衣装箪笥に隠した、秘密の服

エピソード文字数 1,038文字

 修道会を退会するといえば、実家に戻らなければならない。
 彼女の表情は暗く、沈んでいた。

「私は、家の都合で、修道に身を置くことを望まれたので」
「初耳です。どのような都合か、たずねても?」
「……。腹違いの弟が跡取りになる。後妻の継母には、私が邪魔でした」
「そうですか。義理のお母様が、遺産について気を揉むほどのお家…。
 やはりあなたは、良家の子女のようだ」
「買いかぶりです」
「にじみ出るのです」
「それを言うなら、あなたも…」
 彼女は、真っ直ぐに俺を見つめた。


「あなたは、ただの軍人ではなかったでしょう? 失礼を承知で申します。
 今も、警察官よりも似合う服を、貴方はこっそりと衣装箪笥に隠しているような気がする」


 彼女は、部屋の衣装箪笥へ、視線をやった。
「そうですね…」
 なんと、言えばいいのだろう。家のことは、下手に言えば、自慢に聞こえてしまう。

「……たった一度、我が家にめぐった幸運でした。
 この国の王様から、畏れ多くも感謝の言葉をいただいたのです。
 その証は、実家の居間に飾ってある。けれども昔のことです」

 彼女は、ゆっくりと二度、まばたきした。

「テレサ」

 俺は、彼女の手を握って、引き寄せた。

「貴女は、俺と同じなのですね」
「同じ…?」
「兄は、俺に遺産が分けられることを、望んでいないようです」
 俺は、しばし、彼女から目をそらした。

「何も、欲しいと思うものはありませんでした。
 分け合いたいと思うものもなかった。
 それらを心から望む兄に、多くのものを託したけれど…。
 閉まったままの金貨も、飾ったままの称号も、遠くない未来、ほこりを被るでしょう…」

 本棚へ、少し目を遣り、また彼女と視線を重ねる。

「あなたの本が今、俺の本棚にあるように。
 君を、俺のそばに迎えることができたら、俺ほど幸福な人間を、世界中から探すことは難しい」

 俺は、彼女の足もとにひざまずいた。

「私を……求めてくださるの?」
「はい」
「あなたのそばに?」
「永久に」

 彼女の手を、両手で包み込む。

「いつか誰かが、と夢見たのは……修道に身を置く前のことで、忘れていました」
 テレサはかがむと、

「忘れた頃に、願ったことが、叶うのかしら」

 俺の首に手を回す。
 チクタク、と時計の音がする。昼の十二時に、教会の鐘が鳴る。
 魔法が解けるのを恐れながら、別れのほんのひと時、彼女を強く抱きしめた。
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