第31話  マーヒー④

文字数 2,233文字

「お! そうだ! ちょっと待ってろ。いいものを取ってくる」

 飲んでいたビールを持ったまま、立ち上がった。改めてみるフィガロは大きい。同時に重そうだなと思った。歩くたびに床が痛がっている音が聞こえる。


「すみません。水をください!」
 メロンはまったく警戒心を持っていなかった。足をバタバタさせてフィガロを待っている間、退屈そうにしている。

「はいよ! 長旅で疲れただろ!」
 奥さんがあったかいコーヒーを持ってきてくれた。あったかいコーヒーを飲むと落ち着いた。 人当たりのよさそうな奥さんはフィガロとは似合わないなとさえ感じた。


「この時代に若い人だけで旅行なんて珍しいね。昔はたまにあったんだけどね。店に来てくれる人が減って困るよ」奥さんはため息をついた。奥さんとアンコは気が合うみたいで2人で話していた。


「国が1つになって大分少なくなったみたいですね」
「人は違う国や違う文化には興味があったみたいだからね」
「今じゃ、言葉まで同じですしね」
「そうだよね!」

 Game世界では200もの国があり、その国特有の言葉や文化、宗教があったと博士からも聞いていた。今でもその名残(なごり)があるようで、ところどころに昔の色んな言葉が混ざって今の言語が完成されているようだ。

 そんなに国があったら、争いが起こって仕方がなかっただろうなと思った。今の世界では車はあるものの別の場所へ遊びに行くほど裕福な人達など存在しない。ネット社会も調べることはできるものの国に監視されてしまう。

 つまり自由がない世界といっていいだろう。
「帰ってくるのが遅くないか……」 俺はオータムに問いかけた。
「ああ。そうだな。もう外にでるか」
 みんな椅子から腰を上げようとした瞬間……。

「おお。待たせたな!」
 フィガロが何やら、茶色の紙袋を持ってきた。オータムは何かを連想したのか。
「フィン、まずいぞ!」
「なんで?」

 俺には何がまずいのかまったく分からなかった。それよりも何を持ってきたのか楽しみだった。オータムが連想したのは何となく予想はつく。武器、もっと言えば拳銃だろう。

「これだ!」
 フィガロは子供の頃に戻ったような表情を見た瞬間。「大丈夫みたいだぜ」とオータムを小突いた。 恥ずかしそうに厳重に管理された箱の中から写真アルバムを取りだした。 この体つきで恥ずかしそうにしていたら、どこか愛嬌(あいきょう)があるようにも見えてきた。

 不思議なものだ。
「写真アルバム?」
「おう。そうだけど。意外だったか?」
 一連の流れを見ていた奥さんはクスクス笑っていた。
「これが約30年前の11区だよ」


 まだ高い建物がいくつかあった。ここ数十年で高い建物や使われていないは取り壊されて、畑や農園に変えられた。国もその頃から食料不足になる事を恐れていた。
「へー。こんな感じだったんだな。見覚えがある町の風景だぜ」

「まだ栄えていたんですね。今じゃもっと西暦1000年に近づいていますね」
「あ!」思わず声に出してしまった。
「ん。どうした。この建物に見覚えがあるのか」
「え、いや」
 オータムは違う話に切り替えようとしていた。

「ここ俺のじいちゃんの家なんだよ」
「なぜ言うんだ」
 頭を抱えていた。オータムは気苦労で何歳か老けたかもしれない。

「なに!クロエを知っているのか」
 フィドロが顔を怖い顔して近づけてきた。怖い顔にしか見えなかったが、おっさんは目をつむり昔の思い出を思い出すのに苦労しているようだ。
「そういえば、雰囲気がクロエに似ているな」

 懐かしそうに答えるフィドロはどこか照れくさそうではあった。それを見ていた奥さんもどこか嬉しそうに料理を作っていた。肉を焼いているみたいで食欲がそそられる。ブラックペッパーを振りかけたのだろうスパイシーな香りが漂う。


「おっちゃん。博士を知っているのかよ」
「おお。よく若いころは喧嘩に明け暮れたもんだ」
 このおっさんには喧嘩の二文字は似合うが博士には似合っていなかったので、意外だ。
「それが今では博士として仕事しているんだろ。信じられん」

 おっさんが嬉しそうに昔話をしている間、非常に虚しい気持ちになっていた。メロンもオータムも同じ気持ちだったに違いない。何せ博士は死んだのだから。
「喧嘩?あの博士が」

 俺は吹き出しそうになった。とてもフィガロに敵うわけがない。博士でなくとも。

「おお。昔はよく闘技場で四天王として、わしとクロエが君臨していたんだ。
聞いてなかったか?」
「博士そんな過去があったんだ。知らなかったぜ」

 博士の過去について聞いたことはあまりなかった。ただ、俺がいつものように喧嘩してかえって来たときは必ず「相手に背中向けなかったか?」とだけ聞かれた。

「なんでだよ?」と聞くと、「逃げても、負けてもいいが、背中だけは向けるな」それが博士との恒例(こうれい)のやり取りになっていた。

「あいつも元気でやっているのか? 実はあいつとは電報(でんぽう)をつかって、今でもやり取りしていたんだ」

 とうとうこの瞬間が来てしまったかと俺たちは顔を見合わせた。奥さんも何かを感じ取ったのか、徐々に悲しそうな顔をしていた。フィガロはまだ気付いていない。  

 フィガロが手に持っているビールを机に戻してほしいと心底思った。そのビール瓶をショックのあまりにこっちに投げられたら、俺たちはひとたまりもないだろう。それほどフィガロのガタイはよく、強そうだ。
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