第10話 城ヶ崎浄と草野

文字数 2,785文字

 夏休みが終わって、二学期が始まる。
 始業式の日、昇降口で立華に会った。

「あ、モカちゃん、おはよう。久しぶりだね」
「う、うん。おはよう」

 立華の顔を久しぶりに見て、私はなんだかドキドキしてしまった。立華は私を不思議そうに眺めて、

「どうしたの? 顔赤くして?」
「え? 赤い?」
「うん。赤い」

 そんな。べつに風邪をひいているわけではないのに……。そんなに立華に会えたのが嬉しいんだろうか?

「風邪かな?」

 立華が私のおでこに手を当ててくる。顔が沸騰しそうだった。立華がギョッとして、慌てふためきだす。

「だ、大丈夫? なんかすごい熱いよ」
「だ、大丈夫」
「ほんとにー」
「うん、大丈夫大丈夫」
「保健室行ったほうがいいよ」
「だ、大丈夫だって。ほんとになんでもないから」

 保健室に行かせようとする立華を必死に説得しながら、教室に向かう。
 私たちの教室の手前まで来ると、後ろから女生徒たちのキャーという騒ぎ声が聞こえてきた。
 振り返ると、百八十センチは余裕でありそうなイケメンが廊下の向こうにいて、そのイケメンの周りに女性徒たちが群がっていた。

「なにあれ……」

 私がぼそっと呟くと、立華が私の方を向いて口を開く。

「バスケ部の城ヶ(じょうがさき)(じょう)君ね」
「知ってるの?」
「うん。有名よ。一年生からバスケ部のレギュラーで、テストもいつも学年二位で」

 そう言えば、昔見た成績上位者の名簿の二位がそんな名前だった気がする。私は交友関係のある人が全くいないし、自分から知ろうとするほど学内の人に興味もないので、こういう学校の有名人はほとんど知らないのだ。
 その城ヶ崎浄という人は、周りの女子たちから熱のこもった視線を浴びながら、こちらに近づいてきた。そして私たちのいるところを通り過ぎて、隣の教室に入っていく。
 ……城ヶ崎浄という人は通り過ぎるとき、私たちのことをチラッと見てきた。そのとき、彼の目がわずかに大きくなったような気がする。どうしてだろう?
 私の顔の醜さに驚いたのだろうか。それとも立華の美しさに驚いたのだろうか。あるいはその両方だろうか。考えたところでわからないけど……。
 彼が私たちのことを見てきたとき、彼の顔がよりはっきりと見えた。近くで見ると、その顔立ちの整い具合がよりはっきりとわかる。顔の彫りが深くて、目が切れ長で、鼻が外人みたいに高かった。
 なるほど。これほど騒がれるのも納得だ。だけど、私とは別世界の人間だ。私に限らなくても、大多数の人にとってそうなのではないだろうか。あんなイケメンと一緒にいて見劣りしないのなんて立華くらいだろう。
 まぁ、本来別世界の人間である立華と私はこうして一緒にいるんだが……。

「モカちゃん、早く教室入ろ?」

 立華が教室のドアを開け、私の方を見る。

「あ、うん」

 私たちは教室に入った。
 昼休み。私と立華が机をくっつけて弁当を食べ始めたとき、教室が突然ざわついた。
 何かと思って教室を見渡すと、引き戸の手前に城ヶ崎浄がいた。女子たちが頬を染めて城ヶ崎君を見ている。

「ねぇ、そこの君」

 城ヶ崎浄は、彼から一番近い廊下側最前席の女子を呼んだ。呼びかけられた女子は目をとろんとさせて、慌てふためく。

「え、わ、私ですか?」
「うん、そう」
「な、なんの用でしょうか……」
「草野を呼んでくれない?」
「え、あ、はい」

 呼びかけられた女子が、窓側の最前席付近で男子たちとご飯を食べている草野君のほうに向かう。
 教室がざわついていたことと、私たちに聞こえるくらい大きな声で喋っていたことからだろう、草野君は女子がまだ来ない内に席を立ち、城ヶ崎君のほうに向かっていった。
 その女子はというと、それを見て自分の席に戻り、一緒に食べていた女子の集団とキャイキャイと騒ぎ出した。たぶん、城ヶ崎君のことについて話しているんだろう。
 草野君と城ヶ崎君の話に、私は聞き耳を立てる。

「一緒に学食でごはんを食べないか?」
「え……城ヶ崎君が? 珍しい」
「ちょっと草野に訊きたいことがあってね」
「え、何?」
「それは食べながら話すよ。さぁ、早く行こう」

 二人はそのような会話をして、その場から離れていった。
 それにしても、奇妙な組み合わせだ。たしか草野君はバスケ部だから、同じくバスケ部である城ヶ崎君とは部活で交流があるのだろう。
 だけど、リア充オーラを放ちまくってる城ヶ崎君に対して、草野君は身長が低くて冴えない顔をした内気な男子だ。悪いが、正直言ってバスケ部に入っているのが不思議なくらいだ。どうみても、二人は別世界の人に見える。
 まぁ、立華と一緒にいる私も人のことは言えないが……。

「どうしたの? そんなに城ヶ崎君のことを見て?」

 突然の立花の声に、ビクッと体を震わせてしまう。

「あはは、なにその反応? もしかして、城ヶ崎くんのことが気になるの?」
「き、気になんてなってないよ」
「ほんとかなー。応援するよ?」
「いや、ほんとだから」
「そう? ……モカちゃんはさ、異性に興味はないの?」
「え、私? ないことはないと思うけど……なんで?」
「だって、モカちゃんあんまり男の子の話しないし。私がいままで話したことのある人たちは、みんな少しはアイドルや俳優や学校の男子の話をしてきたよ」
「そうなの? ……言われてみれば、たしかにあんまりしないかも。でも、人並みにはあると思うよ」

 昔は好きなイケメン俳優やイケメンアイドルがいたし、その人たちが出るテレビ番組は必ず見てた。最近は熱が冷めて来たが……。
 小学校の頃は、クラスで気になるイケメンの男子がいたこともある。まぁ、後にその男子にいじめられて好きどころか嫌いになったんだが。
 私だって、ブサイクよりは当然イケメンの方が好きだ。そこは他の人たちと変わらない。だからこそ、私は自分の醜さが嫌なのだ。

「じゃあさ、彼氏とか作らないの?」

 急に立華はそんな疑問を投げ掛けてきた。
 彼氏……か。私に彼氏なんて、

「私は――」

 彼氏なんてできっこないよ、と言いかけてやめる。

「い、今はいいかな。そういう立華はどうなの? よく告白とかされるんじゃないの?」
「よくはされないよ。一年のころ、五回ぐらい告白されたけど」

 五回だったらよくされていると思うが、でも立華にしては少ないように感じた。高嶺の花すぎて、告白するのを躊躇う人が多いのだろうか?

「それで、どうなの? 立華は」
「んー……私も今のところは友達だけでいいかな。モカちゃんがいればいいよ」

 さりげなくそんなことを言う立華に、私は恥ずかしくなる。また嬉しくもあった。
 立華のその言葉が本心かどうかは分からないが、私の「今はいいかな」という発言については本心だ。彼氏なんてできないと思うが、できたとしても私は彼氏なんていらないと思ってる。立華さえいればいいと今では思っている。
 立華は私のことを本当はどう思っているんだろう?
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