#2
文字数 2,458文字
“The Mangler”
*
静寂の中、カツン、カツン、と廊下から足音が響く。
ただ一人残された少女の体は動かない。虚ろな瞳で、もう目を覚まさない青年を抱きしめ続けていた。彼女の脳裏に青年の笑顔が浮かぶ。彼との思い出が次々と、セピア色の写真のように浮かび上がる。この地獄の只中で、それでも彼と共に笑い過ごした日々が少女の記憶には刻まれていたのだ。
……少女にとって、彼の存在は特別であった。虚ろだった瞳からはやがて涙が溢れだし、嗚咽 が漏れ出る。
鳴り響いていた足音は部屋の前で止まった。
少女は涙を流しながらも入り口に目を向ける。そこには別の少女が立っていた。視線を合わせる少女二人。その表情は真逆だ。
哀しみに暮れる少女と、それを嗤 う少女。
そして、嗤う少女の後ろから、その仲間と思しき少年たちが次々と部屋の中に入ってくる。
数は三人。彼らもまた各々に銃や剣をそれぞれに携えている。そして、座り込んだ少女に殺意を持って、それら向けた。哀しみに暮れる少女は何かを諦めたかのように俯き続けている。
嗤う少女は自身の『兵隊』に命令する。剣を持った少年が前に出た。彼は右手に持ったその剣を振り上げる。そして俯く少女の首元にしっかりと狙いを定めた。
――その剣は剣先が丸みを帯びた、処刑人の剣 と呼ばれる剣だった。突く為の剣先が存在しない、ただ咎人の首を落とす、処刑を行う為だけに生まれた剣。
死が迫る。にも関わらず、俯いたままの少女は動こうとしない。嗤う少女の命令通りに、少年は無感情に彼女の首に目掛けて剣を振り落とそうとする。そこには躊躇も、迷いもない。
するべきことをする。ただそれだけの意思だ。それ故に、その場にいた者は誰も彼女の死を疑わなかった。
ザクリと、肉を切断する音が走る。他の誰もが敵である彼女の首が落とされた音だと思った。
違う。
それは少年の腕から発せられていた。まだ剣は振り落とされては居ない。彼の肩はまだ上げられたままだ。
何事かと、少年は視線を自身の右腕へ巡らせる。少年の顔が驚愕に染まった。……そこにはあるべきもの、欠けていてはならない、己のあるべき肢体がなかったのだ。
その場の空気が凍り付く。
確かに、俯く少女は一つのことを諦めた。それは自らの命をではない。……彼が好きだった人間である自分を、だ。
絶叫が部屋の中で谺 する。肩口まで右腕を失った少年が苦痛に叫び声を上げ続ける。彼の世界が鉄錆色に染まっていく。予期しえぬ光景に呆気にとられていた全員がその苦悶に満ちた絶叫によって我に返った。そして、それを見た。
少年の腕は機械の塊によって奪われていた。
……否、奪われていたのではない。少年の腕は喰われていた。
紛い物 のような、不条理で不合理な機械の塊。それは冒涜的な顎 を広げ、少年の腕だったものを咀嚼 する。十分に味を堪能した後に……それを飲み込んだ。
その機械の塊の先には俯いていたはずの少女の体があった。小柄であった彼女の体躯が更に矮小に見える。
右腕から巨大な機械が生えているとしか表現の出来ない、ひどく悪夢染みた光景だ。
俯いていた彼女の顔が上がり、敵対者たちを見つめる。彼女の目からは哀しみとは別の感情が読み取れた。その色は怒りと憎悪。……それは復讐者の持つ黒い意思であった。
機械は少女の黒い意志に従うように蠢く。蛇のように伸びて、身をくねらせながら腕を失った少年の体に巻き付いていく。
少年は仲間たちに助けを乞い、叫んだ。我に返った仲間たちは慌てて銃を構え、目の前の機械の怪物へ銃を撃ち始めた。部屋に再び響く銃声。
しかし、いくら銃弾を受けても怪物は力を緩めない。絡み取られた少年は苦悶の形相を浮かべ、抵抗するも、怪物に抗うことは出来ない。せめてもと、残った片手を虚空に突き出すが、それを掴む者はいない。
ぐるりぐるりと、彼の全身は機械に覆われていく。愛しい我が子を包むように。美味しい獲物を逃さぬように。ぐるり、ぐるりと。
そうして最後にゴキリと鈍い音が立ち、伸ばされたその手は力なく崩れ落ちた。
嗤っていたはずの少女の表情が凍り付いている。その顔には先程までの余裕はない。
彼女は命令するが、残った少年二人は仲間だったモノの残骸と、眼前に相対する機械の怪物を見て、既に戦意を喪失していた。
銃弾 の通じない、冒涜的で不条理な怪物。人間には抗いようもない存在。
理不尽。そう、理不尽だ。
少年たちは顔を合わせ、頷き合い、逃げようと踵を返そうとして…………盛大に足を転ばせた。見ると、機械で出来た触手が二人の足を掴んでいた。その先は怪物に繋がっている。その本体である少女がゆっくりと二人に這い寄っていく。
二人は叫びながらも足に絡みつくものを蹴り、がむしゃらに銃弾を撃ち続け暴れ始める。が、触手は幾重にも重なり合い、決して彼らを離そうとしない。
そして、一人目の食事を完全に終えた口 が二人にゆっくりと向かい始める。
機械の怪物を操る少女に懇願するものの、その表情を見て少年たちの表情が凍った。
彼女の目から先までの黒き意思が消え失せていたのだ。否、違う。失ったのではない。それは別のモノに全て塗り潰されているのだ。
その虚ろな目は充血し、一つを除いたあらゆる意思が感じられない。その唯一の意思が、彼らを決して離そうとしない。彼女の小さな口からはじゅるり、と涎が滴り、剥げた床を湿らせる。それを見た二人の少年は、ヒッと短く悲鳴を漏らした。
そんな二人に構わず、少女は小さく可憐な声で短い言葉をこぼす。
――――いただきます。
その言葉が終わると同時に、二人の少年の上半身は消え去った。
*
静寂の中、カツン、カツン、と廊下から足音が響く。
ただ一人残された少女の体は動かない。虚ろな瞳で、もう目を覚まさない青年を抱きしめ続けていた。彼女の脳裏に青年の笑顔が浮かぶ。彼との思い出が次々と、セピア色の写真のように浮かび上がる。この地獄の只中で、それでも彼と共に笑い過ごした日々が少女の記憶には刻まれていたのだ。
……少女にとって、彼の存在は特別であった。虚ろだった瞳からはやがて涙が溢れだし、
鳴り響いていた足音は部屋の前で止まった。
少女は涙を流しながらも入り口に目を向ける。そこには別の少女が立っていた。視線を合わせる少女二人。その表情は真逆だ。
哀しみに暮れる少女と、それを
そして、嗤う少女の後ろから、その仲間と思しき少年たちが次々と部屋の中に入ってくる。
数は三人。彼らもまた各々に銃や剣をそれぞれに携えている。そして、座り込んだ少女に殺意を持って、それら向けた。哀しみに暮れる少女は何かを諦めたかのように俯き続けている。
嗤う少女は自身の『兵隊』に命令する。剣を持った少年が前に出た。彼は右手に持ったその剣を振り上げる。そして俯く少女の首元にしっかりと狙いを定めた。
――その剣は剣先が丸みを帯びた、
死が迫る。にも関わらず、俯いたままの少女は動こうとしない。嗤う少女の命令通りに、少年は無感情に彼女の首に目掛けて剣を振り落とそうとする。そこには躊躇も、迷いもない。
するべきことをする。ただそれだけの意思だ。それ故に、その場にいた者は誰も彼女の死を疑わなかった。
ザクリと、肉を切断する音が走る。他の誰もが敵である彼女の首が落とされた音だと思った。
違う。
それは少年の腕から発せられていた。まだ剣は振り落とされては居ない。彼の肩はまだ上げられたままだ。
何事かと、少年は視線を自身の右腕へ巡らせる。少年の顔が驚愕に染まった。……そこにはあるべきもの、欠けていてはならない、己のあるべき肢体がなかったのだ。
その場の空気が凍り付く。
確かに、俯く少女は一つのことを諦めた。それは自らの命をではない。……彼が好きだった人間である自分を、だ。
絶叫が部屋の中で
少年の腕は機械の塊によって奪われていた。
……否、奪われていたのではない。少年の腕は喰われていた。
その機械の塊の先には俯いていたはずの少女の体があった。小柄であった彼女の体躯が更に矮小に見える。
右腕から巨大な機械が生えているとしか表現の出来ない、ひどく悪夢染みた光景だ。
俯いていた彼女の顔が上がり、敵対者たちを見つめる。彼女の目からは哀しみとは別の感情が読み取れた。その色は怒りと憎悪。……それは復讐者の持つ黒い意思であった。
機械は少女の黒い意志に従うように蠢く。蛇のように伸びて、身をくねらせながら腕を失った少年の体に巻き付いていく。
少年は仲間たちに助けを乞い、叫んだ。我に返った仲間たちは慌てて銃を構え、目の前の機械の怪物へ銃を撃ち始めた。部屋に再び響く銃声。
しかし、いくら銃弾を受けても怪物は力を緩めない。絡み取られた少年は苦悶の形相を浮かべ、抵抗するも、怪物に抗うことは出来ない。せめてもと、残った片手を虚空に突き出すが、それを掴む者はいない。
ぐるりぐるりと、彼の全身は機械に覆われていく。愛しい我が子を包むように。美味しい獲物を逃さぬように。ぐるり、ぐるりと。
そうして最後にゴキリと鈍い音が立ち、伸ばされたその手は力なく崩れ落ちた。
嗤っていたはずの少女の表情が凍り付いている。その顔には先程までの余裕はない。
彼女は命令するが、残った少年二人は仲間だったモノの残骸と、眼前に相対する機械の怪物を見て、既に戦意を喪失していた。
理不尽。そう、理不尽だ。
少年たちは顔を合わせ、頷き合い、逃げようと踵を返そうとして…………盛大に足を転ばせた。見ると、機械で出来た触手が二人の足を掴んでいた。その先は怪物に繋がっている。その本体である少女がゆっくりと二人に這い寄っていく。
二人は叫びながらも足に絡みつくものを蹴り、がむしゃらに銃弾を撃ち続け暴れ始める。が、触手は幾重にも重なり合い、決して彼らを離そうとしない。
そして、一人目の食事を完全に終えた
機械の怪物を操る少女に懇願するものの、その表情を見て少年たちの表情が凍った。
彼女の目から先までの黒き意思が消え失せていたのだ。否、違う。失ったのではない。それは別のモノに全て塗り潰されているのだ。
その虚ろな目は充血し、一つを除いたあらゆる意思が感じられない。その唯一の意思が、彼らを決して離そうとしない。彼女の小さな口からはじゅるり、と涎が滴り、剥げた床を湿らせる。それを見た二人の少年は、ヒッと短く悲鳴を漏らした。
そんな二人に構わず、少女は小さく可憐な声で短い言葉をこぼす。
――――いただきます。
その言葉が終わると同時に、二人の少年の上半身は消え去った。