「やっと叶った」1-3

エピソード文字数 3,458文字

「どうして主様は罵倒に罵倒を重ねて来るんですか! アクマですか、貴方は!」
「お前なら喜んでくれると思って言ってるんだけどね」
「あらっ、そんなお気遣いを。んもぉ、そうならそうと言ってくださったらいいのに。主様はツンデレですねぇ?」

 うわぁ、バカだ。
 馬鹿さ加減に拍車がかかり、むしろ褒め称えたいくらいに。
 ちょっかいを止めて食事に集中しだすと、後ろからグチグチ「何でテリヤキバーガー頼まなかったんですか。女たらしですか、貴方は。肉を頼んでくださいよ。私はお肉を所望します」といらないお願いが飛び交うが無視。代わりにとっとと成仏してくれるように吐き捨てて置いた。
「まあ、別に食事についてはどうでもいいですけど。そんなことよりいい加減に真心さんがこれから築き上げる団体へ入ってあげてくださいよ。可哀想じゃないですか」

 花の登場ですっかり消え去っていた話題がぶり返し、当人も思い出したかのようにハッとして今一度顔を寄せてきた。
 畜生、またしてもいらんお世話を……。せっかくこのまま退散しようかと思っていたのに。

「そうだよ。傾くん、今ならキャンペーン実施中だから。是非とも入って!」
「スーパーで会員にならないか誘う店員かよ」
「私のブロマイドあげるから」
「いらない、そんなの」
「二枚付きだよ!」
「結構です」
「サイン入りだよ!」
「お断りします」
「花ちゃんと一緒に撮ったのもあるんだけど!」
「余計に拒絶反応を起こしております」
「二人とも水着姿だよ!」
「…………」
「…………」

 何だって。
 今、水着と言ったか? 普段着ではなく、水着と言ったか? 水着の真心さんのブロマイドが貰えると言ったのか? この柔肌で玉子肌、赤ちゃん肌のモチモチとした中に隠れる大人へ近づいている色気が漂う肌が普段より露出した状態の。加えてダボダボのパーカーに潜む驚異の胸囲が露わになったブロマイドだって?
 おいおいおいおい、まさかこの僕がそんなことで心が揺らぐとでも?
 ないね。ないないないない。水着姿が何だって言うんだ。玉子肌なんぞ、どこでだって見れる。かく言う僕もそれなりに肌は美しさを保っている。男であってもやはり肌は大切にしなくてはならないからな。だから別に真心さんの水着姿基、下着姿に近しい容姿に興味なんてない。まったく、僕をそれっぽっちの安い男と見てもらいたくないね。あー、やだやだ。これだから世間の目と言うのは困ったものだぜ。男が皆、女の子の水着姿に欲情するとでも? いや、欲情はするだろうよ。だけど、所詮は写真だぜ? アイドルの水着姿が表紙になってる週刊雑誌を見ても嫌らしい気分にはならんだろうよ。確かに、あー、可愛いなぁ……こんな女の子が彼女だったらいいなぁ……と思ったりはする。ええ、しますとも。だけど、だ。決して蛇の道と分かっている先に女の子が落ちていたとしても鋼の心を持った僕は負けたりしません。そんなちゃちなモノで釣るんだったら、実物を寄こせよ。
 はぁ……僕をそんな低レベルなキャラクターにしないでほしいね。
 まったく、答えを出してあげましょう。差し出しましょう。提示しましょう。

「……ちょっと考えさせてくれ」

 欲望には忠実な僕であった。
 正直に応えたのに対し、真心ちゃんは引きつった表情を浮かべた。

「……えっ、本気? ごめん、冗談のつもりで言ったんだけど……」
「は? キャンペーンやってないのか?」
「えっ、あ……まあ、うん……」

 あれ。
 何だかこの状況、あまりよくないか? もしかしてもしかすると、今の僕、相当気持ち悪いヤツに見られてないか? まるでブロマイド目当ての内心汚れきった薄汚い低レベル野郎のレッテルを貼られそうになってないか?

「……おいおい、おいおいおいおい。まさかとは思うけれど、ただの質問だぜ? 僕はただ質問をしただけだぜ? 何でそんな顔するんだよ。別に真心ちゃんのブロマイドが欲しかったとか、真心ちゃんの水着姿が見たかったとか、真心ちゃんの普段はお目にかかることのできないお肌様を自分の手元に残しておけるチャンスだとか思っちゃあいないぜ? 僕はそんな民度の低い男では――ない」
「あ、うん……。傾くんは良い人だもんね。うん、知ってるよ。大丈夫……」

 何が大丈夫なのかは分からないけれど、僕の中では大丈夫ではなかった。
 だって、男の子だもん。性欲に忠実であってもいいじゃない。
 完全にアウェイな空気の中、僕の右肩にヒンヤリと冷たい左手が乗った。顔を上げてみるとそこには、前方の物悲しい表情を見せる女の子とは対称に、超絶スマイルで開いた右手でグーサインを浮かべる花がいた。

「やっちゃいましたねっ、主様」
「は? 何が? 別に、何で、は?」
「いやいや、そんなそこまでして抗わなくなっていいんですよ。今の主様、相当に気持ち悪いですから」
「うっ……」
「でもダイジョブ、私の水着姿をご所望でしたらいつでもお見せしますよ! 私は例え主様が汚物にまみれていたってカッコイイと言ってあげますから」
「取り払ってはくれないのな」
「汚物な主様……汚物様?」
「撤回しろ」
「お陀仏様」
「とどめの一撃じゃん」

 むしろ死体蹴りだ。
 前言撤回するにも時遅し。真心ちゃんから見えている僕は花の言う通り、汚物様なのだろう。南無阿弥陀仏。
 しかし、現状の僕は入るか入らないかの曖昧な位置にいる。ここは(ブロマイドを諦めて)キッパリと改めて断らなければ。「……ま、まあ……そのキャンペーンはどうであれ、僕は入らないぜ」僕は言う。真心ちゃんは先ほどの汚い自分を頭を振って払拭し、現実へ戻った。
「そんなことより、入ってよ! 傾くんしか頼れる人がいないんだよ」
「ンなことを言ってもだよ。何を研究するんだよ」
「読んで字のごとく、怪奇現象でございます」
「それはもう全て憑き物の仕業って結果が出てるじゃねえか。何ならここにいる憑き物本人にでも証明させることだって可能なんだぜ? それ以上、何を研究するってんだよ」
「それはそうだけど……ただ研究するんじゃなくって、私たちみたいに憑き物と……事情があって互いにギクシャクした関係を取り戻すことも活動の一部なんだよ」

 まあ、そっちが主な活動なんだけど。と補足を加える真心ちゃん。
 恐らくだが、研究というのはただの誘い文句でしかない。憑き物が見えない人間からすれば、彼女が訴える同盟や協同なんてことを活動名に入れてしまったら余計に人が来なくなること間違いない。そのため、周りにおかしく思われないためにも名ばかりの研究会という命名なのだろう。
 優しいが故の真心ちゃんではあるが、全てが全て良いように進むとは思わない。憑き物と上手くより良い関係なんて築けるわけがない。何より、必ず反発し合っている背中を向けた状態でどちらかが振り向いて手を掴まない限り真心ちゃんが望む世界なんて生まれないんだ。

 そんな憑き物と人間とが手と手を取り合う世界を作りたいんだろうけれど、そんなの夢物語でしかない。必ずしも上手くいくことなんてないんだから。
「別に僕も真心ちゃんの活動方針と活動理念についてどうこう言うつもりは微塵もないけれど、そんな憑き物を知らない人間が、憑き物を信じるとでも? 怪奇現象っつっても、憑き物の大本を見つけることなんて無理だろ。怪奇現象なんかが頻繁に起こっているわけじゃああるまいに」

 半ば投げやりな感じて返すと、これまた「待っていました」と言わんばかりに真心ちゃんのスイッチが入り、リュックサックの中から一枚の雑誌を取り出す。流れる動作で付箋を貼っていたページを開いて僕に突き付けた。

「そう言うと思って、今話題の怪奇現象を持ってきたんだよ!」

 ほらここ、と彼女が指さしたページ。丸々一面、大々的に取り上げられている特集。目を引く強調文字で『京都に蔓延る恐怖! 命が代償の魂狩りトンネル!』と呼称されていた。写真には名称から命が狩られると言われているトンネルが大々的に映し出されており、記事の内容も事細かくビックリマーク付きの勢いが籠った文面。モザイクはかかっているが、命を狩られたと思われる親族らしき人がインタビューにも答えている内容も綴られており、白黒ながらも記事全体を囲むフォントやデザインが血しぶきや髑髏マークなどを器用されおどろおどろしさを際立てていた。
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