第1話 公開処刑と嗤う月

文字数 2,882文字

 例えば息をするのも辛かったとする。

 例えば目を開けるのも恐ろしかったとする。

 それでも僕の前にある現実は変わらない。

 目を閉じていても奴等の輪郭がありありと浮かぶ。

 僕は静かにもう一度現実に続く扉を開いた。

 わっと、歓声のような声が聞こえた。

 それからわらわらと、観衆の声が集まってくる。

 僕はというと、繋がれたままだ。

 相変わらず。

「さあ、ついに!」

 またわっと、声が群がる。

「数々の悪行誉れ高きこの稀代の大悪党どもに制裁を! 音に聞こえる限りでは優に十は殺しているまずこの男から——執行官!」

 総勢10名の咎人と、それを繋ぎ縛るロープと太い木製の磔台が輪を作っている。それを囲うように、執行官と呼ばれる長槍をもつ屈強な兵が立ち、虫を潰すような目で咎人を睨む。

 観衆はその更に一回り後ろに輪を作っている。

 つまり逃げ場はなしだ。

 呼ばれた執行官の一人が男の前で双剣を構えた。

 この執行官は兵の中でもリーダー格の階級。つまり、手練れである。

 剣の腕の高い者は順に長槍、剣、双剣、大剣へと武器を変えるのが、ここ、レングランドの習わしである。

「構え!」

 またわっと声が。双剣の執行官が唇を結び、気を張る。

「恨むなよ、これが貴様の運命だ」

 その言葉に僕の手がピリリと騒いだ。

 ふざけるな、と筋肉が隆起する。しかし、体を縛るロープは僕の物だけ特別性のバグ石を削った石の鎖でできている。

 これは抗魔の力があり、ようは自力での看破以外に道はない。少し試したが、骨が折れそうな痛みがあった。魔法は使えないのでつまり無理だ。

「その罪と悲運を抱きながら空に泣け、破あああああ!」

 双剣が閃いた。直後、悲鳴とも声ともつかぬ音とともに男が四つに割れた。綺麗に分断した剣は、魔の力を借りて空気をも裂き、当然のごとく木でできた磔台ががしゃんと倒れる。

「次」

 壁に放つように淡々と、命令塔がいった。

 さっきから命令しているそいつは周りの歓声に意も介さず、殺すことへの憐憫もなく咎人をながめている。

 そいつが珍しく意見を言った。

「なあ聴衆の民よ、一つご理解いただきたいのはあなた方は笑っている場合でもないということだ。学びがない人間はどう生きようが、この虫けらのように堕ちる。恨んで人を襲い、疎んで人を襲い、盗んで私腹を肥やし、奪う事に慣れ、簡単に人を殺したがる。こやつらはいわゆる世の中や、何かへの茫漠とした復讐のつもりだったのだろうが、片腹痛い。学びが足りなかっただけだ。人間は与えるから与えられる。助けるから助けられる。それは誰であろうと同じ。ただしほんの僅かの掛け違いで人は助けることも助けられることからも縁遠くなりやがて、落ちる。落ちた愚者をみて人は学ぶが堕ち人は学ぶこともなく土の肥やしになる。だから学びを忘れたらこうなる事をわすれないでほしい。こやつらは、それを知らず、身の内の迫害を世のせい人のせいにして、堕落した、迷惑な虫だ。しかしそれでも、最後に学びの一つとして役に立った」

 無表情で【拍手】と、そいつが言うと観衆が沸く。

 太鼓のような拍手と歓声で場がまた沸騰する。

 そうして気付けば、声を殺された虫たちは、もう息をしていない。

 最後の絶叫が聞こえたのは遠い昔の様に思えた。

 残る一人は僕一人。

 皆は逝ってしまった。

 片腹痛い。腹がよじれる。

 別に彼らは仲間じゃない。一瞬、一時だけ、境遇が似ていた。それだけのこと。

 たったそれだけのことで、僕に仲間は出来ない。咎人だろうが、千年生きた賢者様だろうが、物分かりのいい王族だろうが、純粋無垢な子供だろうが。

 僕は一人で生きて一人で死ぬのだ。

 様々な境遇で、死んだ咎人達をみても、僕は同情はしなかった。構えと、命令塔が言った。

 無論、その命令塔、とは王族階級の見も知らぬ他人のことだ。ただ僕を捕まえたやつだから、いい気はしない。

 ようやく僕の番がくる。双剣の手練れが剣を交差して構える。

 ぼそりと虫の羽音のように、すまんと言った気がしたが、気のせいだ。

 でも——その寸毫の、気のせい、が僕に迷いを抱かせた。

 その一瞬が、僕を長引かせた。

「その罪と悲運をいだき…………な、なに!?」

 僕が口の中からべっと吐いて舌に包んで出現させたオレンジ色の宝石。

 それを見た手練れが、人々が、疑義の声を漏らす。

 何故、それがそこにある、と。

 王族の秘宝が一つ竜火石は呪いの象徴である。持つと呪われ触ると呪われ、砕くとその地に天変地異が降り注ぐ、巷にごろごろしている伝承の一つだ。

 ついでに持つものを殺しても同じ災いがある。故に堕落した民の間ではこういう呪いのもつ石は守り石とされて大変高値で取引されている。これも盗品の一つだった。無論僕が盗んだわけじゃない。買ったのだ。

「ちっコソ泥めが」

 命令塔の男が怒気を含んだ呟きを漏らす。

「まあいい、こいつの処遇には考えがあった。聴衆の民よ。お集りいただき誠に感謝致す。これにて、公開の処刑は終了する」

 石は効果絶大だった。呪いに特に敏感なのはこの地の風土病のようなものだ。

 聴衆に不満は然程なかった。何故か僕の処刑に皆関心が薄い。僕自身も関心が薄い。

 “本当は死ぬ予定だったけれど”

「ふん、よかったなそこの。ただし、貴様の処遇は、見送られただけだ。おい、お前らこいつの目を隠せ。島流しにしろと、今しがた」

「聴衆もまだいるうちに、人の耳打ちをすぐに喋るんじゃあないよレコン。そんなだからその腕で出世できないのだよ」

 王族の男がレコンと呼ばれた男に忠告すると、彼は几帳面に頭を下げた。

 一方、王族の男はこれまでこちらを一度としてみていない。そう、まるで咎人ですらない。物の様に僕は扱われる。

 彼らは僕に関心がない。

 僕も彼らに関心がない。

 それは僕がさっきの石の件のように、取り扱いの面倒な奴、という烙印を押されているから。この国で僕を知らない奴はいない。さっきの大悪党の名は僕に対する言葉だろうと、僕にはわかった。

 これが僕と世界との隔たり。

 ローブの切れ端で視界を塞がれ、世界に闇が降りる。島に着くまではこのままだろう。島流しの船は長く、のろい。三日はいつ刺されるかわからない恐怖に眠れぬ夜が続く。

 この明けない夜が明けたとき僕はこの世界に、多分まだかろうじて抵抗する。

 想像が現実を殺すこの世界の、地獄が始まるのだ。

 日も落ち夜になる。

 島流しの最中、わざわざ漕ぎ手が夜だ、と知らせてきた。

 今宵は月がそぞろだ、とか言っていた。

 僕は目隠し布の裏にある光源に意識をぼんやりさせていたが、体勢を崩して、拍子に目隠しが緩んで外れた。

 その夜空の黒い地獄に、人を、世界を、見下ろすように、嗤う月があった。

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登場人物紹介

後々記載するにゃ

実は前に出した分を削除してしまったので再投稿にゃ

因みに吾輩は作中で喋る猫として登場するにゃ

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