陽だまりのベンチで僕と

文字数 4,747文字

こんなに見ず知らずの人に怒りを覚えたのは初めてだった。
中学3年間ずっと同じクラスだったカナエちゃんに卒業前に告白するため、公園で待ち合わせしてる最中に突然知らないオッサンに話しかけられた。

「これから告白するんでしょ? 辞めた方がいいよ。よく考えてよ。そもそもお前カッコよくないし、暗いし、勉強もできる方じゃないじゃん。優しくもないし、背も高くないんだから女の子はお前と付き合ってもデメリットしかないんだよ」

親からだってこんなハッキリと自分の短所を突きつけられた事はない。突然の事で頭が回らないし、反論しようにも間違ったことを言われてないから、口を開くことも出来なかった。ぐうの音も出ないとは正にこの事だ。こんなヤバイオッサンに出会うなら約束の2時間前になんて来なければ良かった。

「……そうですね。わかりました」

やり過ごそうと思った僕は、軽く一礼して待ち合わせ場所である大時計がよく見えるベンチまで小走りに走った。
まったく、大人の胸糞悪い暇つぶしに幼気な中学生を使わないでもらいたい。
3人掛けの木製ベンチに座って数分、いつの間にかさっきのヤバイオッサンは僕の左隣に座っていた。
恐怖で右半身の腰から首元まで痺れ上がる。
オッサンは年齢的に40歳半ばくらい。黒髪の中に白髪が混じり、少し前の方が薄い。この2月末、寒空の中パーカーを1枚着ているだけで別にコートを持っている様子もない。膝がパックリ開いたジーンズはダメージ加工というよりただ破れてしまっただけのようだ。スニーカーは白地が茶色に変色しているし、底のゴムが外れて靴下が見えている。たぶんお家のない人、なのかな。

「あー、ごめんねぇ。そりゃあ突然知らないおじさんに話しかけられたら驚くよね。でもさ、ちょっと話を聞いて欲しいんだ」

オッサンは前を向いたまま、また僕に話しかけてきた。
何となく、また別の場所に移動しても付いて来る気がしたし、そんなオッサンを連れた状態でカナエちゃんと会ったら確実にフラれるわけで……仕方なく僕はオッサンの話を聞くことにした。

「少しだけなら……」

「ありがとう」

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天気予報では今日雪が降ると言っていたが、仰ぎ見る空は青く、白い雲がプカプカ浮かんでいる。雪が降る気配はない。
日が当たるベンチは春のような暖かささえ感じている。2、3分くらい黙っていたがオッサンはゆっくりと話し始めた。

「……今日はね、15時から雪が降るんだよ。大雪になるから気をつけて帰ってね」

「あ、はい」

雪の予報が変わっていたようだ。ちょうどカナエちゃんと待ち合わせをしている時間に雪なんて、ちょっとロマンチックだな。

「あと、そうだなぁ。君の友達のヨシナリ君、彼は2年後にバイクで交通事故を起こして死んじゃうよ……あと」

「ちょ、ちょっと待ってください! ヨッシーが死んじゃうって縁起でもないこと言わないでもらえませんか!」

「でも本当なんだよね」

なんて怖いこと言うオッサンだ! ヨッシーは僕の唯一の友達で、彼の何を知っているのか分からないが、友達をオッサンにとやかくどころか死ぬなんて言われたら流石の俺も声を荒げる。

「どういうことですか?」

僕は憤慨した表情を隠さずに彼に質問をした。

「信じられないかもしれないけど、俺は未来の君なんだ」

「……は?」

「まぁ、信じられないよね」

信じられないというより信じたくない。
だって40歳くらいの僕はこんな汚いパーカーとジーンズを着ていて公園をブラブラしているなんて考えたくない。
僕は公務員のような安定した職について毎日スーツで通勤電車に乗るのが夢なんだ。
休日には友達や彼女と楽しく過ごすって決めてるんだ。こんな小汚い オッサンになるなんて僕は認めたくない!

「そうですね、なかなか信じるのは難しいかと……」

「まぁ、いいさ。じゃあちょっとした運命占いみたいなものだと思って聞いてくれればいいよ」

「……わかりました」

「俺はさ、30年後の未来から来たんだ。つまり30年後は金さえ出せばこういうSF的な事が出来る世の中になっている」

「ドラえもんのタイムマシンが出来てるって事?」

「ちょっと、ドラえもんのイメージとは違うが、まぁそんな感じだ」

ますます信じられない。最近テレビでタイムマシンは一生作られることはないって聞いたばっかりだし、たった30年で科学力がそんなに変わるものだろうか?

「30年後には医療の発達で病気で死ぬ人間はまずいなくなるし、人間の寿命は200年に伸びた。車は全車種ロボット運転手による自動化が完了している」

僕は語っているオッサンの心もとない前髪が冬の風になびいているのを見て、『30年後には病気で亡くなる人がいなくなるのにハゲを治すことは出来ないのか』と心の中でツッコミを入れた。

「で、なんで俺がこの時代に来たのかというと……俺はそろそろ寿命で死ぬ。その前に、過去の俺に俺とは違う未来を見て欲しいからここに来たんだ」

「ドラえもんの知識だけど、僕がおじさんとは違う選択をしたら未来にいるおじさんの人生も変わるんじゃないの?」

のび太が過去を変えに行って、現代に戻ってきたらより悪くなっていたと言うエピソードがあったような気がする。……たぶん。

「変わらない。俺は俺の人生のまま進み、お前はお前だけの人生を歩むことになる。パラレルワールドだな」

「へぇー」

ドラえもんが全て正解とは思わないけど、どうもこのオッサンは胡散臭い。

「俺はどうしてもこの時間に来たかった。これからお前が幸せになれるように……あとは」

オッサンは顔色が悪く、所々で言葉に詰まる。風邪をひいているのだろうか?

「ゴホッ……すまん。それでな、お前はこれからカナエに告白をするだろう?」

僕は目を大きく見開いて驚いた。なんで僕がカナエちゃんに告白することを知っているのだろう。

「えっと、なんで知ってるんですか?」

「俺は未来のお前だからな」

告白の事はヨッシーにさえ話していないし、そもそも僕がカナエちゃんが好きなことを知っている人間はいない。
なんだか急に背筋が寒くなってきた。太陽は相変わらず僕らのベンチを照らしているのに……

「単刀直入に言うと、カナエに告白するのはやめた方が良い。今ならまだ間に合うから、 なんか適当な事を言って解散しろ」

ずっとまっすぐ前を向いていたオッサンはクルッと顔を向けて隣の僕に真剣な眼差しを送った。
その時彼の左目に涙ボクロがあるのが見えた。僕と同じところに……

「カナエちゃんに告白しなければ良い未来になるんですか?」

「少なくとも俺のような人生は辿らない……と、思う」

「カナエちゃんに告白するかどうかで未来がそんなに変わるとは思えないんですけど」

僕は考えそのままを口にした。僕は基本的に消極的な人間だから、こんな風に棘のある言い方が出来てしまうのは、オッサンが本当に未来の僕だからだろうか?

「簡単に言うと、カナエに告白して振られる。半年後に高校でカナエのヤンキー彼氏にボコられて、それ以降ずっとパシリとしてこき使われる。今から2年後にヨシナリがバイクで死んで、本当に一人きりになる。それでお前は……」

「僕は……?」

「人を殺す」

僕が人を殺すなんて、ないない!
オッサンは一度ふぅっと息を吐いた。さっきより身体が辛そうに見える。

「この時代はまだないと思うが、これから先、全生物はみんなこんな風にICチップが埋め込まれる。これによって買い物や運転、バス電車に至るまで財布やカードなしで過ごせるようになる」

そう言ってオッサンは僕に右手の甲を見せてくれた。うっすらポコっと出っ張ってるけど、血管な気もする。

「……便利だね」

「便利でもあるが、自由もない。誰がどこにいて、誰と会っているとか、どんな買い物をしているかも上の人間が管理することになる。今や毎日ICチップの廃止を訴えるデモまで起きてるよ。しかし……俺はこのICチップを気に入っている。『お前は国が認めている一人の人間だ』と言われているように感じるからだ」

オッサンは大時計を見つめている。
もう14時を過ぎていた。

「……おじさんは誰を殺したの?」

「たくさん殺したな。俺をパシリにした芳村、鍼治療だって言って俺の背中に裁縫針を打ち付けてきた武藤、ヨシナリを馬鹿にした丸山……」

「どうやって?」

「チェーンソー。俺は奴らに人間でいてほしくなかったんだ」

「どういうこと?」

「さっき、ICチップが人間の証みたいに感じているような事を言ったが、つまりICチップがなければ家畜以下になる。牛も豚もヤギも羊もみんなチップが埋め込まれているからな……だから、そいつらの右の手首をチェーンソーでバッサリ切ったんだ」

「ひっ……」

僕の頭の中でチェーンソーのエンジン音が高速で回る音がした。耳に残る嫌な金属音を立てている。

「当然、出血多量で死ぬ。そんなことを3人も繰り返してれば当然ICチップが入っている俺はすぐに捕まった。しかし、まだやりたい事があった俺は模範囚を貫いた」

「あの。流石に3人も殺していたら死刑じゃないですか?」

「ああ、罪を軽くしてもらうために自分の寿命を支払う事が出来るんだ。このICチップでどうこうするらしいんだが、俺もよくはわからん」

「寿命で刑を軽くしてもらう事ができるなんて、本当にSFの世界ですね」

「あぁ、そして俺は今仮釈放中だが、命はたぶん今日か明日で終わる。最後のチャンスだと思って大金払って過去に来て、俺自身に忠告しているというわけだ。だから出来ればお前は明日にでも交通安全のお守りでも買いに行ってヨシナリに渡すんだ。神頼みと本人にバイクを乗らないように約束させろ」

僕は徐々にこのオッサンを信じ始めていた。もちろん未来から来たなんてふざけてるとしか言いようがないけど、ヨッシーの事を本気で助けようとしてくれてるし、オッサンの話し方や時々出る仕草が僕のお父さんにすごく似ているからだ。

「おじさん、ありがとう……」

僕は一瞬だけうつむいていたんだと思う。
横のオッサンを見るともうそこにはいなかった。
今までのが幻だったかもと疑ったが、僕のお尻の20センチ横はまだ暖かかく熱を持っていた。

太陽はもう傾き始め、ベンチには木の影が伸びている。雲の色もどんよりと暗い。さっきまで暖かかったこの場所がとても冷たく感じる。
少しの間、僕はオッサンの事を考えていた。
告白の事なんてもう頭にはなかった。
ICチップ、タイムマシンの存在、ヨシナリの死。いろんな事が頭を過る。

「オッサンはちゃんと未来に帰れたのかな?」

僕はボソッと呟いた。帰宅を心配する母親のようなセリフに自分で笑ってしまった。
僕の目線はまっすぐ大時計を捉えた。遠くから制服を着た女の子が歩いてくる。
そうだ。もう15時を過ぎていた。

「ねぇ、話ってなぁに?」

冷たい風が吹き抜ける大時計の下で僕はカナエちゃんと向き合いながら立っている。
2人の間にヒラリと白い粒が舞い落ちてきた。太陽は隠れ、雲は厚くなり、周りの雑音が消えていく。

『ごめんね。何でもないんだ』
僕がその言葉を言う前にキュィィィーンというチェーンソーの金属音が奥の林の中から聞こえてきた。
そうか。おじさんがこの時間にきた理由はもう一つあったのか……

「ごめんね」

僕はカナエちゃんにそう言うのが精一杯だった。

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