第9話 メンタルケアシステム

文字数 1,242文字

「写ってるな」
「写っていますね」

 Wが空中に投影した映像には、はっきりと昨日の廃墟とフィービーの姿が映っていた。音声もだ。

 翌朝、Wに取り付けられた同装甲の盾の機能説明もそこそこにベリンダからWを回収し、食堂から朝食を受け取るとシモンは個室へすぐに戻った。
 昨晩の謎の夢が本当に映像として残されているのか検証するためだ。
 幸い昨日の戦果もあった事から今日は休みでもある。

「ベリンダはこのメモリを見たか?」
「見てないと思います。バックアップは取って頂いたので……そのうちご覧になるかもしれませんが。ベリンダ様、基本的に無精なので」
 ケロッと言うWに、シモンは思わず口に含んだオレンジジュースを吹きそうになった。が、ふと疑問が浮かぶ。

「ベリンダの事に詳しいな」
「そりゃそうですよ。なんたってぼくはベリンダ様の元メンタルケアシステム――」

 そこまで言ってWは口を噤んだ。

「メンタルケアシステム?」
「何でもないです」
「お前は俺のナビロボなんだよな?」
「何でもないったら何でもないです」
「そこまで言ったなら言いなさいよ」
「い~~~~や~~」

 シモンはWの口部分に左右の人差し指を突っ込んで広げ、Wは口元をふにゃふにゃ曲げながらも抵抗する。
「プライバシーなので!昨日フィービー様が仰ったみたいに、ベリンダ様と仲良くなったら教えます!」
「けち」
「けちじゃないですう~~ロボットの守秘義務違反になるからですう~~」
「その割にあっさりこぼしたくせに」
「それはぼくの機能がそうなっているからです~~」

 Wはバタバタと手を動かし、シモンの拘束から漸く逃れるとプイッとそっぽ向いた。そうして、ありもしない服の乱れを整えるように胴体を払う。

「確かにぼくは元々ベリンダ様が使用していたシステムが基盤になっています。この滑らかなお喋りが可能になっているのも、年月とデータの積み重ねによるものです。
 でも、今はシモンさんのナビロボなのでシモンさんに従います。それは信じてください」

 シモンは口を尖らせつつ疑惑の視線をWに向けるが、そのうちおどけた風に肩をすくめた。

「わかったよ」

 Wは再び映像を空中に投影し、シモンは映像が途切れるまでつぶさに観察する。
 亜空間には違いない。しかし自分が能動的に構築したものではない。
 やはり想像した通り、精神体であるフィービーが自分の精神に触れる事で、疑似的にその能力を使用していると考えるのが正解だ。

「トリオンの旧市立図書館跡ですね」
「近いのか?」
「はい。でももうこの建物は残っていませんよ。随分前に取り壊されました」
 建物が現存しないのはさておき、実在の場所である事がわかったのは良かった。
 フィービーは「場所」と言っていた。その事から、恐らく記憶の残滓は特定の場所に残されており、今回コンタクトがあったのは、その「場所」が近いからではないか、とも推測していたからだ。
「行ってみますか?」
「そうだな。とりあえず飯食ってから」

 そう言いつつシモンは乾きかけているパンを口に運んだ。
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登場人物紹介

シモン・V・ド・ロタリンギア/39歳/男性

本編主人公。地球で例えるなら十九世紀ほどの魔法文明世界で飲料雑貨商を営んでいる。その傍ら、機械武器開発と販売業も営んでおり、実験と称して自ら傭兵となり各地を転戦していた。

次元移動や空間制御の魔導式を熟知しており、元の次元へ戻ろうと思えば戻れるのは内緒。火を全く受け付けず吸収し、魔力も詠唱も無しに生み出す特異体質でもある。

ベリンダ・B・P・アデン/44歳/女性

ウルテリオル連合王国軍技官。「稀代の天才」と呼び称された科学者であると同時に皇太子妃であり、アダムの妻。

シモンが召喚されてしまった実験の指揮を執っており、彼の身体能力を買い、別宅へ保護した。

現王家がクーデターによって王座につく以前、長きに渡ってウルテリオルを統治してきた旧王家の直系唯一の生き残りでもある。

アダム・A・A・シーモア/46歳/男性

ウルテリオル連合王国軍長官にして、第一位王位継承者である皇太子。

通常お飾りとしての長官職だがアダムは実務も行っている。

温厚な性格と愛妻家な事もあってか国民からの人気も非常に高く、現状国の顔は父である王よりも専ら彼と言える。

W(ダブルユー)/0歳/ロボット

シモンの戦闘支援用にベリンダが開発・制作した最新鋭ナビゲーションロボット。

小さなボディながら徹甲弾にも耐えうる装甲で覆われ、演算能力も容量もアンドロイドのそれを遥かにしのぐ。そのためお喋りも驚くほど滑らかで、寧ろアンドロイドよりも人間くさい。

ドグマはインストールされているものの「うっかりゆらぎ機能」により、どうでもよい範囲の守秘事項を漏らす。

フィービー/12歳/女性

シモンの夢に出てきた少女。

正確には、とある人物の幼少期であり、『神』を名乗る虚無が現れた事から因果律に囚われ、12歳当時の彼女が記憶の残滓を糧に現在に現れている。

自身の身体が『神』を名乗る虚無に狙われているとシモンへ訴える。

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