚なく話し合おうと……」
「黙って!」
またしても僕の発言は遮られた。カウンター上に設置された液晶テレビを見ていた桃田が鋭い声を上げたのだ。
彼女は視線は食い入るように画面を見上げながら、早口で続けた。
「
14インチの四角い枠の中で、一人の青年が芸能リポーターのインタビューに答えていた。
年の頃は僕と同じか少し上くらいだろうか。
長めの前髪を邪魔くさい位置にガチガチに固め、杉良太郎も真っ青の流し目風のメイクで決めている。細身の黒スーツを着てはいるが、彼が舞台役者であることは一目で分かった。
自分が出演する舞台の見どころを仰々しく語る口ぶりはナルシスティックで、率直に言うならうざかった。
友達になりたくないタイプだ。でも、どっかで見たことある顔だな。どうせ、高校の時に同じクラスだったスクールカースト上位層の一人とかに似てるとかだろうけど。
10数秒程のインタビューが終わり、スタジオのアナウンサーが型にはまった宣伝を読み上げると、番組の話題は県内の動物園で生まれたバッファローの赤ちゃんにかっさらわれた。
まだ名残惜しげに液晶を見上げている桃田に、青海が話しかけた。
「今出てた
青海は戦隊物は好きだが、内容や役者はシリーズが新しくなると忘れてしまう、上書き型ファンだ。
キャストもスタッフも浮かばれない。
さっきの剣幕から、桃田は怒り出すのではと危惧したが、彼女は巻き髪の毛先を弄りながら、ため息混じりに答えた。
「出てたよ。
宮坂翔太とは、流行に疎い僕でも知っているくらいの今をときめくイケメン俳優だ。
今期の月9で主演を果たしていると保険屋のおばちゃんにもらったテレビ情報誌に書いてあった。
裕也とやらと違って、イケメンだけど気取ってない感じが同性の僕から見ても好感が持てる。
へえ、戦隊出身だったんだ。
「あー。戦隊物のレッドって、カリスマ性のあるイケメンのポジションなのにね。翔太みたいなさ」
あれ? 何故僕に非難の矛先が向く。
こっち見んな!
そもそも、桃田に落ち目のイケメン俳優の話題でぶった切られてしまったが、僕の話はまだ終わっていない。
「それはさておき、さっきの話の続きだけど……」
改めて怪人の処遇について建設的な話をしようと仕切り直しをしようとした瞬間、三度邪魔が入った。
スツールの上で惰眠を貪っていた我らがマスコット、チャッキーが切り出したのだ。
「そんなことより、僕もみんなと話し合いたいことがあるんだ」
僕のことは無視していた6人は一斉に居住まいを正し、チャッキーの言葉に耳を傾けた。
「みんなはカゲロウライダーのことは知ってるよね?」
カゲロウライダーとは、今年の春頃から城西市で活動を始めた謎の正義の味方だ。
ジャスティス7と仕事内容が丸かぶりしているのだが、不思議と戦闘現場でかち合ったことはない。
大型バイクを乗りこなし、たった一人で悪に立ち向かう姿は文句なしでカッコいい。衣装も黒レザーのライダースーツ上下にトンボを模した仮面とクソダサカラフル全身タイツ風タイツの僕らとは大違いだ。
僕たち寄せ集めのへっぽこ戦隊がライバルを名乗るのはおこがましいし、当然市民の人気もあちらの方が圧倒的に高い。
しかし、半年以上、カゲロウライダーの存在をチャッキーは黙殺していたのに、今更何だ?
「昨日、上から指令があってね。みんなには今までどおりの活動以外に、カゲロウライダーと綾瀬裕也に関する調査もお願いしたいんだ」
機械音声みたいな無感情な声は唐突に新しい任務を告げた。
どうして、カゲロウライダーと戦隊物出身の舞台俳優を抱き合わせっぽく話すのか。
「どういうこと?」
思わず、チャッキーの思惑に沿う問いを発してしまった。不覚。